49.食堂3
うわあ、これ以上、この2人の令嬢の話を聞くのは辛い。どうせ、私のことは最初から無視されているのだ。後はローランと3人で話してほしい。
私は盛り上がっている令嬢たちに聞こえないように、小声でローランに話しかけた。
「ローラン、私は先に部屋に戻るね。あとは3人で話してて」
そう言って立ち上がると、「ダメだよ」とローランに腕を掴まれた。
令嬢2人にもジロリと睨まれ、仕方なくもう一度席につく。
ああ、針のむしろだ……。
確かに、2人の言うとおり、何一つ勝てる要素なんてない。
でも、こうやって何事もないような顔をして、この席に座っていられるのは、私が前世で元アラフォーだったからだ。
普通の15歳なら、もうとっくに泣き叫んでいる。
ローランは、そういうことを分かっているのだろうか。
お願いだから、この場から解放してほしい。
私は、ただ早くこの嵐が過ぎ去らないかな、とだけ考え、ひたすらじっと耐えていた。
「お国のためとはいえ、身分も低く、容姿も知識も相応しくない女と婚約させられて、ローラン王子殿下がお労しい」
赤だか黄だか、どちらかの令嬢がそう言ったとき、それまでは無表情だったローランの顔が険しくなった。
「どれだけ私の婚約者を侮辱すれば気が済むのだ! アレクシアは今日帰国したばかりだし、私の幼馴染だと思ったから我慢していたが、もう我慢できない!」
ローランはそう言うと、テーブルを両手でバンと叩いて、立ち上がった。
バンという音の迫力に気圧されて、それまでキャンキャン騒いでいた2人の令嬢が黙り込む。
2人を見下ろしながら、ローランは強い口調で続けた。
「この際だからはっきり言っておく。この婚約は、私が自ら望んで国王陛下にお願いしたものだ。誰かの指図で与えられたものではない。だから、婚約破棄などあり得ない!」
それを聞いた赤いドレスが、声を震わせながら言った。
「そ、そう言うことでしたら、その方との婚約を継続されても私は一向に構いません。……ただ、私との婚約の日取りについて、早めに相談したいだけですので……」
うん?どういうことだろ?
赤いドレスの言った意味が分からなくて、赤いドレスの顔を思わず見てしまった。
赤いドレスの方は、私に見られていることなど気づいていないようだ。
ローランは、赤いドレスに対し、先ほどとは打って変わって優しく諭すように言った。
「あぁ、アレクシアには話していなかったか。私は、一夫多妻の権利は放棄しているんだよ。妻は一人しか娶らないから、これ以上婚約することもない」
その言葉を聞いて、赤いドレスはキョトンとしていた。
ローランの話した意味が分からないようだ。
「え?……私たちは幼い頃からずっと、将来を約束していたではありませんか?」
「アレクシアがいつもそのような話をしていたのは知っているが、私はそんな約束をした覚えはない! これ以上、私の婚約者に誤解されたくないから、金輪際、私に会いに来ないでほしい。話はこれで終わりでいいか?そろそろ私は行かなくてはならない。それでは失礼する」
ローランは令嬢たちの返事を確認することもなく、私を立ち上がらせた。そして、私の手を取ると、令嬢たちの顔も見ずにスタスタと歩き出す。
私は2人の令嬢の前を通る時に頭を下げたが、ローランに強い力で引っ張られ、よろけてしまった。
なんとか転ばずに食堂を出て後ろを振り返ると、食堂ではまだ令嬢2人が呆然と立ち尽くしている。
ローランは食堂の入り口の前に立つ衛兵2名に声をかけた。
「誰の許可で、あの令嬢2名を食堂に入れた? 私の婚約者を長時間にわたり侮辱され、もう我慢ができない。この後すぐに王宮から追い出すように! そして、もう二度と王宮に立ち入れないようにして欲しい!」
それを聞いて、慌ててローランを止める。
「ちょっと、ローラン!私が悪者になっちゃうから。別に追い出さなくてもいいじゃない?」
「いや、ダメだ。さぁ、すぐに追い出してきて」
ローランの命を受け、衛兵たちは令嬢の元へと走っていった。
それを見届け、ローランは私に言った。
「後は衛兵たちに任せて、僕たちは戻ろう!」
私の手を固く握り、またスタスタと廊下を歩く。
ローランは怒っている。
だけど、私だって、先に部屋に帰してくれなかったことをちょっと怒ってるんだけどな……。
でも、ローランが怒っていたおかげで、手を繋いで廊下を歩いても恥ずかしくなかったのはよかった。
私が何やら怒られているんだろう、と廊下ですれ違った衛兵や女官たちに気を遣われた気はするが。
そんなことを考えていると、すぐに私の部屋についた。
部屋に着いた途端、ローランが言った。
「僕はエリック兄さんのところに行ってくるけど、リジーは部屋から出ちゃダメだし、誰か来ても入れちゃダメ」
それから、すぐにローランは出て行った。
ローランの姿が見えなくなって、ようやく重い肩の荷が降りた気がした。
「はぁーーー」
私は深い溜め息を吐いて、ソファに座る。
その様子を見て、イザベルが言った。
「リジー、大変だったんでしょ。聞いたわよー」
私はイザベルの言葉に驚いて、顔を上げる。
「え?もう知ってるの?」
ステイシーが続ける。
「知ってるも何も、女官たちの間ですごい噂になったよ!食堂が修羅場だって!」
わお、早い!女官たちの情報網はやはり侮れない!
シモーヌが私にお茶を用意しながら言った。
「さ、リジーはこれを飲んで。疲れたでしょ?甘いお菓子も用意するね」
「ありがとう!いただきます」
お茶を一口飲んだだけで、身体が一気に休まった。
それで、さっきから疑問だったことをシモーヌに聞いてみた。
「ねぇ、シモーヌ。赤いドレスはアレクシア様だと分かったんだけど、一緒にいた黄色いドレスの令嬢のこと、知ってる?」
シモーヌは即答する。
「アレクシア様と一緒にいたのなら、それはきっと、侯爵令嬢のデボラ様だわ。いつもあの2人は一緒だもの!」
ふぅん。黄色いドレスも侯爵令嬢なんだ。
イザベルが言った。
「ねぇ、リジー。実際のところ、どうだったの?2人に何か言われたの?」
ありがとうございました。