68.家族2
どこから声がしたのか分からない。でも聞き覚えのある声だ。ローランの声に似ている。
ただ、とても小さい。少しでも音を立てると聞き逃してしまう。
「ローラン?」
どこに向かって話し掛けたらいいのか分からなくて、音を立てないように目だけをキョロキョロ動かしながら、声の聞こえる場所を探す。思わず息も止めてしまう。
「リジーの声が、もらった犬のぬいぐるみから聞こえるんだけど……」
間違いない!この声はローランだ!
ん?
もしかして、とは思ったけど、やっぱりレオの置物からローランの声が聞こえる?!
「ローラン、私の声が聞こえるの?」
今度は、レオの置物に向かって話し掛けてみた。
「うん、聞こえるよ。リジー、今から僕は用事があるから、今夜話をしよう。夜9時に。待ってるから」
「っ!……ローラン!」
愛しいその名を何度呼んでも、レオの置物からローランの声はしなくなった。
電話ではないので、当たり前だがプープーという音が鳴るわけではない。だけど、私の脳内ではプープーという音が再生された。
自分が冷静になるのと引き換えに、じわじわと驚きの感情がやってきた。
今のは一体何だったの?
一応二人の会話は成立していたような気がする。
この世界に電話はないし、何かの魔法だよね?
魔法の本を開いてみる。
ローランはレオのぬいぐるみから声が聞こえると言っていた。私はレオの置物から声が聞こえた。
レオのぬいぐるみは、もともと相棒の魔法を使いたくて作ったものだ。
相棒という魔法は、離れた場所にある自分の分身を魔法で動かすことができるものだ。
私は何度も遠隔でレオのぬいぐるみの足を動かそうと練習した。
でも、残念ながら、それは悉く失敗したのだが。
レオのぬいぐるみの足を魔法で動かせるようになれば、いつかレオのぬいぐるみをローランに渡そうと思っていた。
そうすれば、ぬいぐるみの足を魔女の呪いの刻印にのせることができ、遠隔で念じられるのでは、と考えたのだ。
ただ、それが上手くいかなかったから、あの時ローランにレオのぬいぐるみを渡したのは、全然別の理由だった。
黒い石が魔除けの石だと聞いたから、お守りになればいいという気持ちと、私が作ったものをプレゼントしたいという乙女心から、ほぼ衝動的に渡したのだ。
それが、こんなふうに電話のように使えるなんて!
この薄緑色の石が、声を届けてくれるのかしら?
魔法の本の相棒のところを読んでも、そういう事は書かれていない。
もしかしたら他のページに書かれているかもしれないけど、こんな分厚い本を読み込むには時間がかかる。
いや、どうせ私には時間がたっぷりある。
気になるから、今日から少しずつ読み進めていくことにしようかな。
そう思って、最初からページをめくり始めたときに、昼食の時間だとアンが呼びに来た。
◇◇◇
昼食を終えると、いつもは湖畔で魔法の練習をするが、今日は部屋で魔法の本を読むことにした。
改めて最初からページをめくる。
魔法の本はかなり実践的な内容が書かれているので、読んでいるとつい試したくなってしまう。
読んでは試し、読んでは試し……を夢中になって繰り返していると、あっという間に夕食の時間になっていた。
今夜は9時にローランともう一度話す約束だ。
さっさと夕食を食べて備えないといけない。
はやる気持ちを屋敷の皆に悟られないように、いつも通りの振る舞いを心掛ける。
メインの鶏もも肉のステーキを食べていると、アンがにこにこ微笑みながら水を注いでくれた。
「リジーお嬢様、何かソワソワされていますね。明日旦那様たちが来られますものね」
「!!」
内心冷や汗をかきながら、アンの顔を見る。
うわー、普段通りにしているはずなのに、ソワソワしているように見えるの?!
アンの言葉が気になって、ナイフを持つ手が震えた。
一度ナイフを置き、心を落ち着けるためにナプキンで口元を拭く。
「そう?ソワソワしているように見える?」
「仕方ないですよ。早く明日になればいいですね」
アンの笑顔に思い知らされた。
そうか、バレバレなのか。皆に隠し事はできないな。
余計なことは考えずに食事に集中することにして、なんとか食事を終えた。
その後、皆とどんな話をしたか思い出せない。
部屋に戻って、ふーっと大きく溜め息を吐いた。
特に悪いことはしていないけど、魔法のこととか皆に秘密にしないといけないことがある。
私が魔法を使えることが皆にバレていたらどうしよう。
今日だってちょっとソワソワしたのを上手く隠していたはずなのに様子がおかしいと思われるのだから、毎日の魔法の練習がバレていたっておかしくない。
さーっと顔が青ざめた。
これからは、魔法の練習を家でやるのは止めよう。
もう一度、大きく深呼吸した。
時計を見ると、そろそろ9時になる。
心臓の鼓動がはやくなった。
もうすぐローランと話せる。
自分で作ったレオの置物を両手で持ち、耳を澄ませた。心臓の音がやけにうるさい。
「リジー、聞こえる?」
ローランの声が聞こえた。
「ローラン! 聞こえるよ!」
ローランの声は昼間よりハッキリ聞こえる。
「リジー、これはすごい魔法だね。アルフレッドもビックリしていたよ。こんなに離れているのに、リジーの声がはっきり聞こえる!」
ローランの声は興奮しているようだ。
「ローラン、ありがとう。私ね。この魔法でやってみたかったことがあるんだけど」
もともと相棒の魔法でやってみたかったこと。それを試してみたい。
「何?」
「このぬいぐるみを魔女の呪いの刻印の上に当ててほしいの。私がぬいぐるみ経由で遠隔で念じても呪いを弱める効果があるのか、やってみたくて作ったんだよ」
「リジー、ありがとう。それなら、明日、薔薇園から薔薇を貰ってくるから。明日の夜9時にお願いしてもいい?」
「いいよ」
「リジーにもらったぬいぐるみから、強い魔力が感じられるんだ。夜寝る時いつも一緒に寝ているんだけど、呪いの刻印が薄くなっている気がする」
ローランがレオのぬいぐるみと一緒に寝てくれている!
その様子を想像しただけで、口角が上がってしまう。
私が作ったぬいぐるみを大切にしてくれているだけで嬉しいのに、まさか一緒に寝てくれているなんて。
ありがとうございました。