5.失踪事件
久々の休日は、イザベルがお茶会を開いてくれたことで、同期3人の友情も深まったし、王宮の様子や女官ライフも分かったし、とても有意義に過ごせた。
中でも一番盛り上がったのは、王子様たちをはじめ、王宮にたくさんいらっしゃるイケメンたちの話だ。
私は結婚はそれほど興味がないけど、王宮に多くのイケメンがいるという話には心が惹かれた。
あまりにもたくさんのイケメンの名前が次から次へと上がったので、記憶力に難ある私には覚えきれなかったが、目の保養のためにも、女官のうちに是非一度お会いしてみたいと思う。
◇◇◇
翌日、予定通り女官教育が再開された。1週間たって、私もだいぶ慣れてきたように思う。
髪のお手入れやお肌のお手入れの授業を受けた後、いつものように王妃の衛兵の間の掃除をしていると、急に衛兵たちがバタバタしだした。
近くにいた衛兵に
「何かあったのですか?」と尋ねたが、
「見習いには関係がないことだ」と冷たくあしらわれてしまった。
仕方がないので聞き耳をたてていると、どうやら、まだ6歳の第7王女殿下の行方が分からないらしい。
王宮に第7王女殿下の肖像画が飾られているので、もちろんお顔は知っている。まだ一度も直接お会いしたことはないが、会えばきっと分かるはずだ。
「ねぇ、私たちも王女殿下を探す協力をしてみたいと思わない?」
イザベルが小声で話しかけてきた。
「そうね、少しだけ。やっぱり気になるもんね」
「このまま黙って帰るわけにはいかないわよ」
昨日のお茶会ですっかり打ち解けた私たちは、掃除を続けながら3人でヒソヒソと相談した。
王妃の衛兵の間の掃除を終え、バルドー女官長に報告する。
「女官長、掃除が終わりましたので、チェックをお願いします」
「わかりました。少しお待ちなさい」
女官長が慣れた様子で部屋の隅々を確認する。
「いいでしょう。本日はこれで終了です」
女官長からオッケーがでたので、先ほどの3人での打ち合わせどおり、私が言いにくそうに言う。
「あの、バルドー女官長。この後なんですが、少しだけ王宮内を見て回ってもよろしいでしょうか。あの、私、王宮の中を覚えましたが、まだ不安でして。。。実際に歩いて回って確認したいのです。もちろん余計なことやご迷惑をかけることはいたしません。立ち入ってはならないところは立ち入りません。ただ、私1人だと、お部屋の名前が確認できないので、イザベルとステイシーにも一緒に同行してもらおうと思っています」
「…」
女官長は、黙っている。
おそらく第7王女殿下の行方がまだ見つかっていないことが気になるのだろう。
でもーーー。
「いいですよ。ただし、3人で少し廊下を歩き回るだけですからね。…そうですね。30分くらいならいいでしょう。それ以上はダメです。わかりましたか?終わったら馬の目部屋にいらっしゃい」
と結局、少しの間なら見て回ってもよいと許可を出してくれた。
バルドー女官長は、本当は私たちに王宮内をウロウロ歩き回られるのは嫌だったはずだ。なぜなら、今、第7王女殿下が失踪しているから。そんなややこしいときにウロウロするな、と言いたかったはずだ。でも、第7王女殿下の失踪は重要機密であり、私たち見習い女官に伝えるわけにはいかない。
それで考えた結果、普段通りの対応をしてくれたと思う。
ありがとう、女官長。
私は、前世からずっと言いたいことが言えない性格だったが、その分、人の感情の機微には人一倍敏感になっている。相手が口に出して言わなくても、だいたい何を考えているのか分かってしまうのだ。空気を読むことが誰よりもできる。
だから女官長の葛藤も手に取るように分かってしまった。
今までは、そんな女官長の気持ちを慮って、まっすぐ屋敷に帰っていたところだが、自分に素直に生きることを目標に過ごしている第二の人生では我慢しない。
女官長ごめんなさい。ちょっと見て回るだけですから。
私たちは女官長に礼を告げ、王妃の衛兵の間を出て、長い廊下を歩き出した。
「うまくいったわね」
周囲に聞かれないようにヒソヒソ声で話しながら、でも背筋は伸ばして堂々と、3人で廊下を歩く。
「でも、第7王女殿下のことって知ってる?」
「確かお名前は、エミリー殿下。金髪で髪の長さは肩の下くらいよね?」
「そうそう、側妃のヴィオラ様のお子様で、ヴィオラ様は外国の方だから、エミリー殿下のお顔も異国風だったはず。でも大きな丸い瞳がくりくりで、とてもかわいらしい方だわ」
お互いのもつ情報を共有する。
まぁ、こうやって廊下を歩いているだけで見つけられるくらいなら、とっくに衛兵たちが見つけているとは思うのだが。一応、何があるか分からないし。
何度か廊下を曲がり、「ラトナの間」と呼ばれる部屋の前の柱の陰に、黒猫がいるのを見つけた。
「猫?!」
王宮内に猫が入り込めるものなのだろうか。
私たちはまだ王宮のことはよく知らないが、それでも王宮内に猫がいるという話はきいたことがない。
「黒猫なのは、ちょっと気味が悪くない?」
イザベルとステイシーは及び腰だ。確かに、この国では黒猫というのは呪いの猫と信じられているが、前世の記憶もちの私には平気だ。
黒猫をじっと見つめる。柱の陰でおびえているように見えるし、なんだか泣いているようにも見える。あれ?私、他人の感情の機微に敏感だとは思っていたけど、猫の感情まで分かるようになったのかな?
まさか、そんなはずはないけど、でも気になるので猫から目が離せない。
イザベルとステイシーは「そんな猫は放っておいて、先に進みましょう。衛兵が何とかするから」と言って先に行こうとするが、私は猫から離れる気になれなかった。
「猫ちゃん、おいで」
腰を屈めて猫に手を伸ばし、黒猫の頭を優しく撫でる。黒猫は私に撫でられるのを嫌がることなく、その場にじっとして身を任せてくれる。
「猫ちゃん、泣いてるの?辛い目に遭ったりした?もう大丈夫だよ」
そう言いながら、何度も何度も頭を撫でる。
すると、突然、ボンという音がして、目の前の黒猫がかわいい女の子の姿に変わった。
「え?」
「・・・エミリー殿下?!」
いったい何が起こったの?
ありがとうございました。