35.手当2
魔女の呪いの刻印……?
ローランは何も言わない。
その様子を見て、私もエリック様の部屋では余計なことは何も言わないようにする。
側には侍従たちもいるのだから。
私はエリック様に向き合い、その刻印の上に手を当てて、ラウル様、アラン様のときと同じように、強く念じる。
そして、ローランに「終わったよ」と告げて、2人で部屋を出た。
黙ったまま、私の部屋に戻る。
まずは、手洗い、うがいをする。ローランはよく分かっていなかったが、私が手洗いとうがいを教えた。
感染症対策の基本は、手洗いとうがいから。
使ったハンカチマスクは、処分した。
そして、ハーブティーを2人で飲む。
「これが、兄上たちが飲んだお薬の味か!もっと苦いものかと思ったが、意外と飲めるね」
ローランがカップの中をまじまじと眺めながら驚いていた。
私は、ローランに説明する。
「うん。これ実は、ハーブで作ったお茶なの。たまたま今日、王宮の農園に行って、ミック爺さんにハーブを分けてもらったから。普段は精油にしたり、お料理に使うけど、こうやってお茶にすることもできるんだよ」
そこまで話して、頭がフラフラすることに気づいた。
あ、これ、魔力切れを起こした時になるやつだ。
家で何回も魔法の練習を続けたときに、なったことがある。
でも、私には30回連続で魔法が使えるくらいの魔力量があるのに……。
今日、そんなに魔力を使ってたんだ。
何も起こらなかったから、気づかなかった。
頭の中がグルグル回る。
「ローラン……あの……私……」
ローランに説明しようとするが、身体の力が入らない。
ソファに体を預け、じっとする。
ローランが驚いた顔をして、私を抱きかかえようとする光景がぼんやり見えたところで……意識が途切れた。
◇◇◇
私が再び意識を取り戻したとき、ベッドの上にいた。いつの間にか、きちんと寝間着に着替えている。
「あ、リジー、起きた?おはよう!!」
ローランが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「おはよう。ローラン……!!!」
私はローランの距離がとても近いことに気づいた。
近いどころではない。
ローランは私のベッドで一緒に寝ていたようだ。
手もしっかりと繋がれている。
「リジーが突然倒れて、本当にびっくりしたよ。もうどうしようと思ったけど、リジーから寝息が聞こえたから、ベッドに連れてきたんだ。リジー、大丈夫?」
ローラン、顔が近い!近い!!
でも、とても心配してくれているのは分かるので、恥ずかしいけど、何も言わないことにする。
「ローラン、ありがとう。心配かけてごめんね。もう大丈夫。……ちょっと魔力切れを起こしたみたい。魔法を使い過ぎると、こうなっちゃうの……」
ローランはとても納得して、頷いた。
「そうだったんだね。リジーは昨日すごく頑張ってくれたから。無理させてしまってごめんね。ありがとう」
近距離でローランに見つめられ続けることに耐えられなくなり、ふと、壁の時計に視線をうつした。
え?!今、1時?!
外がこんなに明るいということは……。
思わず、ローランを押し退けて、飛び起きた。
「大変!ローラン!!もうお昼過ぎてる。妃教育、サボっちゃった!!」
ローランは「あはは」と笑いながら、私の肩をそっと抱いた。
「大丈夫だよ。リジー。今日の妃教育を中止にしてもらうよう、昨日のうちに宰相に言ってあるから。今日は一日、2人でゆっくり過ごそう」
「そうなの?」
さすがローラン!とても頼りになる!
「とりあえず着替えよう。僕はいったん自室に戻って、またここに来るから、それまでに何がしたいか考えといて」
そう言って、ローランは部屋を出て行った。
私はローランを見送ってから、イザベルたちを呼んだ。
イザベルたちは、すぐに来てくれた。
「リジー、大丈夫なの? リジーが倒れたって聞いてびっくりしたわ」
私の着替えをしながら、イザベルが言った。
きっとローランがイザベルたちにも私のことを伝えてくれたのだろう。
本当にローランは完璧だ。
「うん、ごめんね。心配かけちゃって。疲れが出たみたい」
今度はステイシーが言った。
「リジーは、よくあのスケジュールをこなしていると思うよ。ただでさえ、リジーはちょっと物覚えがよくないのに、あんなに詰め込まれちゃって……。倒れても不思議じゃないわ」
ステイシー、なんかところどころ、引っかかるんだけど……。
「それで、今日この後の予定はどうなったの?」
シモーヌに聞かれて、あぁそうだった、と思い出す。
この後どうするか考えてとローランに言われたばかりだ。
「うーん……。どうしようかな。ローランと一日ゆっくり過ごせるみたいなんだけど、何がいいと思う?」
私は3人に聞いてみた。
「まあ!素敵!」
3人で顔を合わせて、ものすごくいい笑顔をしている。
「やっぱり、リジーは愛されてるわ」
「いいわね、羨ましい」
「私もあんな素敵な方と出会いたいわ」
3人はキャーキャー盛り上がっているので、しばらくさせたいようにする。
何か口を挟んでも、返り討ちにあうだけだ。
3人がひとしきり盛り上がった後、まずはイザベルが言った。
「やっぱり王宮内の散策がいいんじゃない?庭園は見事だもの」
うん、それはいいかもしれない。
すると、ステイシーが言った。
「いえ、馬の遠乗りがいいわ。今日こそ、ローラン王子殿下に抱きかかえられて、二人乗りするのよ!」
馬に乗るのはいいけど、二人乗りは嫌だ。恥ずかしい。
でも、遠乗りも悪くないなぁ。
私が苦笑しながら話を聞いていると、シモーヌが言った。
「リジーって、実は料理が得意なんじゃない?料理道具もいいのを持っているし、昨日のハーブティーの手際も慣れてる感じだったから。……もしそうなら、この部屋のキッチンを使って、ローラン王子殿下に料理を振る舞うのはどうかしら?」
確かに、前世では料理をしている時が唯一の気分転換だった。ただ、この世界にきてからは、料理らしきものをまだちゃんとやったことがない。
せっかくミニキッチンも用意してもらったし、昨日ミック爺さんに分けてもらったハーブもまだ残ってる。
それなら、料理もいいかもしれないな。
ありがとうございました。