54.妃教育3
「あー、疲れたねー」
「本当に疲れたー」
2人顔を見合わせて笑い合う。
いまはまだ足ががくがくしていて立ち上がれないが、それでも2人で協力して踊り切った達成感を味わっていた。
「リジーは、ダンスも上手だね!」
「ううん、全然ダメ。ローランは上手いのに、私が足を引っ張ってごめんね」
「いや、僕も久しぶりに踊って、間違えてばかりだったよ」
「先生、厳しいもんね」
私たちの中に同志のような感情が芽生えていた。
ローランが私に向ける笑顔が、今までのものとは何か違ってみえた。
私も、妃教育はひとりで頑張るものだと思い込んでいたが、こうして2人で頑張れるなら、より前向きに取り組めそうだ。
2人でしばらく談笑していると、イザベルたちがやってきた。
「リジー、身体のお手入れの時間だよ」
「はーい」
イザベルはまだ私の横にローランがいることに気づいていないようだった。私とローランは背中合わせで座っていて、ローランはちょうど私の影になっていた。
それでも、シモーヌが目ざとく気づいた。
「失礼しました。ローラン王子殿下もご一緒でしたか。それでは後にしましょうか」
「いや、構わないよ。僕は今から執務室のほうへ行くから。リジーと先に部屋に戻っておいて」
ローランは、そう言って立ち上がった。
ただ立ち上がったのではなく、立ち上がるときに、自然な動作で、私の頬にキスをした。
え?何??
一瞬何が起こったか分からなかった。
数秒遅れて、ローランが私の頬にキスしたことに気づいた。
頬といえど、ローランにキスされるのは初めてなんだけど……。
なぜ、今ここで?
みんな見てる前で……恥ずかしすぎる。
思わず頬を押さえながら、ローランの顔を見る。
キスされた場所が熱い。
ローランは涼しい顔で私を見ると、唇の動きだけで「また後で」と言って、手をひらひらと振りながら行ってしまった。
「ローラン……」
無意識に名前を呼んでしまった。
心臓が激しく鼓動する。
さっきまでは膝が笑って立ち上がれなかったが、それはすっかり回復したというのに、今度は胸のドキドキが止まらなくて立ち上がれない。
「はぁーーー」
大きく深呼吸して気持ちを切り替えようとするが、ローランの笑顔が次々と頭に浮かんできて、どうしようもなかった。
ローランが去った後の体育館は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
私を放ったらかして、3人がワーワー言い合う。
「いまの、見た?」
「ローラン王子殿下のキス、素敵だったー」
「自然だったよね」
「絵になるわね」
「私もあんな風にキスされたい」
興奮冷めやらないステイシーが私に訊いてきた。
「ね、リジー、今の気持ちは?」
「……」
はぁ?そんなの、答えられないわー。
何と表現したらいいのか分からないので黙っていた。
それからしばらく、また3人でワーワー話していたが、私が何も答えないし、それ以上の話もないので、興奮も落ち着いたようだ。
ステイシーが「さぁ、部屋に戻ろう」と言いながら、座ったままの私を立ち上がらせた。
そして、すっかり元に戻った3人の女官たちに、私は部屋まで連行された。
部屋に戻ると、イザベルたちは早速精油マッサージの準備に取り掛かる。
「ローラン王子殿下のためにも、リジーを綺麗にしなくちゃ」と、張り切っていた。
私は全身を皆に委ねる。
精油マッサージは疲れた身体に本当に気持ちいい。
いつもは途中で眠りに落ちてしまうが、今日ばかりは、先ほどのキスと、水泳の時に見たローランの素敵な肉体をつい思い出してしまって寝つけない。
「ローランって一体何を考えているのかな?」
マッサージ中に、つい口に出してしまった。
「そりゃ、リジーのことを考えてるんじゃない?」
「ローラン王子殿下は、本当にリジーのことが大好きだからね」
「リジー、よかったね。あんな素敵な王子様に、こんなにも愛されて!」
3人の言葉を聞きながら、考えた。
私はローランのことが大好きだ。それは少し前まではハッキリしなかったけど、今のキスで確信した!間違いない。
でも、ローランはやっぱり分からないな。
魔女の呪いが解けるまでは、きっと必死に私のことを求めてくれるとは思う。でも、それから先は……。
そこまで考えて、頭を切り替えた。
それから先のことは、考えないようにしよう。
前にもそう誓ったはずだ。
「リジー、精油マッサージは終わったよ。ドレスに着替えるから、立ってくれる?」
イザベルの声で我にかえる。
「うん、分かった」
ドレスに着替えてヘアメイクをしてもらう。一日に何度も着替えやヘアメイクをしてもらって申し訳ないが、この後食堂に夕食を食べに行くから仕方ない。
それに、ローランの前では少しでも綺麗にしておきたい。
そろそろ、ローランが部屋に戻ってくるはずだ。
そう思っていると、扉をノックする音が聞こえた。
ローランだ!
そう思って扉のほうへ進むと、扉の向こうの様子がおかしい。
「エリックです。リジーにお伝えしたいことがあって、ちょっといいかな?」
扉を開けるとエリック様が1人で立っていた。
「どうぞ」と、エリック様を部屋の中に招き入れる。
エリック様は、部屋に入るとまずは部屋の中を見回した。
「リジーの部屋は、とてもいい香りがするね」
「それはきっと精油の香りです。さっきまで皆に精油マッサージをしてもらっていましたので」
私がエリック様をソファに案内すると、シモーヌがさっとお茶を用意した。
エリック様は、まず一口お茶を啜る。
それから、顔をあげて私の目を見た。
「突然、部屋にきてごめんね。リジー。でも、早く伝えた方がいいと思ってね。 ほら、この前話した君たちの婚約の再審議のことなんだけど、無事に今日僕の申し立てが通ったんだ」
「と言いますと?」
「うん、だから、リジーとローランの婚約だけどね、もう一度審議されることになった。 結果が出るのは1週間後だけどね。僕は、婚約が不成立になると信じているよ」
そこまで言うと、エリック様は私の隣りに移動してきた。
そして、私の手を握る。
「リジー、そうなったら、僕と婚約してほしい!」
エリック様は私の返事も聞かずに立ち上がり、「それじゃ、また今度」と言い残して部屋を出て行った。
ありがとうございました。