42.薔薇園4
「あれは……事故だよ! 向こうが突然、大勢の人前で仕掛けてきたんだ。僕の意思なんて無視して!!本当だよ!リジー!事故なんだ!!」
ローランは激しく狼狽している。
私はその様子を見ながら、どんどん冷静になった。
ローランと繋いでいた手を離し、少し距離を取る。
たぶん、これは嫉妬だ。
ローランは美形の王子様だから、女性にモテモテなのは当たり前だ。
いろんなことがあっただろう。
そんなことは頭では分かっている。
……分かっているけど、聞きたくなかった。
胸の奥のモヤモヤが広がっていく。
エリック様は、そんな私の変化を見逃さなかった。
私の手を取り、優しく話し掛ける。
「リジー、僕にはそのような女性はいない。だから、安心して僕と一緒にいればいい。僕はリジーに辛い思いなんてさせないよ。まだ今日は頭が混乱しているだろう。また明日ゆっくり話そう」
そう言って、私を奥のベッドルームに連れて行く。
「リジーはここで休むといい。今日は疲れただろう。夜も遅いからね。おやすみ」
そこへ、ローランが遅れてやってきた。
「リジー、寝るの?」
ローランが私の髪を撫でる。
「うん、疲れたから、もう寝たい」
私はローランと目を合わさないように、ベッドに潜り込んだ。
今の私はダメだ。
口を開くと、ローランのことを責めそうになってしまう。
そんなことは過去のことだし、今のローランは私を婚約者として迎えてくれている。
だから、気にする事ではない。
そう理解しているつもりなのに、ローランの顔を見ると全然違うことを言いそうになる。
心にもないことを言って後悔するのは嫌だ。
こんなときは寝るに限る。
ぎゅっと目を瞑る。
なぜか涙が勝手に流れる。
この涙の意味を私は知らない。
なんで私、泣いているんだろう。
いつの間にか、そのまま眠りに落ちていた。
◇◇◇
翌朝、目を覚ますとベッドルームには私ひとりだった。
昨日はドレスのまま眠ったので、素敵なドレスが皺だらけだ。
これは早く着替えたい。
とりあえずベッドルームから出て、何気なく隣りの部屋を覗いた。
隣りの部屋も同じようにベッドが2台置かれていて、そこにエリック様とローランが寝ているのが見えた。
音を立てないように静かにドアを閉めたはずだが、ローランが私に気づいた。
エリック様を起こさないよう、そっとこちらにやって来る。
私たちは部屋から出て、廊下で話した。
「リジー、おはよう。昨日はよく寝れた?」
「ローラン、おはよう。うん、寝られたよ。……私、着替えたいんだけど、どうしたらいいんだろう」
「ああ、それならね……」
ローランが何かを言いかけたところで、玄関の扉が開いた。
「誰だろう?」
急いで玄関を見に行くと、シモーヌ、イザベル、ステイシーが立っていた。
3人はたくさんの荷物を抱えている。
「え?!ありがとう!来てくれて、すごく助かる!……でも、どうして?」
私がビックリしていると、イザベルが言った。
「昨日、エリック王子殿下と薔薇園に行くと言ったきり、リジーが帰ってこなかったでしょ? 夜になって、ローラン王子殿下も薔薇園に行くとおっしゃって、その時にローラン王子殿下から『朝になっても帰ってこなかったら、リジーの着替えを持って来てほしい』と頼まれていたのよ」
「そうだったんだ」
さすがローラン。やはり抜かりない。
「ローラン、ありがとう」
私はローランの目を見て、お礼を言った。
一晩寝たことで、昨日のローランに対するわだかまりは霧散していた。
「リジー、じゃあこちらで着替えましょう」
シモーヌは何度もこの小屋に来ているらしく、化粧台がある部屋へと案内してくれる。
部屋に入ると、3人の見事な連携で、汗臭かったドレスをあっという間に着替えさせてくれた。
オイルクレンジングで昨日のメイクを落とし、温かいタオルをしばらく顔にあてると、それだけで生まれ変わった気分だ。顔のむくみがスッキリしただけでなく、心までリフレッシュした。
保湿をした後に、改めて今日のメイクをする。これで昨日の嫌な自分とはサヨナラできた気がした。
さらに気分を上げるため、今日の髪型は、薔薇の小花を散りばめた華やかな編みおろしにしてもらった。
もう何も怖くない。
私の婚約者はローランしかいない。
アレクシア嬢だってどんとこい、という気分になっていた。
準備ができたので、応接室に移動する。
既に、ローランとエリック様がソファでくつろいでいた。
「リジー、おはよう。今日も綺麗だね」
エリック様が笑顔で声をかけてくれる。
「エリック様、おはようございます」
私も晴れ晴れとした笑顔で挨拶をした。
ローランが私に声をかける。
「リジー、今日の妃教育なんだけど、今日も休みにしてもらうよう、先ほど宰相に連絡をしておいたから、もう少しここに居よう」
「え?!ローラン!私、そんなに休んで大丈夫かな?今からすぐ戻れば、十分間に合うよ?」
さすがに今日も妃教育を休むのはまずい。3日連続で休みになってしまう。
「大丈夫だよ。もう宰相とは話したし。それに、今日はリジーと離れたくないから。誰に何と言われたって、今日はずっとリジーの側にいる」
ローランが私の背後から抱きついてきた。
それを見て、イザベルたちが興奮している。
ローラン、お願いだからイザベルたちの前では止めてほしい。恥ずかしすぎる。
私はイザベルたちに言った。
「先に戻っててくれる? 私も戻るけど、もう少しここにいるわ。後でこちらに馬車だけ用意してほしい」
イザベルはにっこりと微笑んで返事した。
「わかりました。お茶だけ淹れたら、先に戻りますね」
それから、イザベルたちが小屋を出ていくのを見送った後、私はエリック様に向き合った。
「エリック様、昨日の私はどうかしていました。確かにローランには他に女性がいるかもしれませんが、それでも今は私が婚約者です。ローランとしっかり話し合って、ローランと一生添い遂げたいと思っています。だから、エリック様との婚約はできません」
エリック様は笑顔のままで言った。
「リジー、僕は君を決して諦めないよ。そのうちに僕のほうがいいと言わせてみせるからね」
ありがとうございました。