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23.領地

 オーブリー・ハリス子爵領は、ナディエディータ王国の西にある。

 王都からはやや離れており、王都の屋敷から領地にある自宅までは馬車で3日かかる。


 夢のような婚約式が無事終わり、婚約公示期間に入るとすぐ、家族全員で領地へと向かった。


 王都の屋敷では執事とメイドに留守番を頼む。万が一私たちの婚約に異議申し立てがあった場合、領地にいると情報が入ってこないので連絡をもらうことになっている。


 婚約公示期間が終わると、私は王宮に住むことになるのだ。まだ結婚前なので、比較的家には帰りやすいはずだが、それでも家族と一緒に生活するのはこれが最後だと思うと感慨深い。

 領地では、両親や兄妹と出来るだけたくさんの思い出をつくりたいと思う。


 ◇◇◇


 馬車に揺られて3日、ついに領地に到着した。

 自宅に着くと、自宅を守ってくれている執事やメイドたちが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。長旅お疲れ様でした。リジーお嬢様、この度は大変おめでとうございます」


 父や兄は頻繁に帰ってきているが、私は久しぶりに帰ってきたので懐かしさでいっぱいだ。


「ありがとう!みんな元気だった?変わりは無い?」


 執事やメイドたちと再会を喜び、抱き合う。


「お嬢様は王宮にて女官の経験もなさったのですか?」

 執事のアントンにきかれて、恥ずかしくなった。

「1ヵ月くらい体験させていただいただけよ。とても勉強にはなったけど、女官の仕事は何一つ出来ないわ」

「そうでしたか」

 アントンは目を細めている。

「リジーお嬢様は、大きく立派になられましたね」


 我が家の領地は王都からは離れているが、エメラルド色に輝く美しい湖とそれに続く川があり、温暖な気候も相まって、土地が非常に肥沃である。そのため、農産物の収穫量が多く、領地運営は順調で、領民も豊かで穏やかだ。


 父は、領主としての仕事が溜まっているので、執務に追われているようだが、私は特にやることがない。


 せっかく王都の喧騒を離れ、自然豊かな領地に来たのだ。自然を満喫しに出かけたい。

 暇そうにしている兄に声を掛けた。


「兄さん、明日、湖まで出掛けようよ」

「行きたいけど行けない。父さんから、執務の手伝いを頼まれた。お前、ひとりで行ってきたら?」

「そうなんだ…。じゃ、そうしようかな…」


 王都の街を貴族令嬢が一人で出歩くなんて危なくて有り得ないが、ここでは何の問題もない。

 同じ国だと思えないほど、全然違う。

 争い事が絶えない王都とは違い、本当にのんびりしている。


 ただ、土地が広すぎて徒歩での移動では日が暮れてしまうから、基本は馬での移動になる。

 馬車だと徒歩並みの速さでしか進まないが、乗馬ならかなり速く進めるのだ。


 兄がダメなら妹と一緒に行ければよかったが、残念ながら妹は乗馬ができない。私も馬の二人乗りは下手なので、兄の言うとおり、一人で行くのが良さそうだ。


 ◇◇◇


 翌朝、両親の許可を得て、湖まで一人で出かけることになった。

 両親からは午餐を皆で食べるから、昼までに帰ってくるよう念を押された。


 久々に愛馬と再会する。私の愛馬は、乗りやすく長距離でも疲れ知らずの賢い馬だ。

 愛馬に跨がる。

 久しぶりでも私のことを覚えてくれていたようだ。

 息が合っている。

 愛馬に任せて爽やかな風を感じていたら、あっという間に湖に着いた。


 湖は我が家の名前を取って、ハリス湖と呼ばれている。エメラルド色の神秘的な湖は、カメラがあれば撮影して王都の皆に見せたいほどの絶景で、信じられないほど水が美しい。


 ローランにも見せたいな…。


 ほんの数日前に婚約式を挙げた婚約者に想いを馳せる。


 しばらくの間、エメラルド色の湖面の美しさに見惚れて湖畔に佇んでいると、遠くに人影が見えた。

 長い髪の女性。髪の色は美しい水色をしている。

 女性がこちらを振り返った。

 若く美しい女性ーーー。


 私、この人に何度も会ったことがある!

 え、でも、いつだっけ…。

 名前は…?


 記憶が混濁していて、はっきりとは分からない。

 でも、確実に知っている人だ。


 私があまりにもじっと見ていることに気づいたのだろう。

 水色の髪の女性が私の方を向き、微笑んだ。


 やっぱり知り合いだ!

 私も笑顔を返す。


 気づけば、無意識に女性のもとへと駆け寄っていた。 


 ここには私たち2人しかいない。

 女性の前まできて、何も話さないわけにはいかない。まだ名前は思い出せないが、絶対に知っている。

 きっと幼い頃にお世話になったのだろう。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 思い切って声をかけた。


「ええ、元気よ。あなたも元気そうね。リジー」


 やっぱり、若い女性は私の名前を知っている。

 ああ、どこでお世話になったんだろう?

 思い出せ、思い出すんだ!


 ……ダメだ、思い出せない。

 仕方ない。ここは正直に話そう。

 相手が私の名前を覚えてくれているのに、私は覚えていないなんて失礼すぎるけれども、背に腹は変えられない。


「あの、えっと、本当にこんなこと聞いて、申し訳ありません。お世話になったはずなのに、どうしてもお名前が思い出せなくて…。お名前を教えていただけないでしょうか」


 そう言うと、女性はにっこり微笑んだ。


「何度も出会って、ここで一緒に遊んだことは覚えてない?夏は一緒に湖で泳いだりしたんだけど…」


「えっと…」

 一生懸命に記憶を辿る。


 あ、確かに、幼い頃、一緒に湖で泳いだ記憶がある!しかも、何度も!


 そこから、連鎖的に記憶が甦る。

 目の前のこの女性は、私に泳ぎを教えてくれた。

 小さな子どもだった私の話を否定することなく、いつも真剣に耳を傾けてくれた。

 どんな時だって、私の味方だった。


 私が大好きなお姉様!


「大きくなったね、リジー」

 お姉様がにっこり微笑んで、私の頭を撫でる。その手がとてもあたたかい。


「ふふふ、思い出した?」

 お姉様に訊かれて、今度は大きく頷いた。


「はい、はっきりと思い出しました。…ウンディーネ様!」


ありがとうございました。

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