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56.自宅待機

 自宅待機が始まって、5日が過ぎた。

 初日は夕食を食べると、余程疲れていたのかすぐにバタンキューと寝てしまった。

 その翌日、妃教育に苦労しているという話を父と兄にしたところ、語学や地理、歴史の本を貸してくれたので、それからは主に借りた本を読んで過ごしている。

 一日中ずっとそれらの本を読んでいるので、語学と地理、歴史についてはだいぶ理解が進んだように思う。


 実は私は自宅待機になってから、一歩たりとも家の外に出ていない。

 それというのも、この国の歴史上、王子様の婚約が二度も審議されたことなど未だかつて一度もないからだ。

 家の外に出ようものなら、婚約が再審議となっていることをいろいろ言われることが分かっている。

 それくらい私は今、世間の注目の的なのだ。

 とてもスキャンダラスに噂されている、と妹も話していた。


 そのせいで、家族にも随分迷惑をかけている。

 でも、家族は決して私を責めたりなどしない。

 それどころか、とても気遣ってくれている。

 今回の件で、家族の優しさが身に染みるし、変な噂の的になってしまったことを心から申し訳なく思う。


 今日もいつものように、自分の部屋で語学や地理、歴史の本を順に読み漁っていたら、母が「一緒にお茶を飲もう」と誘ってくれた。

 読んでいた本に栞を挿み、軽くストレッチをしてから応接室へ行くと、母と妹が既にお茶を愉しんでいる。私は妹の隣りに座った。


 妹は私の顔を見るなり、少し苛立ちを含んだ口調で言った。

「姉さんの婚約が再審議になったのは、アレクシア様のせいなんでしょ? 外国への留学から帰って来られたアレクシア様が、ローラン王子殿下と姉さんの婚約にお怒りになって、教会に殴り込みに行かれたという噂よ。姉さんもかわいそうだわ」


 そういう噂になっているんだ……。

 エリック様がご自身で申し立てたと私には仰っていたけど。

 アレクシア様がローランのことを好きなのは間違いないし、婚約するつもりだったのも間違いないから、特に訂正する必要は無いか。


 私の反応は一切気にせず、妹はどんどん喋る。母はにこにこ微笑みながら妹の話を聞いていた。

「姉さんだって、国王陛下からのご褒美でローラン王子殿下と婚約しただけなのに……。そんなお相手がいらっしゃるのなら、国王陛下も別の王子様をご褒美としてくださればいいのにね。王子様は8人もいらっしゃるのだし、何の噂もない王子様だっていらっしゃるのだから。姉さんはついてないわ。私の友人も皆、姉さんに同情しているわよ」


 ……同情されているんだ。私。

 妹の話に思わず苦笑する。


「アレクシア様は本当に気の強いお方だと伺ったわ。侯爵家の力を存分に駆使して教会を操り、婚約破棄に持ち込むぐらい楽勝だそうよ。うちは子爵だし、残念だけど姉さんに勝ち目はないと思うわ。でも姉さん、きっと他に良い縁談があると思うから、王族と少しの間だけでも婚約者になれたことを誇ればいいと思うの!」


 そこまで話すと、妹はティーカップを置いて私の手を取った。

 妹は、精一杯私を励まそうとしてくれているようだ。


「クレア、ありがとう。うん、そうだね。どういう結果になったとしても、いい思い出だと思うわ」


 私が妹にお礼を言うと、それまで黙って聞いていた母が口を開いた。


「リジー、あなたはローラン王子殿下に、とても大切にしていただいているように見えたけど?」


「はい、お母様。実際、私はローラン王子殿下にとても大切にしていただきました。いつもとてもお優しく私のことを気遣ってくださり、感謝しかありません。クレアの言うとおり、あんな素敵な方と少しでも婚約できたことは私の誇りです」


 私の言葉に母も妹も感激している様子だった。母は続けた。


「そんなに素敵な方だから、他のご令嬢も放っておかないのでしょう? なるようにしかならないのですから、そんなに気に病まないことよ」


「はい、お母様」


 私は母の言葉を肯定する。そして、また3人でお茶を飲んだ。

 その後は母と妹が中心となって、近所に最近できたお店の話や妹の友人の話などを脈絡なく話していた。私は相槌を打つぐらいだったが、聞いているだけでも楽しかった。


 ◇◇◇


 夕食を終え寝間着に着替えた私は、ベッドの上に寝転がりながら語学の本を読んでいた。

 妃教育で学んでいる語学はこの世界の共通語だそうで、国家同士の会談や契約文書等で使われる言葉だ。そのため、普段使っている言葉とは単語や文法が異なり、覚えるのに苦戦していた。

 だが昨日、ふと前世で使っていた言葉と文法が似ていることに気づいた。それからは格段に習得が早くなり、語学の本を読むのが楽しくなっている。


「ふふんふんふん」

 ひとり鼻歌まじりで語学の本を読んでいると、ノックも無く突然部屋の扉が開いた。


「リジー入るぞ。……なんだよ、ご機嫌だな。もっと落ち込んでいるのかと思ったのに……」


 入って来たのは兄だった。


「何よ。ノックも無しに入って来るなんて。何の用なの?」


 せっかくいい調子で勉強していたのに。

 そう思って兄を睨みつけると、兄はドカッとソファに座りながら言った。


「ローラン王子殿下のことを教えてやろうと思ったんだけど、聞きたいか?」


 ローランのこと?


「うん、聞きたい!」

 私は素直にベッドから起き上がり、兄と向かい合わせに座る。


 ローランとは、5日前に妃教育で一緒にダンスを踊ったきり、一度も会えていない。

 今どうしているのか、何を考えているのか、ずっと気になっていた。


 兄が声を潜めて言った。

「ローラン王子殿下は明日から戦争に行かれるそうだ。隣りのアヌトン王国が戦争を仕掛けてきて、現在、第四騎士団が国境付近で対戦している。戦況は一進一退で、今のところ五分五分だ。ローラン王子殿下がそこに第一騎士団を一部引き連れて援軍として向かうことになったんだ」

「え?どうして?」

「どうしてだと思う?……戦争に向かうのはローラン王子殿下の意思だそうだ。なんでもローラン王子殿下は『この戦いに勝てば、教会がどのような決定を下したとしてもリジーとの婚約を続けさせてほしい』と国王陛下に直訴したそうだよ。お前、愛されているな」


 ローランがそんなことを言ったの?

 でも、戦争なんて……大丈夫なのかしら。


「そんなに不安そうな顔をするなよ。噂によれば、ローラン王子殿下はまだ15歳だけど、そう思えないくらい強いらしいぞ。それに第一騎士団からはパトリック副団長も付いて行かれるということだから、心配ないだろう。俺は今回は行かないんだけどな」

ありがとうございました。

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