80.工房2
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工房の奥には、土でできた溶解炉があった。
炉の中には薪が何本もくべられていて、真っ赤な炎が立ち上がっている。炉の周りにも多くの薪や炭が整然と並べてあった。
溶解炉の近くは信じられないほど暑く、近寄ることは出来ない。
兄と並んで、遠巻きにサラさんの作業を見せてもらう。
サラさんは高温の熱風をものともせず溶解炉に近づき、熱く溶けたガラスに、長いストローのようなものを通じて息を吹き込んでいく。
サラさんが息を吹き込むと、オレンジ色の塊が風船のように膨らんだ。
それから、サラさんが息を吹き込む度に、まるで生きているかのようにガラスが形を変えていく。
炎に包まれオレンジ色に発光するガラスは、サラさんの意のままに操られた。
「凄い!」
ガラスって、こんな風に作るんだ。
サラさんとガラスの見事なコラボレーションに、いつの間にか暑さも忘れて見入ってしまった。
私の隣りで、兄もサラさんの一挙一動から目が離せないようだ。食い入るように見つめている。
「出来たわ」
あっという間に、かわいいグラスが出来上がった。
出来上がったグラスは綺麗な青色だった。オレンジに発光していたガラスの塊に、青色が付着していたらしい。
「こんな感じのグラスでよかったかしら?」
「はい!とても可愛いです。ありがとうございます!」
「これは明日まで冷却するから、明日またここに取りにきていただけますか?」
サラさんの言葉に驚いた。
「今日このまま持って帰れるわけではないのですか?」
サラさんはにっこり笑って、出来たばかりのグラスを指さす。
「このグラス、500度くらいあるんです。熱くて持って帰れないと思いますよ」
その言葉にビックリした。
「え?500度! それは触るのなんて絶対無理です! そんな熱いなんて! ということは、あの炉は何度くらいあるんですか?」
「あの炉は1000度をゆうに超えていますね」
「ええ!」
そんなに熱かったの?
サラさんが涼しい顔をして作業しているから、そこまで高温だとは思わなかった。
ここは確かに常夏のように暑くて、ただ立っているだけでも汗が止まらないけど、まさかあの炉の中の温度が1000度を軽く超えているなんて。
いや、そもそも1000度なんてまったく想像つかないわ。
私が驚いて、あんぐり口を開けていると、サラさんはコロコロと楽しそうに笑った。
「熱いのは慣れているから平気なのよ」
いくら慣れているといったって、1000度もある炉だと、ガラスどころか何でも溶かしちゃいそうだ。
「怖くないのですか?」
無意識に体が震えたので、両手で震えを押さえ、尋ねた。
サラさんは手をひらひら振りながら「怖くないわ」と笑う。
兄もサラさんに尋ねた。
「サラさんは若いのに、こんな凄い技術をどこで学んだのですか? 先程見せていただいた技術は相当凄いものでした。確かジャルジさんは唯一無二だと仰っていましたが」
「若い?そうかしら? お二人より、だいぶ年上よ。私。 ガラスを加工する技術は、ほぼ独学ね。この村には私以外にガラス職人は誰もいないもの」
その言葉に、兄より先に私のほうが反応した。
「独学! えー凄い!!」
こんな凄い技術が、独学でどうにかなるものなのだろうか?
「うふふ。私ね、もともと違う国にいたの。この国に来たのはほんの数年前よ。別の国に居た時にガラス作りの基本を学んで、そこから独自に加工方法を編み出したのよ。この国に来たのはね、ガラスの材料となる灰や薪が豊富に手に入るから。この森は最高だわ」
兄がまた尋ねた。
「そうだったんですね。ちなみに、ジャルジさんとはいつ知り合われたのですか? 別の国にいたときですか?」
「ジャルジさんというか、ハミアさんとね。ご存知でしょ?ハミアさん」
ハミアさん!
その言葉に、また私のほうが兄より先に反応してしまう。
「はい、もちろんです。ハミアさんにはとてもよくしていただきました」
兄は苦笑いしていたが、サラさんは私に優しく答えてくれた。
「そう。その、ハミアさんと別の国で知り合ったのよ」
へぇ、そうだったんだ。
サラさんはとても優しいし、なんでも答えてくれる。
せっかくだから、ハミアさんのお姉様についても訊いてみたい。先ほどハミアさんにははぐらかされてしまったし。
一度そう思うと止まらない私は、つい質問してしまった。
「もしかして、ハミアさんのお姉様のこともご存知ですか?」
兄が「サラさんに関係ないだろ!」と私に小声で文句を言ってきたが、知りたいんだから聞いたっていいじゃないか。
私は兄をスルーして、サラさんをじっと見る。
サラさんは私と兄のことを優しく見つめながら、あっさりと答えてくれた。
「もちろん知ってるわ。ハミアさんとは性格が真逆な、ひねくれ者でしょ?顔はそっくりなのにね」
ひねくれ者!
だから、ハミアさんは私に会わせたくなかったのかしら?
ハミアさんから、ひねくれ者という言葉が想像つかない。
顔がそっくりなのに、ひねくれ者なんて……。
「えっと、ハミアさんのお姉様が、今は王都にお住まいみたいなんですが」
「そうみたいね。風の便りでそう聞いたけど、ずっと会ってないから分からないわ」
サラさんは遠くを見つめた。
今度は、兄がサラさんに尋ねる。
私たち兄妹は、目の前のサラさんに聞きたいことが溢れていた。
先程の目の前で見たガラス作りは本当に凄かった。あれこそ魔法のようだった。だから、二人とも興奮が収まらないのだ。
「失礼ですけど、サラさんは、ご結婚はされていらっしゃらないのでしょうか?ご家族と一緒にお住まいなのでしょうか。他の方のお姿が見えないもので……」
「兄さん、その質問は女性に対して失礼すぎない?」
私は兄をじろりと睨む。
「いや、だって、こんな田舎に、美しい若い女性が一人だったら危ないだろ……」
兄がごにょごにょと言い訳をしたが、サラさんは兄の不躾な質問にも嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。
「そうね。結婚してないわ。私はここに一人暮らしよ」
「え!?ご家族は?」
サラさんの言葉に、私も兄も驚きを隠せなかった。
「家族はいないわ。大丈夫よ。心配しないで。危ない目になんて遭ったこともないし。結婚も考えたことないの」
ありがとうございました。