67.家族
「そういえば、旦那様と奥様が明日こちらに来られるようですよ」
今日もいつものように朝食をとっていると、執事のアントンが教えてくれた。
「そうなの?もう王都は出たのかしら」
「そうです。昨日出られたということです」
3ヶ月同じ日々の繰り返しで、それなりに充実していたものの、少し飽きてきたところだった。
両親に久しぶりに会えるのは楽しみだ。
「楽しみだわ!」
私が目を輝かせると、アントンは目を細めた。
「旦那様と奥様も、リジーお嬢様とお会いになるのを楽しみにされていると思いますよ」
アントンの言葉に嬉しくなった。
「明日両親がくるなら、少しお花を摘んでこようかしら」
レオとジョギングに行く丘に、ランの花が群生している。鮮やかなピンク色がとても綺麗だった。それを玄関に飾って、長旅の両親を迎えようと思いついた。
私は食事を終えて立ち上がり、レオの散歩の準備をする。
「それじゃ、レオとお散歩に行ってくるね」
両親に会えることがこんなに嬉しいと思わなかった。
心がウキウキしているのが分かる。
こんな感覚は久しぶりだ。
自分では気づかなかったけど、この3ヶ月間 屋敷の者以外と交流がなく、寂しかったのかもしれない。
皆はとてもよくしてくれるので、特段不満があったわけではないのだが。
両親に会ったら、王都の話が聞きたいし、私の生活ぶりも話したい。少しは成長したと思ってもらえるだろうか。
そうだ、きっと両親はレオと初対面となるはずだ。
兄から話は聞いているだろうが、レオのことだって話したい。
レオの成長ぶりは私の比ではない。
レオの一番の成長は、何と言っても、決して私より先に歩かなくなったことだろう。ちょっとしたお散歩でも必ずピタッと横にいる。本当に賢い。
ジョギングだって常に並んで走る。勝手に走っていくことがない。私のことを気遣い、私の歩幅に合わせて走ってくれるのだ。
今日も賢くて可愛い自慢の相棒レオと、丘までの走り慣れた道のりを並んで走る。
私も体力がついてきたようで、以前よりスピードを上げても息が上がらなくなった。
丘についたら水を飲んで休憩し、レオとキャッチボールで遊ぶ。
レオとしばらくキャッチボールで汗を流した後、玄関に飾るランを摘んで帰ることにした。
ピンク色のランが見事に群生している。一帯がピンク色の絨毯を敷き詰めているようだ。
その一角に腰を屈めランを摘んでいると、地面に何かキラリと光るものが見えた。
「何かしら?」
ランの葉っぱと同化してよく分からないので、それを指でつまんで持ち上げてみた。小石だった。よく見ると一部透けている部分があり、そこが太陽の光に反射し光って見えたようだ。
「きれい! せっかくだし、この石も持って帰ろう!」
ランと小石をお土産に、レオとジョギングで屋敷に戻る。
屋敷に着くと、早速持ち帰ったランを花瓶に生けて玄関に飾った。鮮やかなピンク色が映えて、一気に玄関が華やいだ気がする。
「うん、思ったとおり、いい感じ」
カリーナも側にきて生けたばかりの花を眺めていた。
「このランはとても綺麗ですね。ピンク色が鮮やかで、華やかになります」
その言葉に思わず笑顔になる。
「ねぇ、カリーナ。そういえば、ランを摘んでいたときにたまたま見つけて、綺麗だから持って帰って来たんだけど……」
私は、先ほど持って帰って来た小石をポケットから取り出し、カリーナに見せた。カリーナは私から小石を受け取ると、まじまじと見つめる。
「確かに綺麗な石ですね。これは何か宝石かもしれないです。研磨してみましょうか? お嬢様は応接室でお待ちください」
言われた通りにソファに座ってお茶を飲んで待っていると、カリーナが戻って来た。
「磨けば光りましたから、宝石ですね。ただ、とても柔らかい石でしたので慎重に砥ぎました。よく見てください。以前、リジーお嬢様に見せていただいた石と似ている気がします」
カリーナの手には、透明に磨かれた薄緑色の小石があった。確かに、レオのぬいぐるみのお臍のところに付けた石に似ている。
「本当だ。とても綺麗! あの石に似ているけど、あれは知り合いにプレゼントしてしまったの。もうここには無いから比べられないわ」
「そうでしたか。 この石が何かは、明日奥様に聞けば分かるかもしれませんね」
「そうね。お母様ならご存知かもしれないわね。明日聞いてみるわ」
カリーナに磨いてもらった小石を手に、自分の部屋へと戻った。
今からは魔法の練習の時間だ。
小石を横に置いて、魔法の本を開く。
でも、どうしても小石のことが気になってしまったので、一度魔法の本を閉じて小石を見つめた。
ふぅん。この石は柔らかいのか。
身に着けようかと思っていたが、それだと壊れてしまいそうだ。
だったら、部屋に飾っておくほうがいいのかもしれないな。
どうしようかな。
ぐるりと部屋を見回す。
シンプルと言えば聞こえがいいが、殺風景な部屋だ。
置物といえば、私が作った粘土製のレオの置物くらい。
このレオの置物に小石を飾ろうかな。
そうだ。ローランにあげたレオのぬいぐるみと同じように、お臍のところにこの石を貼り付けてみるのもいいかも。
お臍を天に向けて、仰向けに寝ているレオの置物だ。
お臍に付けるのが一番目立つ。
うん、そうしよう。
私は糊を取り出して、薄緑色の小石をレオの置物のお臍のところに貼り付けた。
石を付けただけで、レオの置物が豪華になった気がする。
「これは、いいかも」
我ながらいいアイデアだったな、とひとり悦に入る。
「この石を通じて、ローランと話ができたらいいのに……」
ローランに渡したレオのぬいぐるみにも同じところに石を付けているし、これで繋がったらいいのにな。
「ローラン、聞こえますか?」
なんとなく、石に向かって話し掛けてみた。
電話じゃないし、そんなことはできないか。
馬鹿な考えは止めて、魔法の練習をしよう。
自分で自分に苦笑する。
ローランが恋しすぎて、変な妄想をしてしまった。
気を取り直して、魔法の本を開く。
すると、どこからか私を呼ぶ声が聞こえた。今にも消え入りそうなほど小さな声だ。
「リジー、リジー」
え?
ありがとうございました。