57.避難生活
ここから第3章になります。舞台が王宮から田舎暮らしになって、今までよりのんびり成長していけたらいいいなと思っています。
兄の話したとおり、ローランは第一騎士団の一部を援軍に引き連れてアヌトン王国との戦争に行ってしまった。
そして、ローランが戦争に行った翌日、教会から私たちの婚約に対する再審議の結果が発表された。結果は、私には残念なことだけど、大方の予想通りローランと私の婚約は不成立となった。
さすがに二度も審議の対象となる婚約を教会としても認めるわけにはいかなかったようだ。
頑張った妃教育も、今となっては不要となってしまった。
でも、それもいい経験だと思っている。
王族との婚約が無くなったので、王宮にまた女官として仕えるのかと父に聞いてみたが、それは無いという返事だった。まぁ、それはそうだろう。一度王族と婚約した私をまた女官として使うのは、いろいろとやり辛そうだ。
ただ、世間の私や家族への対応はとても同情的だった。
もともと婚約が国王陛下からのご褒美だという話は皆知っていることだし、力のある侯爵家によって婚約が不成立とされてしまったのは可哀そうだと、皆とてもよくしてくれた。
母が参加したお茶会でも、メルシエ伯爵夫人が
「王族には一夫多妻制が認められているのだから、わざわざ再審議を請求して婚約を不成立とさせずに、どちらとも婚約すればいいものを。わざと力を見せつけるようなことをしなくてもいいのにね……。あそこのご令嬢は我儘だという話ですからね。一夫多妻は嫌だとか仰ったのかしら」と言っていたそうだ。
アレクシア様が随分悪者になっているようで少し心配だが、このままだと実際にローランと婚約するかもしれない。
それは私には分からないことなので黙っていた。
私には、エリック様がご自身で申し立てたと仰っていたが、世間はそれを知らないようだ。王家と教会の間で内密に処理されているのかもしれない。
婚約不成立となった私にはいくつか縁談の話もきたと両親が話していた。ただ、せっかくだが今はそういう気分ではないと断ったと後から教えてくれた。
世間が同情してくれるといっても、今回の顛末で私が傷ついているのは確かだった。
ローランとの婚約が不成立になったことは、想像していた以上に辛い。
たった1週間会っていないだけなのに、こんなにもローランに会いたい。
婚約指輪を外さず、暇さえあれば婚約指輪を眺めている私のことを心配して、両親は一度気分転換をさせたほうがいいと考えたようだ。
明日から、私だけ子爵領へと向かうことになった。私と同行するのはメイドのアンだけだ。
両親は王都での仕事が落ち着いたら、領地に来ると言っていた。
私は荷造りを終えた後、ベッドに仰向けに寝転がって左腕を天井に向かって伸ばし、左手薬指に輝くエメラルドを見た。
「この婚約指輪に念じたら、ローランのところに行けるんだよね。ローランは今戦争中だから、私に来られても邪魔にしかならないはず。戦争が終わったら、一度念じてみようかな」
そして、指輪に向かって呼びかけた。
「ローランが戦争で怪我しませんように。どうかローランをお守りください」
◇◇◇
翌日、私とアンは家族に見送られて、馬車で領地へと向かった。
3日かけて、この国の西にある領地へ向かう。
よく考えると、ローランが戦争をしているアヌトン王国との国境付近というのは、子爵領から比較的近い距離にある。
具体的な戦争の場所が分からないので何とも言えないが、領地からは王都に行くよりアヌトン王国との国境に行くほうが近い。
「リジーお嬢様、この度は大変でしたね……」
アンも私に同情的だ。いつも以上に優しく接してくれる。
アンには正直に私の気持ちを伝えた。
「私、ローラン王子殿下のことが大好きだった。あんなに素敵な方はいないと思うわ。見た目も素敵だけど、性格もとてもいいの。一緒に過ごせた時間は本当に幸せだった。一生の宝物にするわ」
「そうだったんですね」
「ローラン王子殿下と一生を誓ったつもりだったんだけど、何故こうなってしまったんだろうな……。でも、いただいた婚約指輪はまだ外したくないの……。特に返せとも言われていないし」
「リジーお嬢様の婚約は国王陛下からのご褒美だったのに、それがこんなことになったのですから、慰謝料を請求してもいいのではないですか?その婚約指輪は慰謝料として頂けるものだと思いますよ」
慰謝料か……。
婚約者としての生活は短かったし、そんなことは考えていなかったけど、この婚約指輪は慰謝料として有難く頂いておこう。
短い婚約者生活ではあったが、王宮での生活でいろいろな経験を積むことができた。私にとっては財産になったと思うので、国王陛下のご褒美だというのはあながち間違いではない。
婚約不成立は残念だが、次に国王陛下との謁見の機会があったとしたら、非難するのではなくお礼を申し上げたいと思う。
◇◇◇
王都の屋敷を出てから3日経過し、ようやく領地の自宅に着いた。
領地では執事のアントンが出迎えてくれた。
「長旅、お疲れ様でございました。お食事の準備が整っておりますので、どうぞ」
「ありがとう。あら?犬を飼ったの?」
アントンの側にビーグルに似た小さい小型犬が1頭いた。鼻先まである大きな垂れ耳が可愛い。
アントンの周りを落ち着きなくクルクル回っている。
「狩猟犬として入手したのですが、まだ子犬でして今躾けているところなんです」
「へぇ、かわいい。名前は何て言うの?」
「レオです」
私はしゃがんで、両手を伸ばして子犬に向かって呼びかけた。
「レオー」
すると、トコトコと私のところに駆け寄って来る。
「とってもお利口だね」
頭を撫でてあげると、とても可愛く「クゥーン」と鳴いた。人懐っこい犬だ。
私が立ち上がると、なぜかピョンピョンとジャンプしてくる。少しやんちゃなのかもしれない。
「レオは生後半年くらいです。明日からは、リジーお嬢様にレオの散歩などをお願いしてもいいでしょうか」
「わかったわ」
こんなかわいい子犬が領地にいるなんて。
明日が来るのが楽しみになった。
アントンは手慣れた様子で、レオをケージ入れた。
レオは出してほしいのかクンクン言っているが、アントンは無視している。
ここで可愛さに負けてケージから出してしまったら、せっかくの躾がダメになってしまうのかも。
そう思って、私もレオのことは見ないようにした。
ありがとうございました。