46.呪い2
コンコン。
魔導士様の部屋を誰かがノックした。
そして、静かに扉が開く。
「エリックだ、入るぞ」
声と同時に、エリック様が現れた。
ローランはエリック様を見るとすぐ、私の腕を取ってローランの背後に私を隠した。
エリック様はその一部始終を微笑みながら見守る。
「ローランとリジーもいたのか。よく会うなー」
そう言いながら、エリック様はローランの肩に手を置いた。
「何の用だよ?エリック兄さん」
ローランは鋭い目つきで、エリック様を睨んでいる。
「大丈夫だよ、ローラン。今日はアルフレッドに用事があっただけだから。すぐに帰るよ」
エリック様はそう言うと、魔導士様を連れて部屋の奥へ移動し、2人だけで何やらヒソヒソと話した。
こちらには2人の話し声は一切聞こえない。
しばらく2人で話した後、エリック様がこちらを向いた。
「ローラン、リジー、それじゃ僕はこれで失礼するよ。リジー、またね」
「あ、待ってください。エリック様!」
私は部屋を出ようとするエリック様を止めた。
そして、ローランに確認する。
「ねぇ、ローラン。さっきローランにやったのと同じことをエリック様にも試していい?」
ローランは、渋々「いいよ」と言ってくれた。
私はもう一度エリック様に向き合う。
「エリック様、魔女の呪いの刻印が薄くなるかもしれない実験にご協力いただけますか?」
私の言葉を聞いて、エリック様の美しい顔から笑顔が消えた。そして、神妙にこくりと頷く。
私は、エリック様をソファに座らせた。
「それでは、刻印を見せていただけますか?」
エリック様がシャツのボタンを外すと、胸の真ん中の魔女の呪いの刻印が目の前に現れる。
「!!」
エリック様の刻印は、ローランのものより一回り大きく、色も濃くハッキリしていた。
前に見た時はエリック様が病気のときに不意に見てしまったため、ローランの刻印との違いが分からなかった。
今はローランの刻印を見たばかりなので、その違いがよく分かる。
一回り大きく色が濃いエリック様の刻印のほうが痛みが大きいのかもしれない……。
私はポケットから薔薇の花びらを取り出し右手の手のひらにのせると、呼吸を整えて、その手でエリック様の刻印に触れた。
「魔女の呪いなんて、消えて無くなってしまえ」と強く念じながら。
すると、先ほどと同じく、刻印に触れている右手が水色の光に包まれた。
光は手のひらから出ているようだ。
何かが焦げたような匂いを感じ、そっと右手を離す。
掌の薔薇の花びらは、まるでポプリになってしまったかのように水分を失いカサカサになっていた。
エリック様の胸の刻印に目をやる。
私が手を当てる前と比べ全体的に刻印の色が薄まり、その一部が消えて無くなっていた。
消えたのは、ローランの時と同じく6分の1くらいだ。
「うわ、凄い!!リジー、凄いよ!」
エリック様も自分の胸の刻印を見て、ローランと同じように喜んでくれた。
さすが兄弟、反応が似ている、と思わず笑ってしまう。
すると、突然、頭がぐるんぐるんと回転する感じがした。
あ、この感覚……。これは、アレだ。まずい……。
私は最後の気力を振り絞って、ローランに言った。
「ローラン……私、魔力切れを起こしたみたい……」
そして、そのまま、意識を失った。
◇◇◇
目を覚ますと、ソファの上だった。
ローランが心配そうに私の顔を覗き込んでいるのが見えた。
「リジー、目が覚めた? 大丈夫?」
私が起き上がろうとすると、ローランが気遣わしげに私の身体を支えてくれる。
そのままローランが私の隣りに座り、私の背中をローランの肩に預けさせた。
私はローランの方にくるりと向き直って言った。
「うん、もう大丈夫。ごめんね。心配かけて」
そして、部屋の中をぐるりと見回す。
ここは、魔導士様の部屋だ。
意識を失った後、私はそのまま魔導士様の部屋のソファで寝ていたようだ。
私がひとり納得していると、ローランはそんな私の様子から目を離すことなく、しきりに私の頭を撫でている。
私はローランのしたいようにさせた。
「今は何時?」
「午後6時を過ぎた頃かな。リジーは3時間くらい寝ていたよ」
そうなんだ。今回は3時間。
魔力切れを起こしても、倒れてから目が覚めるまでの時間が短くなった気がする。
「さぁ、これを飲むといい。体力が回復するはずだから」
魔導士様がお茶を淹れてくれた。
弟子のロジェがぶっきらぼうな態度でお茶をテーブルにドンと置く。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「なんで笑うんだよ!」
ロジェが私に突っかかって来る。相変わらず、ロジェは私をライバル視している。
「ごめんごめん。ロジェ、ありがとう」
そう言って、目の前に置かれたお茶を見た。
何これ、本当にお茶?
目の前のお茶だという飲み物は、濃い焦げ茶色をしたドロドロの液体だった。この国で、こんな飲み物を見たことがない。
え?これを飲むの?
匂ってみると、鼻にくる独特の臭さがあり、顔を顰めながら慌てて鼻をつまんだ。
「臭いっ!」
思わず、このお茶を淹れた魔導士様の方を見ると、じっと私の様子を観察していた魔導士様と目が合った。
ああ、これは飲むかどうか、私を試されているのかも?!
そう思ったので、目を瞑り鼻をつまみながら、一気にお茶を飲んだ。
そして、なんとかお茶を飲み干して「私は生まれ変わった人間だから、これくらいのお茶を飲むことなんて余裕なんだからね」と心の中で魔導士様に反撃していた。
でも、しっかりと飲み干したはずなのに、まだ漢方薬のような癖のある苦味が口に残っている。
負けたようで悔しいが、口の中の苦味をとりたくて魔導士様にお願いした。
「うーん……苦い……魔導士様、お水をください」
魔導士様から水をもらい、ようやく口の中の不快感が消えたところで「おや?」と引っかかった。
この国には西洋ハーブの種類は結構あるが、漢方薬に使うような東洋系の植物は生息していなかったはずだ。この味はいったいどこから来たものなのだろう。
しかも、身体のだるさがスッキリしている。
「魔導士様、このお茶は即効性がすごいですね。これは何というお茶なんですか?」
「うちの庭で特別に栽培している薬草をブレンドして作ったものだ」
ありがとうございました。