78.来客6
「そうですか……」
次はいつ会えるか会えないか分からないなんて寂しすぎる。せっかく会えたのだ。この縁を大切にしたい。
その時、ふと閃いた。
「えっと、ハミアさんのお姉様は確か王都にお住まいなんですよね? 私、半年後には王都に戻る予定なんです。もし、ハミアさんがよろしければ、お姉様をご紹介していただきたいのですが」
ハミアさんがダメなら、ハミアさんの双子のお姉様と交流させていただきたい。
双子なのだから、きっとハミアさんと似た感じの人なんじゃないか。
そう思って深く考えずに訊いてみたのだが、ハミアさんは急に険しい顔になるときっぱりと言った。
「ダメだよ。姉は私と違って気難しい人だからね。悪いけど紹介はできないよ」
「そうですか……。すみません。変な事を聞いて……。」
いくらなんでもお姉様を紹介しろと言うのは横暴だったかも、と思い直し、反省して項垂れた。
浅はかに思ったことを言いすぎた。
私がシュンと項垂れているのを見て、ハミアさんは優しく諭した。
「紹介しなくたって、もし縁があれば会える。縁がなければ会えない。それだけさ」
「そうですね」
私がこれからも定期的に会いたいのはハミアさんであって、ハミアさんのお姉様ではない。
ハミアさんのお姉様と知り合いになりたいと思ったのも、ずっと旅をして居場所が分からないハミアさんに会える確率が高まるかもと思っただけのことだ。
ハミアさんに会う方法は、別の角度で考えてみることにしよう。
そう決めて「どうしようかな」と考え始めたときに、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「リジーお嬢様。ジャルジ様がお話があるそうです」
アンが私を呼びに来た。
私とハミアさんは応接室へ向かう。
部屋に入ると、ジャルジさんたちは父や兄と歓談していた。私たちもソファの端に腰かける。
父が話を中断して、私に声を掛けた。
「リジー。ハミアさんに色々教えていただいたのか?」
「はい、お父様。ハミアさんにたくさんのアドバイスをいただきました。とても勉強になりましたし、ハミアさんともっとお話したいです」
私の熱のこもった言葉に、父はハミアさんに向かって頭を下げた。
「ハミアさん、リジーがお世話になり、ありがとうございました。引き続き相手をしてやってください。お願いします」
「気にしないでおくれ。とても、いいお嬢ちゃんだね」
ハミアさんは手をひらひらと顔の前で振ると、父に向って優しく微笑んだ。
私はハミアさんの言葉がうれしくて、自然と口角が上がってしまう。
でも、私の話を長くされるのは恥ずかしいので、さっさと用件をきいた。
「ジャルジさん、私に何かお話があるのですか?」
「ええ。私は明日、ガラス工房と陶磁器工房へ買い付けに行くのですが、もしよろしければご一緒にいかがかと思いまして」
「え?私も一緒に行ってもいいのですか?邪魔になりませんか?」
ジャルジさんの代わりに父が答えた。
「リジーは、まだこの村のガラス工房や陶磁器工房へ行ったことがないだろう? 我が領地の名産品で、王都でも人気なんだよ。明日ジャルジさんが行かれるという話だったから、もしよければリジーを連れて行ってくれないか、と私が頼んだんだ」
「まぁ、お父様が?」
確かに、私はまだ一度もガラス工房や陶磁器工房に行ったことがない。
森の近くに、有名な工房が軒を連ねているという話は聞いたことがあるし、我が家の食器類もそこの商品だという話だが、子供が気軽に行ける場所ではなかった。
私も15歳になったし、そろそろ行ってもよい、ということなのだろう。
そういえば、父は領地の視察にも私のことを連れて行きたいと言っていた。
ガラス工房や陶磁器工房がどんな感じなのかあまりイメージは湧かないが、せっかく声をかけていただいたのだし、行ってみたい。
「ジャルジさん、是非私も連れて行ってください」
私はジャルジさんに頭を下げた。
◇◇◇
翌朝、朝食を終えた後、私とジャルジさんと兄の3人で森の近くにある工房街へと向かうことになった。
でも、なぜこの3人で買い付けに行くのか?
実はジャルジさん一行は、昨日から広場で領民相手に期間限定の商店を開いているのだ。
所領に遍歴商人がやって来ることは年に数回しかない。
娯楽の少ない領民たちは、この日のためにお金を貯めているようなものだ。
皆広場に集まって、自分の欲しいものを見つけようと大賑わいを見せているということだった。
そのため、他の面々は商店の対応に忙しい。
中でも、ハミアさんは商売が人一倍上手だそうで、ハミアさんがいるといないとでは売れ行きが大きく変わってしまうとジャルジさんが言っていた。
私としてはハミアさんと一緒に工房へ行きたかったが、そういう理由でハミアさんの同行は叶わなかった。
あぁあ、ハミアさんと一分一秒でも長く一緒にいたいのに。
ハミアさんと一緒に工房へ行けないことが、本当に残念で仕方ない。
ちなみに、兄が一緒なのは、さすがに私とジャルジさんの二人だけで買い付けに行くわけにはいかないからだ。未婚の女性が男性と二人きりになることはあり得ない。もともと兄はあまり気が進まないようだったが、結局一緒に来てくれた。
そういう理由で、私達3人は馬車に乗り、森の近くの工房街へと向かっている。
馬車で30分ぐらい走ると、カラフルな三角屋根の家が10軒ほど固まって建っている場所にたどり着いた。どの家も煙突からモクモク煙が立ち上がっている。
ここが工房街のようだ。
馬車を降りると、ジャルジさんは迷わずそのうちの1軒に入って行く。私と兄も急いで後を追った。
よく見ると、『ガラス工房 橙』と書かれた小さな看板が入口に掲げてあった。
扉を開けて中に入ると、がらんとしていて人の姿が見えない。
「すみませーん。ジャルジです。どなたかいらっしゃいませんか?」
ジャルジさんが呼びかけると、遠くの方から声が聞こえた。
「今手が離せないから、ちょっと待って」
私たちは工房の入口に並べられた色とりどりのガラス製品を眺めながら、主人の戻りを待つことにした。
透明なガラスの食器や花瓶は煌めくような美しさで、繊細なデザインはハンドメイドだとは思えない。
「素敵!」
一点一点が芸術作品のようで、思わず見入ってしまった。王都で人気なのも納得だ。
ありがとうございました。