29.準備2
馬車が王宮に着くまでの約5分間、私はローランの胸の真ん中に手を当てていた。
ローランはその間目を閉じて、何も話さなかった。
これは、私の手に集中しろということか。
そう理解したので、私も黙って自分の手に意識を集中させ、魔法を発動するときのように「呪いよ消えろ」と念じ続けた。
「王宮に着きました」
御者の声で私は手を離し、ローランは衣服を整えた。
「さ、行こうか。リジー」
ローランに手を取られ、馬車を降りて王宮に入る。
私たちはそのまま謁見の間へ向かった。
前回は緊張で謁見の間をじっくり観察することができなかったが、今日は落ち着いているので、改めて部屋の内装を観察する。
謁見の間は金色と赤色を基調とし、大変豪華な装飾で、国王の権力を誇示しているようだ。
国王陛下と王妃様たちが座る金色の玉座は私達より三段高い場所にあり、非常に大きく華やいだデザインで、特に国王が座る椅子の足や背もたれの柱には4人の人が彫刻されている。
「!!」
なんとなく椅子に施されたそれらの彫刻を見ていたが、4人の彫刻のうちの1人がウンディーネ様に似ている気がした。
もしかして、これは、4人の妖精を彫刻したものなのかもしれない。
そう考えると、4人の妖精が国王を支えているように見える。
「リジー、父上がくるよ」
玉座を眺めながら考えに没頭しているとローランから小声で注意を受け、急いで国王陛下に対する最敬礼の姿勢をとる。
すぐに国王陛下たちが部屋に入ってきた。国王陛下と王妃様たちが玉座に座った後、国王陛下に促されてローランが話す。
「父上、婚約者のリジーを連れてまいりました。無事、私たちの婚約公示期間が明けましたので、本日より一緒に生活いたします」
「ローラン王子殿下の婚約者のリジー・ハリスと申します。私の部屋をご用意いただき、誠にありがとうございました。これから妃教育を頑張り、精一杯ローラン王子殿下を支えてまいります」
国王陛下は、私たちに言った。
「ローラン、リジー、2人仲良く力を合わせて暮らしなさい。我がナディエディータ王国の繁栄のために、いつか2人の力が必要になるときがくる。そのときに備えて、一生懸命勉強しなさい」
「はい」と2人声を揃えて返事をした。
国王陛下はその様子を見て、満足そうに頷いた。それからじぃっと私の方を見て、おもむろに口を開いた。
「リジー、以前、私の可愛い末娘の件では、大変世話になったね。あの件で少し訊きたいことがある。来週、私の執務室にきてくれるか」
その件は、既にご褒美をいただいてます。
現にこうして、ローランと婚約させていただけたのですし…
という言葉が口から出かかったが、国王陛下の有無を言わせぬ無言の圧力を感じ、了承した。
何でも言いたいことを言う、と決めた2度目の人生だったが、それは時と場合によるのだ。
この場合は、黙って頷くのが正解な気がした。
私が了承したのを受けて、国王陛下が続けた。
「リジーの妃教育のスケジュールがぎっしりだということは宰相から報告を受けておる。執務室に来てもらうスケジュールは、その辺を調整したうえで、追って宰相から連絡が行くことになる」
そうして、国王陛下との謁見は終了した。
◇◇◇
次に、私の部屋へローランと向かう。
部屋には、3人の女官がいた。そのうちの2人がイザベルとステイシーだった。
私は思わず声を出してしまう。
「イザベル!ステイシー!どうしたの?こんなところで!」
「私たち、リジー付きの女官になるのよ」
私はびっくりして、思わず口を押えた。
その様子をにこやかに見ていたローランが話す。
「リジー、紹介するね。ここにいる3人が、これからリジーのお世話をしてくれるんだ。2人は今話していたし、知っているとおり、イザベルとステイシーだ。……そして、もうひとりも知り合いだときいたんだけど…」
「あ!」
一度会っていたのにすっかり忘れていたが、今、ローランの言葉で思い出した。
「イザベルのお姉様のシモーヌ様!お久しぶりです」
「シモーヌと呼び捨ててください。リジー様」
「え?それは……」
ちょっと呼び辛いけど、王子の婚約者の私の方が身分が上になる。
「わかったわ。シモーヌもよろしくね」
頑張ってそう言った。慣れないけど、慣れるしかない。
でも、私の女官をこんな友達で固めてしまっても大丈夫なのだろうか。
なんとなく不安になって、ローランの顔を見る。
ローランがにっこり微笑んで、私に言った。
「リジーは王宮に来て、初めてのことだらけで不安だと思うんだ。特に、妃教育のスケジュールは殺人的で、本当に辛いと思う。だから、せめてこの部屋で過ごすときくらいはリラックスしてほしいと思ったから、リジーのよき話し相手となれる女官を選んだんだけど、どうかな?」
ローランが私のことを考えて選んでくれたんだ!
「ローラン!ありがとう。本当にうれしい!!!」
ローランにお礼を言ってから、改めてイザベル、ステイシー、そしてシモーヌに挨拶をする。
「シモーヌ、イザベル、ステイシー、これから私のことをどうぞよろしく!」
そう言って、握手をしようと手を差し出すと、3人が私の手を取ってくれ、そのまま4人で抱き合った。
「リジー、私たち、リジーに話したいことがたくさんあるし、私もリジーのお世話ができるなんて考えてもみなかった」
イザベルがそう言うと、ステイシーも被せて言った。
「リジーがまさか王子様の婚約者になるなんて。誰がこの展開を予想した?もうビックリよ!」
本当に2人の言う通りだ。
自分が女官になった時に、この展開は想像していなかった。
私が心底頷いていると、シモーヌが言った。
「リジー、この2人の女官は新人すぎて不安だと思うけど、そこは私がいるから任せて。2人の教育もしっかりやるし、リジーに恥はかかせないから」
「シモーヌ、ありがとう!!」
さすがベテラン女官のシモーヌ、心強い!
私もイザベルとステイシーのことは好きだけど、女官としての力量にはいささか不安が残っていたので、シモーヌがいてくれるのは本当にありがたい。
私たちの様子を側でにこにこしながら見守っていたローランが、「じゃ、そろそろいいかな?」と呟いて、女官の3人に告げた。
「今からリジーと2人きりで話したいから、お茶の用意だけして、外してくれる?」
ありがとうございました