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83.工房5

 ジャルジさん一行と兄が出発した後、屋敷がもぬけの殻になったような気がした。

 一気に5人もの人がいなくなったのだ。そう感じても仕方ない。


 母も同じように感じていたようだった。

「なんだかとっても寂しくなったわね」

 朝食を食べながら母がぼそりと呟く。それを聞いて、屋敷の者全員が同意した。

 思わず皆黙ってしまう。


 しんみりした空気を変えようと、父が明るく話を振ってきた。

「リジーは、今日もガラス工房に行くのか? ジャックもジャルジさんも絶賛していたように、ガラス工房は領地の宝だ。失礼のないようにするんだぞ。……ところで、ジャックに聞いたのだが、ガラス工房は若い女性の職人がひとりで切り盛りされているというのは本当なのか?」


 私も出来る限り、明るく答える。


「はい、レオの散歩が終わったらガラス工房に行ってきます。兄の言った通り、サラさんという女性の職人さんが一人でされています。サラさんは凄く素敵な方です。実際にガラスをつくるところを目の前で見せていただき、その技術の凄さに驚きました」


 母もすっかり元気を取り戻し、私の話に興味を示した。


「リジーが持って帰って来た青いグラスを作った方でしょ? あのグラスは本当に素敵ね! 女性だから、あれだけ繊細なデザインができるんじゃないかしら。どうやって作るのか、私も一度見てみたいわ」


「それなら、今度お母様も一緒に行っていいか、サラさんに聞いてきますね。ガラスを溶かす炉の温度が1000度を超えるそうで、熱が凄くて怖いほどなんですよ」


「まぁ、それは危なくないの?」


「だいぶ離れたところから見せていただくので、危なくはありません。それでもとても暑いのですが。……お母様、今日も素敵なグラスを1つ買ってきますね」


 私がそう言うと、母は笑顔を見せた。

 父が話題を変えてくれたおかげで、皆すっかりガラス工房に興味が移り、楽しく朝食を終えることができた。

 やはり食事は楽しい雰囲気でとりたい。


 その後、私はいつものとおりレオと散歩し、軽く汗を流した。

 そして、私はひとりで馬車に乗り、サラさんの工房へと向かう。


 サラさんの工房に着くと、工房の電気が点いているのが分かった。


「サラさん、リジーです」


 入り口の扉を開けると、こちらを見ていたサラさんと目が合った。サラさんは工房の真ん中に置かれたテーブルセットに座っていた。


「待ってたわ。よく来たわね、リジー」


 サラさんが私を手招きし、前に座るよう促す。


「いま、お茶をいれるわね。待ってて」


 オレンジ色から黄色へのグラデーションが鮮やかで、周囲を波模様に削ったグラスが2つ、テーブルに置かれている。太陽の光を透す2つのグラスから、テーブルの上に落ちた濃い影が息をのむほど美しい。

 もしかしたら、影まで計算して、この2つのグラスは作られているのかもしれない。


 そのグラスに、サラさんが冷たいお茶を注いだ。お茶をいれると、影が変わるのも美しい。


「ありがとうございます。……このグラスはとても綺麗ですね」


 グラスから目が離せない。


「気に入ってくれた? また今度こういうのも作るわね。どうぞお茶を召し上がれ」


「はい、いただきます」


 グラスを手に取り、口にしてお茶の味に驚いた。


「甘くて美味しいですね。このお茶は初めての味です」


「うふふ。私のオリジナルのお茶よ。庭で育ててるの」


「サラさん、すごいです! 本当に何でもできるんですね!」


 私が本気でそう言うと、サラさんはコロコロと笑った。サラさんは笑っているが、私は真剣だ。ガラス職人としての腕は一流で、庭でお茶を育てて、若いのに自立している。そんなの凄すぎる!

 そりゃ、兄が恋焦がれるのも納得だ。


 そう思うと、サラさんに兄のことをどう思うのか聞きたくなった。

 ちょっと兄に悪い気もしたが、兄はもうここにはいない。

 どうしても好奇心がうずうずして、我慢できなかった。


「えっと、変な質問なんですが、私の兄のことはどう思われました?」


「素敵な人ね」


 サラさんはにっこり微笑んで、そう言った。

 これは、もしかして?


「え?それなら、兄と……?」


「待って。何か誤解しているみたいだから、ちゃんと話すわね。リジーのお兄様は素敵な人だけど、それだけよ。私のことを好いてくださっているのはありがたいけど、はっきりとお伝えしたわ。私はガラス職人です。ご貴族様となんて滅相もない。これからも一生ガラス職人として生きていくわ」


「そうなんですね。……少し残念な気もしますが、仕方ないですね。サラさんは、誰か結婚を考えてるお相手とかいらっしゃるのですか?」


「私は誰とも結婚しないわ。誰かと一緒に暮らすのが苦手なの。ひとりで自由にしたいだけ」


 誰とも結婚しない!

 前世ならあり得るが、今世でその選択肢はあり得ない。

 でも、サラさんは貴族ではないし、ご両親も近くにいらっしゃらないので、そういうことも出来るのかもしれない。


「ひとりでいたら、寂しくなったり、怖くなったりしないのですか?こんな田舎の森のそばに1人でいるなんて」


 私はサラさんのことが心配になった。でも、どこまで踏み込んで聞いていいのか分からなくて、遠回しに聞いてみた。


「全然! ただ、時々リジーがこうして話にきてくれたら、うれしいわ。でも、私は誰とも話さなくても全然平気なの。私はガラスの作品を作るときに、いつも火と対話しているから」


「火と対話! 確かに、そうですね」


 サラさんとガラスのコラボレーションは、火との対話から生まれたものだったんだ。


 私が感心していると、サラさんは笑顔できいてきた。


「リジーはこの後、何か用事あるの? もしよかったら、また、ガラス作りを見ていく?」


「この後ですか?」


 この後の予定は、昨日ウンディーネ様が入って行った水色の屋根の家を見に行こうと思っているくらいだ。


「特に用事はないので、是非ガラス作りを見せていただきたいです。……えっと、変なことを聞くのですけど、この工房街の外れのほうにある水色の屋根の家は、どなたがお住まいかご存知ですか?」


 サラさんは黙って、じっと私の目を見つめた。 


 あれ?聞いちゃいけないことだったのかな……。

 サラさんが黙ってしまったので、焦ってグラスのお茶を飲んだ。


 そして「今の質問はなかったことに……」と言おうとした時、サラさんがおもむろに口を開いた。


「見えるのね?」


「へ?」

 サラさんの言ってる意味がわからない。

ありがとうございました。

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