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82.工房4

 サラさんに代金を払って、出来たばかりのグラスを受け取る。花のカッティングが施された青いグラスは芸術作品だと言ってもいい。


「素敵。一生の宝物にします!ありがとうございます」

 私がサラさんにお礼を言うと、兄が私の肘をコツコツと小突きながら、小声で「それは俺に貰えないか?」と言ってきた。

 じろりと兄を睨むと「頼むよ、リジー」と両手を合わせている。

 

 その様子を見ていたサラさんが、私に言った。

「私は1日に1つしか作らないの。だから、今はそれしか売る商品が無いんだけど、明日また来てくれれば、同じグラスを用意しておくわ。それでどうかしら?」


「本当ですか? それなら、これは兄さんにあげる。私、また明日もここに買いに来ますね」


 仕方ない。兄の恋心を知る者として、ここは兄に譲ろう。

 サラさんの提案を受け入れた私は、グラスを兄に手渡した。


 兄はとても愛おしそうにグラスとサラさんをかわるがわる眺めている。

 そんな兄を横目にしながら、私はサラさんに言った。


「サラさん、今日はありがとうございました。本当は今日もグラス作りを見せていただきたいところなんですけど、兄が明日王都に向けて出発するので、もう帰らないといけないのです」


「まぁ、そうなの?残念ね」


 さっきまでぼうっとしていた兄が、強い口調で言った。


「いや、リジー、まだ大丈夫だ。そんな急いで帰る必要は無い!」


 兄の態度に思わず笑ってしまう。

 兄がサラさんとまだ一緒にいたいのはよく分かるが、今日はすぐ帰ってくるように父から強く言われている。父の言うことは絶対だ。


 私は兄の耳元で小声で言った。

「何かサラさんに言い残したことがあるなら、早く言ったほうがいいよ」


 兄は神妙に頷くと、小声で返してきた。

「わかった。リジー、先に馬車に戻っておいてくれないか。サラさんと話したら、すぐ行くから」


「はーい、兄さん。頑張ってね」

 私は兄だけに聞こえるように言ってから、サラさんの方に向いて挨拶した。


「サラさん、それでは私は帰ります。また明日来ますので。よろしくお願いします」


 そして兄を置いて工房を後にし、私はひとり馬車に乗り込んだ。


 馬車の窓から、工房の様子を覗き見たが、残念ながら中の様子はまったく分からなかった。


 仕方がないので、馬車の窓から外の景色を見る。

 何となしに工房街の風景を眺めた。


 すると、遠くにひとりの女性の歩く姿が見えた。


 あれ?

 あの女性は、どこかで見たことがあるような?


 あの、特徴的な水色の長い髪。

 

 ……


 ああ、ウンディーネ様!!


 叫んで駆け寄りたいが、ここからだとだいぶ遠い。

 走ってる途中で兄が出てくるかもしれない。

 今追いかけるのは止めた方がいいな。


 もどかしく思いながら、ウンディーネ様の姿を目で追うと、その髪色とよく似た水色の屋根の家に入って行った。


 あの家も明日、見に行ってみよう。


 そう思い、ウンディーネ様が入った家の外観を頭に焼き付ける。


「リジー、何をそんな真剣に見てるんだ?」


 いつの間にか、兄がすぐ隣りにいた。

 いつ来たのか気づかなかった。気配を感じなかった。


 急に兄の声がして、声のした方に向くと、すぐ隣りに兄がいたのだ。


 驚きすぎて「へ?!」と素っ頓狂な声を出してしまった。


 兄は私が驚いていることよりも、何を見ていたのかが気になるらしく、窓の外をキョロキョロ見ている。


 ウンディーネ様のことは兄に話せないので誤魔化した。


「ううん、なんでもないよ。……兄さん、どうだったの?ちゃんと話はできた?」


「……ま、まぁな」


 兄もそれ以上話してくれなかった。

 昨日はサラさんのことをいろいろ話してくれたけど、今日はダメみたいだ。


 馬車が走り出す。

 帰りも行きと同じく、馬車の中は静かだった。

 でも私は、行きと違って、無言の兄が気にならない。

 ウンディーネ様のことで頭がいっぱいだったから。


 ◇◇◇


 翌朝早く、ジャルジさん一行と兄は、王都に向けて出発した。

 ここから王都まではかなり遠い。明るいうちにできるだけ長い距離を進めるように、夜明けと同時に出発したのだ。


 結局あれから、ハミアさんとはゆっくり話すことが叶わなかった。

 広場から帰って来た後、在庫確認や片付けや準備に毎日夜遅くまでかかりきりで、私の相手をしてもらえる隙なんて一切無かった。

 食事の時間もずれていたので、たまに顔を見かけた時に、挨拶するので精一杯だった。


 だから私はサラさんの工房から帰った後、レオと散歩したり、魔法の練習をしたり、と普段通りに過ごしていた。

 本当は一度くらい、広場の特別出店の様子を見に行きたかったが、邪魔になるから駄目だと言われ、行かせてもらえなかった。

 

 ジャルジさんたちが来ても普段通りに過ごしていた私だが、そういえば、一つ普段とは違うことをした。

 兄たちが出発する前夜、私は兄にけしかけられて、慌ててローランに手紙を書いたのだった。


 ローランに返事を書かなきゃいけないことは分かっていたが、ジャルジさん一行が来てバタバタしたので忘れてしまっていたのだ。


 でもよく考えれば、もともと兄はローランから私への手紙を託されて、特別休暇をもらい領地に来ていた。


 その手紙には私の予想を見事に裏切る内容が書かれていたので、読んだ当初はかなりショックを受けたものだ。


 それなのに今では返事を書き忘れるくらい、ローランからの手紙のことを忘れている。


 ジャルジさんたちが来て、手紙の内容についてあれこれと思い悩む暇もなかった。

 それに、何よりもハミアさんに占ってもらったのがよかった。あの占いで、随分励まされたように思う。


 おかげで今では、ローランに対する怒りや悔しさや失望みたいなものは、すっかり霧散していた。


 返事を書く際に、改めてローランに貰った手紙を読み返してみたが、結局、手紙だと相手の真意がよくわからないと思うようになった。やっぱり直接ローランの口から、事情が聞きたい。

 

 いつかハミアさんが言うような転機がもし訪れるのなら、そのときに直接聞いてみたいと思っている。


 実際は、もはや婚約者ではないので、そもそも身分が違いすぎてローランのすることに意見できる立場ではないのだが。


 だから、ハミアさんの占いが外れて、転機がこなければ、それはそれで構わない。どうせ覆水盆に返らずだ。


 そういう理由で、ローランに書いた手紙の内容は、魔法の効果があったと伝えてくれたことへのお礼だけにした。

 

 その手紙を兄に託した。

 兄はすっかり第一騎士団の騎士の顔に戻り、私からの手紙を必ずローランに届けると約束して出発したのだ。

ありがとうございました。

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