32.新生活2
王宮での新生活が始まって、2週間が過ぎた。
初日に、国王陛下より「来週、話をしよう」と言われていたので、宰相と日程を調整した結果、今日を国王陛下のために丸一日空けていたのだが、急用が出来たそうで突然謁見は中止となった。
ローランは、戦闘訓練に出かけてしまっていない。
私はやることがなくなり、暇になってしまった。
「うーん、暇だな。暇~」
私がそう言いながらソファでお茶を飲んでいると、イザベルが言った。
「それなら、精油マッサージのスペシャル版をやってあげようか?」
それも、なかなか魅力的な提案だけど……。
少し考えて、ふと思いついたことを訊いてみた。
「ねぇ、イザベル。マッサージで使っている精油とか植物油ってどこで調達しているの?」
「あぁ、それはね、王宮内に精油や植物油の原料になる草木を育てている農園があるのよ。そこから少し分けてもらって、油にしているの」
「へぇー、そうだったんだ」
そんな場所が王宮の中にあったのか。知らなかった……。
ステイシーが得意げに言った。
「私、ハーブからオイルをつくるのがとても得意なのよ。バルドー女官長にもだいぶ褒められたんだから!リジーも毎日使って、いい感じでしょ?」
「うん、おかげで調子がいいわ。ありがとう」
私の髪と肌の調子は、この2週間で格段に上がった。
それは間違いない。
私は皆にお願いした。
「ねぇ、私もその農園を見に行きたいんだけど、連れてってくれない?」
もしかしたら、その中に呪いが弱まる薬草とかあるかもしれないし、見ておきたい。
私の中にはそういう下心があった。
実際は呪いが弱まる薬草なんて、前世でも今世でも聞いた覚えは無いけど……
この国には魔法があるんだし、何があるか分からない!
決めつけはよくない。
「それなら、農園を管理しているミック爺さんに訊いてみるから、ちょっと待ってて」
シモーヌが部屋を出ていった。
その姿を見送りながら、ステイシーが訊いてきた。
「農園に行くなら、リジーは着替える?」
「うん」と頷きながら言った。
「せっかくなら久しぶりにお仕着せにしようかな。どうせ土がついちゃうでしょ?ドレスが汚れるのは嫌だし」
そして、にやりと笑ってみせた。
ステイシーは私の笑顔を見て言った。
「たまにはいいよね。久々の女官トリオ復活かな?」
イザベルも笑った。
「そうね。でも、シモーヌ姉さん、戻ってきたらビックリするでしょうね」
私は着ているドレスを脱いで、久しぶりにお仕着せに袖を通した。ドレスに比べて格段に動きやすい。
「うん、こっちのほうが動きやすくていいね」
姿見の前でポーズをとっていると、ドアをノックする音が聞こえた。シモーヌが戻って来たのだ。
「どうぞ、入って」と声をかけると、シモーヌが扉を開けて入って来た。
「リ……」
何か言おうとしていたはずのシモーヌは、意味不明の言葉を発したきり、扉の前で動けなくなり茫然と立ち尽くしている。
「シモーヌ、驚かせてごめんね。こっちのほうが動きやすいから着替えてみたの。私ももとは女官だし似合うでしょ? ……ところで、農園のほうはどうだった?」
ようやく自分を取り戻したシモーヌは苦笑いを浮かべている。
「もう、リジー。ビックリさせないでよ。……農園の方は大丈夫だって。さ、行きましょう!」
4人で王宮の回廊を歩いて、農園に向かう。
今の私たちは誰がどう見ても、女官4人が歩いているようにしか見えない。
なんだかそれがとてもうれしくて、ひとりウキウキしていた。
「何をニヤニヤ笑っているのよ?」
歩きながら、ステイシーに肘でつつかれる。
「いや、なんていうか、やっぱり女官っていいな、って思って」
私が笑いながらそう答えると、ステイシーには意味が分からないようだ。
「リジー、変なの」とブツブツ言っている。
私は気分がいいので、ステイシーにはそれ以上何も言わず、ただ笑っていた。
しばらく歩いていると、王宮から外に出られる場所に出た。初めて通る場所だ。
「ここは王宮の通用門で、王宮で働いている人しか使わないの。すぐ目の前に農園があるのよ」
シモーヌが教えてくれた。
通用門を出ると、シモーヌの言うとおり、目の前には広大な農園が広がっていた。
「広ーい!!」
つい、前世の影響で「東京ドーム〇個分」という数え方で広さを見てしまう癖がついているが、この農園は東京ドーム何個分あるのだろう。
どこまで広がっているのか、農園の向こうの端が全く見えない。
ただ、農園は非常によく整備されていて、かなり多くの種類の野菜や草花、果樹などが栽培されていることが分かる。
さすが王宮の農園だわ、と感心しながら見ていると、私たちのもとへ一人の男性が近づいてきた。麦わら帽子をかぶり、手に鍬を持っている。
「ミック爺さん、急にすみません。農園を見せてほしくて」
シモーヌが男性に話しかけた。
「全然構わないよ。何が見たいんだい?」
シモーヌがミック爺さんと呼ぶので、もっとお爺さんを想像していたのだが、お爺さんというより精悍なおじさんという感じだ。真っ黒に日焼けしていて、年齢不詳だが若々しい。
「あの、ミック爺さん。はじめまして。リジーと言います。ハーブ類が見たいんですけど、案内してもらえませんか?」
私が挨拶すると、にこやかに「ああ、そういうことならついておいで」と言って、農園に向かって歩き出した。
私たちも急いでミック爺さんについていく。
「この農園には何種類くらいの野菜や草花が栽培されているんですか?」
歩きながら私が尋ねると、ミック爺さんはこちらを振り返ることもなく、ずんずんと歩きながら答えてくれた。
「そうだな、ハーブは30種類くらい栽培しているかな?精油や食事に使いたいという要望が多いから、だいたい何でも揃えてある。全部で何種類の野菜などが育っているのかは、季節で入れ替わるし数えたことないな。」
「ハーブって、そんなにあるんですね!!」
私が目を輝かせると
「ハーブは少量ずつ多品種で育てているからな」と教えてくれた。
「ここだよ」
ミック爺さんが立ち止まって案内してくれた場所には、本当に多くのハーブが栽培されていた。
私は、前世ではハーブ類を家庭菜園で育てていたので、意外とハーブについて詳しい。
ざっと見渡した感じ、西洋ハーブが網羅されているようだ。
ミック爺さんの言う通り、30種類くらいありそうだ。
ただ、漢方薬に使われる東洋系の植物は見当たらなかった。
私は自分の気が済むまで、栽培されているハーブを順に観察していった。
ありがとうございました。