69.家族3
「リジー、最近はどうしているの?」
「最近、うーん、魔法の練習をしてるくらいかな?」
「そうか。僕は、今は……」
ローランが話している途中で、突然声が聞こえなくなった。
「ローラン?何て言った?聞こえないよ!」
もうそれ以上何も反応がない。
魔力切れなのだろうか?
でも、いつもの目眩はしない。
唐突に通話が終了し、ローランが何を話していたのか分からずモヤモヤする。
この魔法は、あまり長く話せないんだな……。
会話はこれから、というところで終わってしまったので物足りない気持ちだが、よく考えれば、こんなに離れているのに話せたことが奇跡だ。
それが魔法だと言われればそれまでだけど、魔法って凄い!
もっと自在に使いこなせたらどんなに楽しいだろう。
やっぱり魔法の本をしっかり読もう。
そう意気込んで魔法の本の続きを読み始めた私は、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
◇◇◇
翌日、午前中はいつも通りに過ごした。
朝食をとって、レオの散歩に行き、帰ってからは部屋で魔法の本を読んだ。
そして、皆で昼食を終えた時、屋敷に馬車が到着した。
いそいそと玄関に迎えに行く。
「お父様、お母様、長旅お疲れ様でした。会いたかったです」
両親と抱き合って再会を喜び合った。
今回は兄と妹は王都に残り、両親だけが領地に来たようだ。
「リジー、元気にしていましたか?」
母は私の顔を見ると涙ぐんだ。
「はい、お母様。皆とても良くしてくれるので、元気に過ごしていました」
私も母の涙を見てしまうと、ついつられてしまう。目が潤む。
「そう、リジーが元気そうでよかったわ」
母は私の涙をハンカチで拭ってくれた。
「リジー、少し会わないうちに、なんだか少し逞しくなったようだな」
父が私を見て、目を細める。
お父様、さすがです!毎日レオと走ってますから。
そう私が答える代わりに、レオが尻尾をちぎれんばかりに振りながら父の足元に飛びかかった。
「ワンワン」
父は、レオを抱き上げながら笑った。
「そうか、リジーはお前と毎日鍛えてるのかな?」
「お父様、そうです。私は毎日レオとジョギングしていますから。おかげで元気いっぱいです!」
「まぁ、この可愛い子犬は、レオ君というのね?」
母も父が抱いているレオの顔を覗き込み、レオの頭を撫でた。
両親とも一目でレオを気に入ったようだ。
「お父様、レオはそのうち狩猟に連れて行きたいと思っているんです。そのために鍛えています」
「そうか。それなら、一度レオと一緒に狩猟に行こうか。楽しみだね」
父はレオを抱いて離さない。私と話しているはずなのに、レオに向かって話し掛けている。
「お父様、お母様、座って話しましょう」
私は両親とレオを応接室へ連れて行った。
まずは淹れたてのお茶を飲んで、旅の疲れを癒してもらう。
私は父からレオを引き取り、レオをケージに入れた。
私の様子を見ていた父は、私がソファに座るのを待って、おもむろに口を開いた。
「リジー、まだその指輪を付けているのか?」
父は私の左手薬指に緑色に輝く婚約指輪を見つめている。
指輪のことをいつか言われるだろうとは思っていたが、着いて早々だとは思わなかった。
「お父様、この指輪は外したくありません。ここは王都ではありませんし、屋敷の者以外には会うこともありません。だから、もうしばらく付けたままでいさせてください」
私が拒否すると、父は驚いた顔をした。
「そうか。まぁ、今はいいが……。でも、いずれ誰かと婚約するときが来るんだぞ」
「分かっています。その時に外します。でも、まだ今はそんな気にはなれないのです」
父は黙ってしまった。代わりに母が口を開く。
「リジー、そろそろ王都に戻らない?いつまでも領地にいるわけにはいかないし」
「お父様とお母様は今回、どのくらいここにいらっしゃる予定なのですか?」
私の質問に父が答えた。
「仕事が溜まっているので、半年間ここにいる予定だ。それだけあればリジーもリフレッシュできるだろう? 私の仕事が終われば一緒に王都に戻るぞ。その時には指輪も外しなさい」
あと半年か。
半年後には王都に戻り、そのうち新たな婚約者が充てがわれることになるのだろう。
王都に戻るのは嬉しいけど、ローラン以外の人と婚約するのは、今は気が進まない。
とはいえ、薄情に思われるかもしれないが、いつか私を迎えに来てくれると言っていたローランの言葉を信じて待っているというわけでもない。
今のこの状況でそれが難しいということはさすがに分かる。ただ、そう言ってもらえたことは、本当にうれしかった。
結局、いつか父が決めた相手と私は結婚するんだろうと思っている。
でも、私はそれでいいと思っているのだ。
ローラン以外と結婚できないなんて嫌だと暴れたりはしない。
前に誰かに言われた通り、私はそんな身分でも容姿でもないし、教育も十分ではない。
美形の王子様とひとときでも婚約者として一緒に過ごせたことが夢のようだった。
だけど、こんな私にも譲れないことがある。
ローランにかけられている魔女の呪いは何とか解きたい。
今の私は、魔女の呪いを解くことが使命だと勝手に思っている。
それまでは、他の相手との婚約は気が進まないというか、別に浮気をしているわけではないけど、なんとなく相手の方に失礼な気がしているだけだ。
「リジー、聞いているか?」
私が父の質問に答えず、難しい顔で考え事をしていたので、父が声を掛けてきた。
慌てて、思考を中断する。
えっと、父は何を質問してたっけ?
ああ、半年後に一緒に王都に戻るという話か。
「お父様、分かりました」
父は私の態度に苦笑しながら、立ち上がった。
「リジー、またゆっくり話そう。いまから、挨拶がわりに領内を視察してくるから」
両親は2人で領地内を今から視察に回るようだ。着いた早々、精力的だ。
私も立ち上がって、両親を見送る。
「お父様、お母様、お気をつけて」
2人は馬車に乗って、出掛けて行った。
「はーーー」
両親に会いたかったはずなのに、会ったら現実を突きつけられた気分だ。
タイムリミットはあと半年か。
それまでに、魔法がどこまでできるようになるだろう?
とりあえず、魔法の本の続きを読もう。
私は部屋に戻って、魔法の本を開いた。
ありがとうございました。