48.食堂2
「それなら、後で妃教育のスケジュールを見せてくれる?」
ローランは優雅にチキンを切り分け、口へ運ぶ。
さすが王族だ。
食べる所作が美しい。
いつまでも見ていられる。
しかも、食事中、全く音を立てない。
本当に素晴らしい。
私はすっかりチキンを食べ終えてしまい、手持ち無沙汰になったので、うっとりとローランを見つめていた。
すると、ローランがこちらを見て、その美しい顔を顰めた。
「リジー、聞いてる?後で妃教育のスケジュールを見せてほしいって言ってるんだけど……」
ああ、そんなことを言われていたかも……。
目の前の水に口をつけ、ぼうっとしていた頭を切り替える。
「うん、わかった。部屋に帰ったら見せるね」
ローランは私の言葉に納得したようで、また優雅にチキンを食べ出した。
また、うっとりとしていると、静かだった食堂がいきなりざわざわし出す。
騒ぎの中心にいたのは、美しいドレスで着飾った2人の令嬢だ。食堂の入り口で衛兵と押し問答している。
どうしたんだろう?とその様子を観察していると、やがて2人の令嬢は衛兵たちを突破し、私たちのテーブルへとまっしぐらに向かってきた。
1人は赤いドレスで、もう1人は黄色いドレスを着ている。
2人はローランの横までくると、まず、赤いドレスの令嬢が口を開いた。
「ローラン王子殿下!お食事中のところ恐れ入ります。ご無沙汰しております。お元気でしたか」
私も挨拶をしなきゃと思って2人の令嬢を見たが、私には一切目もくれずローランだけを見つめ、ローランだけに話しかけている。
2人には、私の存在は無いものとなっているようだ。
赤いドレスの令嬢が続ける。
「私は1年間の留学を終えて、本日帰国してまいりました。ローラン王子殿下のお顔を一目見たくて、不躾とは思いましたがこちらに来てしまいました」
次に、黄色いドレスの令嬢が赤いドレスをフォローするように言った。
「ローラン王子殿下がお食事中だと伺ったものですから、アレクシア様は後にしようと仰ったのですが、1年間も離れ離れになっていた許嫁と早くお会いになりたいかと思いまして、私が無理やりこちらへアレクシア様をお連れしました」
赤いドレスのほうが、アレクシア様か……。
目鼻立ちがはっきりした美人だし、何より胸が大きくスタイルがいい。
ローランと並んで歩くと似合いそうだ。
赤いドレスが言った。
「私が留学している間に、ローラン王子殿下が国王陛下の命によって婚約させられたと伺いました。ただ、ちょうど先ほどエリック王子殿下と偶然お会いして、帰国のご挨拶をさせていただいたところ、ローラン王子殿下の婚約については、無効となる予定だともお聞きしました」
黄色いドレスが続ける。
「これで、ローラン王子殿下は国王陛下の御褒美という面倒な役目から解放されますね!本日、アレクシア様が戻られましたし、このままご婚約の手続きを進めてはいかがでしょうか」
そして、赤いドレスと黄色いドレスが2人で「よかったですわ」と言い合っている。
ローランはその間、一言も口を開かず、静かにチキンを食べ終え、水を一口、口に含んだ後、ナプキンで口元を拭った。
相変わらずの流れるような美しい所作は、本当に惚れ惚れする。
あれ?
よく考えると、さっきまで普通に話していたローランが、2人の令嬢が来てから、まったく何も話さなくなった。
ただ黙っている。
ローランが何も言わないので、最初は勢いがあった令嬢たちも徐々に口数が少なくなった。
同じような話をしばらく繰り返した後は、「ローラン王子殿下」と何度も呼びかけるだけになっている。
私も黙って事の成り行きを見ていたが、そろそろ沈黙に耐えきれなくなって何か話した方がいいのかな、と思い出した。
すると、ローランが令嬢たちのほうを向き、おもむろに口を開いた。
「貴女たちの話は、それで終わりですか?」
それを聞いて黄色いドレスが言う。
「ですから、今からアレクシア様とご婚約の手続きを……」
ローランは黄色いドレスの言葉を遮り、赤いドレスに向かって言った。
「アレクシア。1年間の留学、お疲れ様。無事に帰国できてよかった。留学ではよい勉強ができましたか?」
その言葉を聞いた赤いドレスのアレクシア様は、頬を紅潮させた。
一瞬で女の顔になる。
「ローラン王子殿下、ありがとうございます。はい、とてもよい勉強ができました」
それを聞いて、ローランは大きくひとつ頷いた。
「そう、それはよかった。ぜひ、その経験をこの国のために役立ててください」
赤いドレスは一心にローランを見つめ、瞳をうるうるさせながら今にも消え入りそうな声で「はい」と言った。
あぁ、赤いドレスのアレクシア様は、ローランのことが大好きなんだな。
私はそう思ったが、不思議と嫉妬心が起きなかった。
薔薇園では話を聞いただけで物凄く嫉妬したのに、今こうやって目の前にして、嫉妬しない自分が不思議でならない。
実際のアレクシア様は、自分が想像していたよりも美しくてスタイルもよかったというのに。
ローランは、2人の令嬢に言った。
「話がそれだけであれば、もう帰ってくれるかな?僕は、この後も用事があるから。そして、次からはきちんとアポイントを取ってほしい。貴女たちの父親にも以前から、そのように通告しているんだけどね。今日はいいけど、次からはアポイントがなければ話はしない」
そこまで言うと、2人の令嬢から背を向けた。
その態度を見て、赤いドレスと黄色いドレスが口々に言う。
「ローラン王子殿下、どうなさってしまわれたのですか。許嫁が1年振りに帰国したというのに。まさか、その女に何か言われたのですか?」
「そんな女の言うことを気にする必要はありません。ローラン王子殿下は、アレクシア様一筋だったではありませんか」
「国王陛下の御褒美という役目は十分果たされました。ローラン王子殿下が慈悲深い方だということは存じておりますが、もう十分です。さぁ、その女なんて放って、私と婚約いたしましょう」
「そうです。聞けば、その婚約者というのは子爵令嬢で、容姿も教育水準も何もかもアレクシア様のほうが勝っていますわ。何一つアレクシア様に勝てない令嬢をこれ以上相手にする必要はございません」
ありがとうございました。