53.妃教育2
水泳の授業が終わると、プールの横にある暖炉の間に移動した。
暖炉にあたりながら、冷えた身体を温め、髪の毛を乾かす。
さすがに水泳の授業の後、すぐ次の授業というわけにはいかないので、水泳の後は必ず1時間の休憩が設けられている。そうしないと、髪の雫で床がびしょ濡れになってしまう。
ローランは、水泳が終わると少し暖を取ったが、「用事があるから」と部屋を出て行った。
水に濡れたローランは、均整のとれた身体と美形の顔がマッチして目の保養になる。だから、さっさと出て行ってしまったのは残念すぎた。
仕方ない。次の水泳の授業の楽しみに取っておこう。
ひとり暖炉の間に残された私は、部屋の中を見回した。
暖炉の間は、プールの後に暖を取るためだけに設けられた部屋だ。
部屋の真ん中に巨大な暖炉が設置され、その周囲を取り囲むように多くの椅子やベッドが置かれている。
天井は高く、部屋全体が五角形の形をしていて、そのうちの一辺の壁がなくプールに通じている。
壁は石積みの壁で落ち着いた感じだが、一辺には本棚が設置され、もう一辺には巨大なポスターが貼られていた。
暖を取る間の時間潰しとして、多くの本が用意されているようだ。
確かに暇だし、ちょっと本でも読んでみようかな。
そう思って本棚に近づき、並んでいる本の背表紙を見てみると、多彩なジャンルの本が取り揃えられていた。
あ、これ読みたかった本!
人気作家の最新本があったので思わず手を伸ばしたとき、ふと、本棚の横の壁に貼ってあったポスターが目に入った。
よく見ると、ナディエディータ王国とその周辺諸国の地図だ。
これ今朝、地理で習ったやつ!
人気作家の最新本は読みたいけど、いまは妃教育を頑張る時だ。そう思い、泣く泣く本棚から手を離し、暖を取りつつ地理を覚えることにする。
それからどれくらい時間がたったのだろうか。
一心不乱に地図と格闘していると、いつの間にか、イザベルたちが横にいた。
「さぁ、リジー。ドレスに着替えましょうね」
イザベルたちに促され、暖炉の間を出る。
いつの間にか、私の髪はすっかり乾いていた。
私たちは脱衣所に移動し、水着からドレスに着替える。
そして、化粧台の前に座った。
化粧水を塗りながら、心配そうにステイシーが訊いてきた。
「リジー、水泳はどうだった?」
ステイシーはいつも私の出来なさ加減を心配してくれている。相当ダメな奴だと思われているようだが、否定できない。
「うーん。特に……。問題あるとしたら、ローランも一緒に水泳の授業を受けたくらいかな?それ以外は問題なかったよ」
「え?!ローラン王子殿下も?!」
ステイシーがあまりに驚くので、そうだ、説明してなかったな、と思い、今後ローランが一部の妃教育に同席することを話した。
それを聞いたイザベルが「まぁ、素敵!」と言っていたので、説明の仕方を少し間違えたかもしれない。
素敵な要素は何もない気がする。
あ、でも……。
水泳のときに見ることができたローランの肉体は素晴らしかった!
ただ、それはイザベルたちには言わないことにした。
勉強できない人認定だけで十分だ。これに変態認定もされたら、ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
そんな馬鹿なことを考えていると、ヘアメイクが完成していた。いつもながら、3人の流れるような連携は素晴らしすぎる!
次はダンスの授業だ。ダンスの授業は2時間ぶっ続けで集中的に行われる。
私も実家にいたときにダンスは習っていたが、そのときの先生とは比べ物にならないくらい、妃教育でのダンスの先生の指導は厳しい。
まだ一度しか先生の授業は受けたことがないが、前回は授業が終わると身体中が筋肉痛になった。
体力には自信あったはずなのに、普段使わない筋肉をフルに使ったようで、心身共にヘトヘトになった記憶がある。
前回の授業を思い出し、ビビりながら、体育館へと向かった。
最初は先生とストレッチを行う。
ストレッチをかなり入念に行った後は、早速ダンスの練習だ。
まずは簡単なワルツから。
姿勢や足のステップに次々と指導が入る。
「リズムに合わせてしっかり伸びる!はい、留める!」
簡単なはずのワルツでこれだけ注意されるって、今まで習ったことはいったい何だったんだ。
今教えてもらったことが無意識にできるようになるまで、ひたすら反復練習が続く。
ああ、ワルツでこの調子だと、この先不安しかない……。
ワルツの練習を終えて、次はジルバの練習を始めようという時に、ローランがやってきた。
練習を中止して、先生が声をかける。
「ローラン王子殿下どうされましたか?」
「リジーのダンスレッスンを見学しにきたのだが、ダメだったか?ここで見せてもらっても?」
そう言って、ローランは近くの椅子に腰掛けた。
それを見たダンスの先生の目つきが変わった気がした。
「ローラン王子殿下、そういうことでしたら、ご一緒にダンス練習はいかがですか? 王子殿下も最近はダンス練習をお休みだったのではありませんか?」
ダンスの先生、強い!
ローランは見学だけのつもりだったようなのに、有無を言わさず練習に引き込んだ。
ローランは渋々ダンスシューズに履き替える。
ジルバの練習が始まった。
まずは2人で足の運びを確認する。
「スロー、スロー、クイック、クイック、スロー……」
先生の掛け声とリズムに合わせて、基本の動きを行う。
ジルバはリズムに合わせた小刻みなステップと、メリハリのある動きが特徴だ。
基本の動きを復習した後は、先生から次々に新しい技術を教わる。
そして、それを無意識に踊れるようになるまで、何度も何度も反復練習を行う。
「はい。もっと情熱的に!リジー、ステップ間違えてる。もう一度!」
「はい、王子殿下もその動きは少し違います。こうです!こう!」
先生の激しい檄が体育館中に響く。
「はい、もう一度、やり直し!」
「はい、今のところ、もう一度やりましょう」
何度も何度もローランとジルバを踊る。習ったばかりの動きを間違えないように注意しながら、必死で踊った。
「はい、今日の練習はこれで終わりです。お疲れ様でした」
先生の言葉を合図に、私とローランは2人同時に床へ座り込む。息が上がっていて、2人とも話すことはできない。
先生から水を渡され、喉を潤し、ようやく生き返った。
ありがとうございました。