43.薔薇園5
「リジー、僕を信じてくれてありがとう。……エリック兄さん、僕たちが婚約破棄することはあり得ません。アレクシアのことは、きちんと僕からリジーに説明します。エリック兄さんはリジーじゃなく、他の女性を当たってください」
ローランが毅然とした態度で話した。
エリック様は、それでもまだ微笑みを浮かべている。
「ローラン、今日のところはいったん引き下がるよ。だけど、知っての通り、僕のほうが先に魔女の呪いの期限がくる。それを防ぐにはリジーの力が必要なんだ。だから、リジーを譲ってほしい。いや、近いうちにローランが僕にリジーを譲るときがくるよ。だって、リジーは僕の婚約者になる運命なんだから」
そこまで言うと、エリック様は私の方を向いた。
「リジー、また迎えに行くね。次は、二人きりで、もう少し長く話そう」
そして、エリック様は小屋から出ていった。
私とローランは小屋の窓からエリック様を見送る。
騎士を連れ、馬を駆る姿が見えなくなると、二人同時に「はぁー」と大きく溜息を吐いた。
思わず二人で顔を見合わせる。
「まさかエリック兄さんが、リジーを誘拐するなんて思わなかったよ」
ローランがどかっとソファに腰を下ろしながら言った。
「別に誘拐というわけじゃないでしょ? ここは王家の薔薇園なんだし」
私はローランの隣りに座る。
ローランは私の腰を引き寄せ、ピタッとくっついた。
「誘拐だよ!だって凄いバリア張ってたんだから。あんなの入ってこれないよ! エリック兄さん、いつの間にあんな魔法を使えるようになったんだ」
へ?入ってこれないってローラン言ったけど、ローラン来たよね?
ローランの言っている意味が分からない。
「ん?ローラン、そのバリアを破ってここに来たでしょ?」
「あぁ、あれはね、リジーが僕に会いたいって思ってくれたから、バリアを破れたんだ!」
「どういうこと?」
ローランは私を膝の上に乗せ、左手同志を重ねて見せた。
「僕たちの婚約指輪で、お互いの居場所が分かるって前に説明したよね? この指輪に念じれば、相手がいるところに瞬間移動することができるんだ」
「え?すごい!!」
この婚約指輪に念じたら、いつでもローランの居る場所に瞬間で移動できるってこと?
思わず婚約指輪をまじまじと見つめる。
「うん、それがね。昨日はエリック兄さんが強力なバリアを張っていたせいで、移動できなかったんだよ。何回も挑戦したんだけど、バリアに阻まれてしまって無理だった……。バリアの場所までは移動するんだけど、そこから元の場所に跳ね返されてしまうんだ」
へぇ…… そうだったんだ……。
ローランは静かに重ねていた左手を外し、背後から私をぎゅっと抱き締めた。
「だけど、何回か諦めずに挑戦し続けていたら、突然バリアを通過して、リジーのところに来られたんだ! 多分それは、僕が念じたのと同時に、リジーも僕に会いたいと思ってくれたからだと思う」
あぁ。全然エリック様に話が通じなくて、ローランに会いたいと思った時かも。
「うん。確かに、私もローランに会いたいと思ったよ」
でも、そういうことなら、もっと早くローランに会いたいと思えばよかった。
あのときは、目の前のエリック様にどう対処しようかと、そちらに集中しすぎてしまって、ローランのことを考えるのが遅くなってしまった……。
ローランには少し悪いことをしたな。
私はローランの両腕に、手をそっと重ねる。
見た目は細いけれど筋肉質の鍛えられた腕は、私のお気に入りだ。
大好きな腕の感触を堪能していると、ローランは私の背中に顔をうずめて、言いにくそうに話し出した。
「ねぇ、リジー。あと、アレクシアのことだけど……」
きたー。避けて通れない話題だけど、あまり気分がいいものではない。
今回のことで、私が結構嫉妬深いということを自覚したばかりだ。
ローランが私の背後にいて、この歪んだ顔を見られずに済んでいることだけが救いだ。
「嫌な話を聞かせちゃってごめんね。……アレクシアとはこの1年会ってないんだ。エリック兄さんの言っていたとおり、小さい頃からの幼馴染で、周囲からは仲がいいと思われていたみたいなんだけど、僕は婚約する気はなかったよ。ただ仲のいい友人の一人なんだ。それだけなんだよ」
私はただ頷くのが精一杯だった。
声は出ない。
「リジーが嫌なら、もう二度とアレクシアには会わない。約束するよ。僕にはリジーしかいないんだから……」
少し冷静になって考えてみた。
アレクシア嬢がローランのことを好きだとすると、ずっと仲良くしていたのに、突然現れた子爵令嬢がローランと婚約したなんて、飼い犬に手を噛まれた気分だろう。私のことを相当恨んでいるに違いない。
アレクシア嬢は侯爵令嬢だと聞いているし、私より身分も知識も上回っている。実際にお会いしたことはないが、おそらく容姿だって上回っているのだろう。
確かにこうなってくると、ローランと婚約してアレクシア嬢に恨まれて過ごすより、そんな相手が誰もいないと言うエリック様と婚約するほうがいいような気もしてくる。
私は改めてローランの気持ちを確認する。
「ローラン、どうしてアレクシア様との婚約を考えなかったの?」
「僕とアレクシアは、ただの幼馴染だと言っただろう? 僕たちは仲のいい友人で、婚約は考えたことが無かった。父上が決めてくる別の女性と婚約するものだとずっと思っていたよ」
「そうなの? でも、アレクシア様はローランのことが好きだったのでしょう? ほら、キスしたとか言ってたじゃない?」
「ああ……」
ローランは黙ってしまった。
いろいろと思い当たる節があるのかもしれない。
しばらくの沈黙の後、ローランがポツポツと話し出した。
「アレクシアとのことは、これからもいろいろとリジーが言われてしまうかもしれない……。アレクシアはとても大勢の人に『僕とは許嫁だ』と言いふらしていたようだし、確かに人前でキスされたこともあった……」
「……」
「でも、僕がリジーを守るから。リジーが誹謗中傷なんてされないようにする。もうリジー以外の人と婚約するなんて考えられないんだ。リジーが僕の側からいなくなるなんて絶対に嫌だ。お願いだから、リジー。エリック兄さんと婚約するなんて言わないで」
ありがとうございました。