40.薔薇園2
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キッチンに行くと、薔薇のいい香りが広がっていた。
エリック様がお湯を沸かしていたので、私はティーポットに茶葉を入れ、ティーカップの準備をした。
お湯をティーポットにいれた後、2人で先ほどのソファに戻り、並んで座る。
お茶をカップに注ぐと、小さな薔薇の花が浮かんだ。薔薇の花が入ったお茶だ。
「可愛い!」
ティーカップから薔薇のいい香りが部屋中に広がり、なんともいえない幸福感に包まれた。
「それで、リジーはローランとの婚約を破棄して、僕と婚約してくれるの?」
「……ぶっ!」
隣りのエリック様のことも忘れ、すっかり薔薇のお茶に魅了されていたが、不意に話しかけられて口の中のお茶を吹き出しそうになった。慌てて口を押さえる。
「大丈夫?」
エリック様は目を丸くしている。
「だ、大丈夫です。……失礼しました」
素敵な部屋と美味しいお茶に、すっかり話の本題を忘れていた。
いけない、いけない。
私は気を取り直して、エリック様と向き合う。
「エリック様、勿体ないお言葉、恐れ多い事でございます。ですが、私はローランの婚約者です。ローランとの婚約破棄は考えておりませんし、時がくればローランと結婚して一生添い遂げたいと思っています」
正直に自分の気持ちを伝えた。
エリック様は黙っている。
何も話さないので、私も黙ってお茶を飲んだ。
しばらくの沈黙の後、エリック様が低い声で話し出した。
「このまま、ここで2人で暮らして既成事実を作ってしまえば、ローランとは婚約破棄するしかなくなり、僕との婚約が認められるさ」
そこまで言うと、エリック様が私の方を向いて口角を上げた。
既成事実を作る?
エリック様は何を言っているの?
ここは王家の薔薇園で、そのうち皆が迎えに来てくれる筈だ。
別に監禁されているわけでもないし。
そう不思議に思っていると、エリック様は私の考えが分かったのだろう。
美形の顔を歪めて、薄い笑みを浮かべながら続けた。
「この小屋の周囲には、僕の強力なバリアが張ってある。誰も入ることはできないよ。これで、リジーは僕のものだ」
「え!?バリア?」
バリアなんて張れるんだ。
私も魔法をもっと勉強したらバリアが張れるようになるのかな……。
でも、私とエリック様の行方が分からないなんてことになったら、皆に心配をかけてしまう。
ローランにも連絡を取りたいし、妃教育にも迷惑がかかる。
そのバリアは早く解いてもらいたい。
私はできるだけエリック様を刺激しないように、話し掛けた。
「エリック様は私のことが好きではないでしょう? だから、エリック様と私が婚約しなくても、私がローランの婚約者のままで、エリック様の呪いを解けばいいんじゃないのですか?」
何も婚約者を乗り換えるようなようなことをしなくても、今のままでエリック様を助けられればいいはずだ。
「王族の結婚は、政略結婚だ。好きも嫌いもない。それはローランだって同じだ。リジーとの結婚はハリス家への褒美として国王から与えられたものだ。国王からの褒美は、ローランだって僕だってどちらでもいいのだから、ローランから僕に替わったところで問題がない。リジーは僕と婚約すればいいんだよ。ローランとの婚約破棄については、僕が上手く進めるから。ね。リジー、婚約しよう」
私はローランと結婚すると誓ったし、今さら違う人と交換してと言われても「はい、そうですか」という訳にはいかない。
どういう風に説明したら、エリック様に私の気持ちを分かってもらえるのか、と考えていると、エリック様が私の右手を取り、手の甲にキスをした。
え?!
思わずキスされた右手の甲をじっと見る。
なんだろう?今のキスは……。
右手の甲が、じんじんと熱い。
こちらを動揺させる作戦なのかな?
もしそうだとしたら……成功している。
急に心臓がバクバクしだした。
私って美形だったら、誰でもいいの?
いや、そんなはずはない、と思いたい。
ひとり自問自答を繰り返しているうちに、少し気持ちが落ち着いたので、私はエリック様に宣言した。
「私と婚約しなくても、エリック様の呪いを解けるように頑張ります」
「それは無理だ。僕と婚約しないと呪いは解けない」
エリック様が即座に否定する。
「それはどうしてですか?」
「王家の占い師がそう言ったからだ。僕の呪いを解くことができるのは、僕の婚約者だと。そして、それはリジー以外にはいない」
へ!?占い師?
また、はた迷惑な占い師がいたものだ……。
そいつのせいかー。そいつのせいで、エリック様は私と婚約しないといけない、と思い込んでしまったのか……。
困ったな……。
「あの……。その占い師の方は、エリック様の婚約者が私だとおっしゃいましたか?」
念のため、恐る恐る尋ねる。
万が一、私の風貌に近い女性を占われてたりすると厄介だ。
「そうだな……。今からちょうど1年前、『僕の婚約者は来年現れる』と占い師が言った。さらに、その婚約者との最初の出会いで、僕が婚約者に助けられるのだ、と言ったんだ。つまり、今年僕を助けてくれた人が、僕の婚約者なんだ。そして、実際に昨日、僕はリジーに病気から助けてもらった。今だって呪いの刻印の痛みは消えていて、それもリジーが僕を助けてくれているおかげだ。だから、僕の婚約者はリジーで間違いない」
えー。王家の占い師って言ったって、インチキ占い師じゃないの?
そんなに全て信じて大丈夫なのかな?
それに、エリック様との最初の出会いは国王陛下との謁見の時だし、初めて直接話したのは婚約式のとき。
「あの……。エリック様との最初の出会いは、昨日ではなくもっと前なので、その占いを信じるとすれば、私じゃないと思いますが……」
「いや、リジーと2人でじっくり向き合ったのは昨日が初めてだから、昨日が最初の出会いでいいんだよ」
えー、そんな無茶苦茶な……。
昨日だって、横にローランいたし……。
でも、エリック様に何を言っても通じなさそうだ。
エリック様は本気で私と婚約しないといけないと思い込んでいる。
これはヤバいな。どうしよう……。
どうやってエリック様を説得したらいいのか分からず、私は途方に暮れてしまった。
ああ、早く自分の部屋に戻りたい。
ローランと会いたい。
ローラン、心配しているだろうな……。
ありがとうございました。