58.相棒
領地に着いた翌日、朝食を終えると早速、レオを散歩に連れていくことにした。
レオはアントンにかなりきっちりと躾けられていたようで、だいぶ人の言葉が分かるようだ。
レオと一緒に散歩に出かける。
家から少し歩いたところに、子供の頃によく遊んだ小高い丘があり、そこへレオを連れていくことにした。
「じゃ、レオ行くよ。皆行ってきます」
丘までの道のりは見渡す限り畑が広がっていて、ところどころに牛や馬や山羊がのんびり草を食んでいる。
レオはトコトコ歩いていたかと思うと、いきなり走り出し元気いっぱいだ。
丘につくと、早速レオは大はしゃぎで走り回る。
しばらく走り回った後、突然立ち止まり、なぜか急に地面を掘り始めた。
今度は地面を掘るのが楽しくなったようだ。
前足を必死にバタバタさせて一心不乱に掘っている。
大きい耳がパタパタ揺れる。
地面が固いのか、上半身や頭で反動をつけながら、前足で器用に掘っている。
じっとその様子を見ていると、今度は穴を掘りながら、その場をくるくる回り出した。
後ろ足で回りながらも前足の動きは止めずに掘り続ける。
その間ずっと、しっぽもパタパタ動いている。
耳をパタパタさせ、全身を使って前足でせっせと穴を掘りながら、後ろ足でくるくる場所を移動し、しっぱをフリフリさせている様子は、とても慌てているように見える。
時間もあるのだし、もうちょっと落ち着いて掘ったらいいのに……
慌ただしい穴掘りを続けるレオの様子を見ていると、くすりと笑えた。
「レオ、どうしてそんなに頑張って穴を掘っているの?」
呼びかけてもまるで無視だ。ただひたすら、ちょっとあわてんぼうな感じで穴を掘り続ける。
しばらくたつと、ある程度の深さの穴が出来上がった。
どうするのかと思っていると、穴掘りに満足したのか、今度はダッシュで丘を走り出した。
ふうん。穴を掘ったらそこから何か出てくるのかと思ったけど、そういう訳ではないんだ。
ただ掘りたかっただけなのか。
ひたすら穴堀りに夢中になった後、今度は丘の上を伸び伸びと思う存分走り回っているレオを見ていると、気分が楽しくなってきた。
今思えば、王子様の魔法の呪いを解くのは私だと勝手に気負っていた。
ローランもエリック様もそう言ってくれるから、自分ですっかりその気になっていた。
そして、呪いを解く兆しも分かったような気がしていたけれど、実際は魔女のことも分かっていないし、なぜそうなったのかも分かっていない。
ただの偶然が重なっただけなのに、私が少し自分を買いかぶりすぎていた。
少し魔法を使えるだけだ。それだって、まだ習ったばかりで使いこなせるとは言い難い。
ただ自分の能力を過信していたんだと思う。
さっきまでは、今置かれているこの状況を心のどこかで受け入れられない自分がいたし、王宮の人たちだって、私がいなくなったら魔女の呪いが解けなくなって困るはずだ、と勝手に思い込んでいた。
だから、心のどこかで、きっといつか王宮に戻してもらえるような気がしていた。
でも、実際は王宮から追い出されていて、戻る術なんてない。
ローランとの婚約も断たれてしまった。
現実をちゃんと見つめて、今の自分の状況を受け入れるしかない。
よし、しっかり受け入れて、ここからまた頑張って行こう。
レオを見ながら、ふとそんなことを考え、レオと一緒に走ってみたくなった。
自然の匂いと風を感じながら思い切り走ったら、とても気持ちがよかった。
気が済むまでレオと一緒に走った後は、丘の上で仰向けに寝転がる。
上空の雲がゆっくりと形を変えるのをぼんやりと眺めた。
レオは寝転がる私のところへやってきて、クンクンと私の匂いを嗅いでいる。
そして、私の横で同じように仰向けに寝転がり、背中を草地に擦りつけて遊びだした。
レオの動作はやることなすこと、いちいち可愛い。
「レオ、楽しいね」
私が隣りで寝ているレオに向かって微笑むと、レオは「ワン」と答えてくれた。
気分も落ち着いたので、もう少しレオと遊ぼうかな、と思って起き上がると、遠くの方に人影が見えた。
「誰だろう?」
じっと見てみたが、少し遠いのでよく分からない。
まぁいいか、と思ってレオを見てみると、レオはさっき自分で掘った穴の中に座っていた。
あ、そうしたかったんだ!
レオのしていたことが全く無意味なわけではなかったことを知らされた。
「ごめんね。レオはちゃんと考えて行動しているんだね。えらいよ」
レオの頭を撫でて謝ると、レオが少し威張っているように見えた。
レオはまた走り出した。
レオの行動はいつも突然だ。
今度は、人影の方向に走り出した。
その人は茶色いフード付きのコートを着て、フードを頭から被っているので顔はよく見えない。
人影はこちらのほうへ向かっているようだ。
レオは、なぜかまっしぐらに茶色いフードの人へ向かって走る。
「レオ、待って!!」
私は必死で追いかけ、レオを止めようとした。
万が一、この人に嚙みついて怪我を負わせたら大変だ。
やっとの思いでレオに追いつき、レオを抱き上げる。茶色いフードの人まで、あと数メートルのところだった。
「レオ、勝手に走って行ったらダメ! ちゃんと言うことを聞いてね」
レオに言い聞かせていると、茶色いフードの人がすぐそばまでやって来た。
「本当にすみません……。私の犬が向かって行ってしまって。怖かったですよね?」
私はレオを抱きかかえながら謝った。
「いえ、大丈夫。犬は苦手じゃないから」
そう言いながら、その人はフードを脱いだ。
あれ?この声、どこかで聞き覚えがある。
そう思って顔をよく見ると、魔導士様の弟子のロジェだった。
「ロジェ!?どうしたの、こんなところに……」
私はびっくりして、思わず抱きかかえていたレオを離してしまう。
レオは、私とロジェの周りをしっぽを振りながらぐるぐる走り回っていた。
ロジェはその場にしゃがんで、レオの頭を撫でている。
犬が苦手じゃないというのは本当のようだ。
「この犬の名前は何?」
ロジェは私の質問には答えずに訊いてきた。
「レオよ! ねぇ、それより、どうしてこんなところにいるの?」
私がもう一度尋ねると、ロジェはレオから手を離し立ち上がった。
「ローラン王子殿下の依頼で、ここに来た」
ありがとうございました。