87.妖精3
「ウンディーネに子供がいたなんてね。知らなかったわ!」
シルフ様は大袈裟に驚いてみせた。
ウンディーネ様は何も答えず、うふふと微笑んでいる。
「リジーは、いつまでここにいられるの?」
サラ様が私にきいた。
「えっと、あと半年くらいです」
「その後は、王都に住むの?」
「そうですね」
「そう。リジーが王都に行くと心配ね」
サラ様の言葉に、シルフ様が反応した。
「あの、アルフレッドとかいう、魔導士が曲者じゃない?」
ん?魔導士様が曲者?
思わずシルフ様の顔を見てしまう。
「そこは、ノームがうまくやってくれるでしょ?」
ウンディーネ様がシルフ様をたしなめた。
サラ様が私に向かって訊いた。
「リジーは王都に行くことに対して、何か心配なことないの?」
「心配……」
サラ様に訊かれて、改めて、自分が王都に戻ることへの心配事を考えてみた。
私とローランの婚約不成立に対する世間の噂は、家族や友人が皆心配してくれているが、私自身はそれほど心配ではない。
婚約不成立に対して誰かに何かを言われたところで、どうってことはない。くるならこい、という感じだ。
そんな私が心配なのは……やっぱり、エリック様が私に対してどんな行動をとってくるのか分からないことだ。何もなく杞憂に終わるかもしれないが、ハミアさんにも忠告されたことだし、気にはなる。
私は、どう切り出したらいいのか逡巡してから、ポツポツと話した。
「実は……エリック王子殿下のことが心配です。心配というのは、エリック王子殿下が私のことを婚約者にしなきゃ、と思い込まれていることなんですけど……。多分、先日、私がエリック王子殿下の呪いを解いたようなんです。王族お抱えの占い師という人が、エリック王子殿下に「あなたの呪いを解いた人が婚約者だ」と告げたらしくて……。私とローラン王子殿下との婚約が不成立になったのも、エリック王子殿下のせいかもしれないのです……」
「エリックに、呪いを解いた人はリジー以外の人だと思い込ませれば、その人と婚約するんじゃない?」
シルフ様が言った。
「まぁ、そうかもしれないですけど……」
でも、今さら私以外の人が呪いを解いたと思い込ませるなんて、無理ではないだろうか。
そう思い込ませるには、ちょっと私はやり過ぎた……。
「心配無用。それくらい朝飯前。ちょちょいのちょいよ」
シルフ様はそう言うと、目を閉じて何やらごにょごにょと呟いてから、右手を高く振った。
そして、しばらく間をあけた後、シルフ様は私の方を見て、いたずらっ子のような笑顔を見せた。
「さ、これで大丈夫。そのうち、エリックが誰かと婚約したと、リジーも聞くことになるわ」
「ええ?本当ですか? 今ので? 何をしたんですか? こんなに離れているのに?」
驚きすぎて、言葉が文章にならない。自分が何を言っているのかも分からないくらい驚いた。
あんな一瞬、手を振っただけで、遠く離れた王宮にいるエリック様はもう私のことを忘れたというのだろうか。
ああ、別に忘れたわけではないのか。呪いを解いた人が別の人だと思っているのか。
まぁ、どっちにしろ、これで心配ごとは無くなったのだけど。
こんなことができるなんて、妖精って本当に凄い。
3人の妖精たちは、驚く私を見て、にこにこと微笑んでいる。
「ねぇ、リジーは、ローランと結婚したいの?」
まだ驚いている私に、シルフ様が尋ねてきた。真顔で見つめられて、気持ちを切り替える。
「まぁ、はい、そうです。ローランはとても素敵な人なので……」
そう答えながら、恥ずかしくなって俯いてしまった。どんどん声が小さくなってしまう。
妖精3人にじっと顔を見られていることが耐えられなかった。
しばらく恥ずかしがっていたが、でも、これだけはちゃんと言わないとダメだ。
私とローランの婚約は、もうあり得ない。結婚したかったけど、無理なものは無理だ。
もう一度気持ちを切り替えてから、口を開いた。
「えっと、でも、もう叶わないんです……。私とローランとの婚約は不成立となってしまいましたので……。また婚約という訳にはいかないのです。国王陛下は、王子の誰とも私を婚約させないと仰ったとお聞きしました」
「ふぅん」
そう言って、シルフ様は頬杖をついた。
一方で、サラ様は私の言葉に反応して、手を叩いて喜んだ。
「そう! それなら、リジーのことがまだ国王にバレていないということね!」
私は、サラ様の勘違いを慌てて訂正する。
「バレて?……えっと、私は一度ローランと婚約しましたので、国王陛下と謁見したことがあります。さすがに国王陛下に私のことを認識されてしまったかと思いますが……」
サラ様は大きく手を振りかぶった。
「そういう意味じゃないわよ。リジーがウンディーネの子だと国王にはまだ知られていないからよかった、という意味よ。あの国王に知られたら、ちょっと厄介なことになるからね。リジーが王宮を出て正解だったわ」
シルフ様もサラ様の言葉に同意した。
「そうね、ローランと結婚するのはいいけど、国王の近くで暮らすのは止めたほうがいいよね」
そして、サラ様とシルフ様は私を挟んで
「何かあったら、私たちが全力でリジーを守るけどね」と言ってくれた。
ウンディーネ様は、何も言わずにただ微笑んでいる。
だけど、国王陛下って優しそうな印象の方だったのに……妖精の皆様には評判がよろしくないんだな……。
そういえば、まだ王宮にいたとき、国王陛下から私に話がしたいと言われていたことを思い出した。結局、時間が取れないまま婚約不成立となって、あれよあれよという間に王宮から追い出されてしまったけど、あの時、国王陛下は私と何の話がしたかったのかしら。
そんなことを考えていると、隣りから、シルフ様が私の肘をコツコツと突いた。
私が反応してシルフ様の顔を見ると、ニヤニヤしながらシルフ様が言う。
「ねぇ、リジーの大好きなローランが、こちらへ向かってくるみたいよ」
「は?」
そんなことあるわけがない。
「馬車でやって来るみたいだから、しばらく日数かかりそうね。でも、よかったじゃない? 大好きな人が会いに来てくれて」
シルフ様はずっとニコニコしながら、私の肘をコツコツと何度もつついた。
ありがとうございました。