86.妖精2
「あの……、タミアって誰なんですか?」
思い切って、質問してみた。聞きたいことだらけの話だったが、ひとつひとつ確認したい。
「ああ、タミアはハミアの双子の姉よ。ハミアから聞いたでしょ?」
サラ様が答えてくれた。
名前が似ているから、もしかしたら……とは思ったけど、さっきから名前が挙がっていたタミアさんは、ハミアさんの双子のお姉様だったんだ。
ということは、タミアさんが魔女?
ローランに呪いをかけた魔女は、ハミアさんのお姉様だったの?
確かに、ハミアさんも魔法が使えると言っていた。
それでも、あんなに素敵なハミアさんのお姉様が、ローランに呪いをかけたなんて……。
思わず、自分の左手薬指に光るエメラルドを見た。
ローランは、もう10年もその呪いに苦しんでいるのだ。
いくらハミアさんのお姉様だって、そんなことをする人は許せない。
私がまだ見ぬタミアさんへの憎しみを募らせていると、私の心を見透かしたようにサラ様が言った。
「リジー、物事は片面だけ見ちゃダメよ。両面から見ないと……」
「え?」
「だから、タミアだけが悪いわけじゃないってこと。魔女なんて呼ばれて悪者扱いされているし、本人も相当ひねくれているけど、でも、タミアだけが悪いわけじゃないわ」
思わず隣りに座るサラ様の顔をまじまじと見てしまう。
魔女が悪いわけじゃない、なんて考えたこともなかった。
どちらかというと、ローランに呪いをかけた憎い魔女をずっと探していたのだ。
魔女を退治してやろう、ぐらいには考えていた。
今までずっと魔女は悪者だと思ってきたのに、急に、魔女だけが悪いわけじゃないと聞かされても、なかなか腑に落ちない。
私が黙っていると、サラ様とウンディーネ様の会話が再開した。
「どうしてウンディーネは、そんなにリジーのことを気にかけているの?」
「サラマンダーだって、気にしているじゃない?」
「それは、ウンディーネの匂いがプンプンするからよ」
ウンディーネ様の匂いがプンプン?
気になって、思わず自分の腕の匂いを嗅いだ。
特に、変わった匂いはしないが。
私の様子を見て、サラ様とウンディーネ様がニコニコと笑う。
「リジーにはまだ分からないかもね」
サラ様が笑いながら言った。
それから、サラ様は笑うのをやめてウンディーネ様に向き直ると、真剣な声で言う。
「ウンディーネの子供でしょ?」
へ?
サラ様? 何を言っているの?
ウンディーネの子供?誰が?
ん?ん?
……もしかして……私のことを言ってますか?
私のお母様は、ちゃんといますけど……
サラ様は真剣だが、私には全く訳がわからない。
それなのに、ウンディーネ様は、サラ様の真剣な表情を見て、観念したように言った。
「そうよ。よく分かったわね」
「!!!」
ウンディーネ様?
どういうこと?
何がよく分かったの?
訳がわからないまま、固唾をのんで、二人の妖精の会話を見守る。
サラ様が言った。
「分かるわよ。匂いも魔力も同じだし、あと髪や瞳の色もね」
そう言われて思わず、自分の髪色とウンディーネ様の髪色を比べる。
ウンディーネ様の髪色は鮮やかな水色だが、私はもっと暗めの青だ。グレーとかベージュも混ざっているし。
青という系統は一緒かもしれないが色はかなり違う。これを同じというのだろうか。
瞳の色は、2人ともエメラルドグリーンなので、同じかもしれないが。
それを言うなら、ローランだって瞳の色は似ている。ローランはヘーゼルグリーンだけど。
そんなことを考えていると、ウンディーネ様が私の目をまっすぐ見つめていることに気づいた。
私もウンディーネ様の瞳を見つめ返す。
ウンディーネ様のエメラルドグリーンの瞳から目が離せない。
ウンディーネ様は私の目を見たまま、おもむろに口を開いた。
「リジー、いつかあなたに言わなければ……と思っていたの。あなたは私の子供よ。私の卵から産まれたの。私の卵は、あなたのお母様のお腹に預けていて、そしてあなたが産まれたのよ」
「私が……ウンディーネ様の子供?……卵から産まれた?」
とりあえずウンディーネ様が言った言葉を復唱した。
でも、意味は頭に入ってこない。
ウンディーネ様は悪い冗談を言っているに違いない。
「リジーが混乱するのも無理ないわ。今まで人間として育てられてきているんだから、いきなり妖精の子だと言われても困るわよね」
ウンディーネ様は優しく微笑んだ。
「あの……、私、これからどうしたら?」
途方に暮れて、質問した。
「何も変わらないわよ。今までどおり、自分のしたいように生きてくれればいい。私は何も関与しないわ。見守っているだけ」
ウンディーネ様は優しく私の頭を撫でる。隣りで、サラ様もにこにこしている。
そのとき、扉をトントンとノックする音が聞こえた。
突然のノック音に驚きすぎて、思わず心臓がキュッとなる。
「シルフでしょ?どうぞ入って」
ウンディーネ様が扉の方に向かって声をかけた。
扉の向こうから現れたのは、私と同い年くらいの少女だった。背中に大きな羽が生えている。
初めて会ったが、すぐに分かった。
風の妖精のシルフ様だ。
シルフ様は、こちらに向かってまっすぐ歩きながら、少し拗ねたような声で言った。
「なんだか、とっても面白そうな話してるじゃない?仲間に入れてよ」
そして、私の隣りの席に座る。
私は妖精に挟まれて、ドキドキが止まらない。心臓の鼓動がうるさい。
シルフ様はそんな私のことなんてお構いなしに、頭の先から足の先まで興味深そうな目で私のことを観察した。
「へぇ、この子がウンディーネの子なの? はじめまして。私は、シルフよ」
そう言うと、かわいい右手を差し出す。
「は、はじめまして。私はリジーです」
どう自己紹介していいのか、もはや分からない。
なんとか名乗った後、手汗がビッチョリなことに気づいて慌ててスカートで手汗を拭き、シルフ様の手を握った。
シルフ様は微笑みながら「ウンディーネに似てるわ」と言って、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
サラ様も「似てるわよね」と、私の隣りでうんうんと頷いた。
似てるのかな?
思わずウンディーネ様の顔を見てしまう。
ありがとうございました。