55.ガールズトーク2
「リジー!今のどういうこと?」
ステイシーが普段よりワントーン高い声で噛みつくように言った。
うわあ、めちゃくちゃ怒ってる?
ああ、そういえば、ステイシーはエリック様のことが素敵だと言っていたな……。
周りを見ると、イザベルとシモーヌも殺気立っていた。
これは早く誤解を解かなくては……。
「ステイシー落ち着いて。まず、私が好きなのはローランだけで、エリック様のことは何とも思ってない。それだけは分かって!」
ステイシーを諭すように、少しゆっくり話した。
「わかったわ」
ステイシーから怒気が消えた。その横で、イザベルとシモーヌも真顔で頷いている。
ステイシーは普段の落ち着いた口調に戻った。
「それじゃ、どうしてエリック王子殿下はリジーに婚約しよう、なんて仰るの?」
私は少し考えて、言葉を選びながら慎重に答えた。
ここで下手な答えをしたら、袋叩きに遭いそうだ。
「わからないの。……ただ、思い当たる節があるとすれば……あの、黒猫の事件かしら。きっと私のことをすごい才能の持ち主だと誤解されている気がするの……」
イザベルとステイシーは、黒猫事件のときに一緒にいて事の顛末を知っている。シモーヌはその場にいなかったが、イザベルの姉だし、ある程度は聞いているはずだから問題ないだろう。
皆友人だが、さすがに魔法や魔女の呪いのことは言えない。
「ふぅん。ということは、エリック王子殿下はリジーの才能を狙っているということなの?」
イザベルが訊いてきた。
「うん、そうだと思う……。でも正直にいうと、そんな才能が無いから、期待されても困るんだけど……」
そこまで話して、ふと思い出した。
そういえば、エリック様は私と婚約することを占い師が占った、と仰っていた。それは話しても問題ないはずだ。
「それにね、ここだけの話なんだけど、エリック様は王族の占い師とかいう人に占ってもらって、私が婚約者だという占い結果が出た、って少し前に仰ったのよね。そんなの当てにならないし、そんなこと言われても私はローランのことが好きだから……」
「ええ!占い?」
3人同時に反応した。占いというのは意外だったようだ。
「占い師……。すごい占い師に占われてリジーが婚約者だと言われたら、信じちゃうのかな?」
ステイシーが呟く。
どうやら、私に対する疑いは払しょくされたようだ。
いや、私ってどれだけ信用ないのだ。ローランがいるのに、エリック様を誘惑なんてしないから。
「うん、なんか信じている感じだった。その占い師がどんなすごい人なのかは分からないんだけど……」
「そっか。女官のネットワークで調べてみるわ。王族を相手にする占い師なんて限られているはずだから!」
おお。頼もしい。ぜひお願いします!
「それにしても、リジーってすごいね。ローラン王子殿下と婚約しながら、エリック王子殿下からも婚約しようと言われるなんて。美形の王子様を手玉に取っているじゃない!」
シモーヌが感心している。
ああ、絶対それ言われると思った……。
「うん、私もそう思うよ……。本当にすごいけど、何故こんなことになるのか……。私はローランとだけ仲良くできればそれでいいのに」
私がガックリ肩を落としていると、扉をノックする音が聞こえた。
今度こそ、ローランだ!
うれしくなって顔をあげると、扉の向こうから聞き慣れない声がする。
伝令が手紙を持ってきたようだ。イザベルが受け取って、私に渡してくれた。
「はい、リジー宛。本物だよ」
手紙は宰相の封蝋で封印されている。
開けてみると、中には次のように書かれていた。
「ローラン・ナディエディータ第七王子とリジー・ハリスの婚約に関する再審議が決定した。ついては、結果が出るまでの間、二人が同居並びに対面することを禁ずる。リジー・ハリスは、本日中に王宮を出るように。1週間後には結果が判明するため、今後についてはその際連絡する」
手紙を読んで4人で黙って顔を見合わせた。
「これって、今すぐ出て行けってことだよね?」
私が恐る恐る聞くと、3人がうんうんと頷いている。
「ああ、お腹すいたな……。いっぱい運動して、すごくお腹すいてるのに……。王宮の食堂で、夕食だけ食べて行ってもいいのかな」
お腹を押さえながらそう呟くと、また誰かがやって来た。今日は次から次へとやって来る。
「リジーお嬢様、お迎えに上がりました」
懐かしい声に扉を開けると、ハリス家の執事のトーマスがいた。
「トーマス!!」
トーマスとの再会はうれしいけれど、これは本当に今すぐ出て行け、ということらしい。
私は3人の女官たちに見送られて、トーマスと一緒に王宮を後にした。
◇◇◇
「ただいま」
トーマスと久しぶりの我が家に帰る。
とはいえ、まだ家を出てから1ヶ月も経っていないのに、もう帰されてしまった。
玄関で両親と妹、それにメイドたちが迎えてくれる。
兄はまだ仕事から戻っていないようだ。
「リジー、少し見ないうちにとても綺麗になったわね」
母の優しい笑顔に、思わず涙が零れそうになる。
「お母様……」
私が母のもとに駆け寄って抱きつこうと腕を伸ばしたとき、私のお腹がグーと鳴った。
「あら?リジー、お腹がすいているの?」
恥ずかしいので、顔を上げられない。俯いたまま、正直に「はい」と頷く。
散々運動した後で、私のお腹は限界だった。
「ちょうどよかったわ。私たちも夕食はこれからなのよ。さぁ、食事にしましょう」
そして、皆で食堂へ移動した。
食事が始まると、いつもどおり母が会話の中心だった。
婚約が再審議となっていることは皆知っているはずなのに、誰も何も訊いてこないのはありがたかった。
でも、訊いてこないのは当然かもしれない。
例えば、私が「ローランが好きです」と言っても、皆どう声を掛けたらいいのか分からないはずだ。
再審議となっている婚約相手のことは褒めるのも貶すのも難しい。
ましてや相手は王族だ。何も話さないのが一番だと思っているに違いない。
結局、家族は皆、普段通りの当たり障りもない会話に終始している。
ああ、この感じ、懐かしい。やっぱり落ち着くな。
私は会話には参加せず、ただ目の前の温かい食事を味わいながら、心も体も満たされていくのを感じていた。
ありがとうございました。