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18.マルゴット王女殿下

 翌朝、アリス様の後をついて、マルゴット王女殿下の部屋に向かった。

 今から、マルゴット王女殿下の入浴と着替えのお世話をするということだ。

 女性王族の皆様は、たいてい朝に入浴されるらしく、マルゴット王女殿下も毎朝の習慣とされているとのことだった。


 女官のお姉様方の邪魔にならないようにしながら、マルゴット王女殿下のお世話の様子を見学する。

 5人の女官たちの連携プレーが鮮やかだ。息がぴったり合っている。

 流れるようにお世話をされるので、目で追うのがやっとだ。これを見て覚えるというのは、なかなか至難の技だ。


 これはまずい。覚えられないかも。

 前世では元主婦だし見れば分かるだろう、と気楽に考えていた自分の浅はかさを思い知らされた。


 入浴と着替えが終わり、続けて、化粧台の前で髪のセットと化粧を同時に進めることになった。

 その時、鏡越しにマルゴット王女殿下と目が合った。

「リジー、女官見習いは順調? もしよかったら、私の髪の毛を梳かしてみる?」

 

 マルゴット王女殿下の提案はありがたいが、残念ながら今はまだ認められていないので、素直にそう伝える。

「マルゴット王女殿下、ありがとうございます。…それが、私はまだバルドー女官長から合格をいただけていないので、王女殿下の髪に触ることができないのです」


「あら、そんなの関係ないわよ。私がいいと言ってるんだから問題ないわ。ねぇ、アリス」


 そんな無茶苦茶な…。

 アリスお姉様が困っているではないか。


 アリス様は、少し考えた後、私に向かって言った。

「リジー、せっかくマルゴット王女殿下がそう仰ってるのだから、少しだけ髪を梳かしてみましょうか」

 そして、持っていたブラシを私に手渡した。

「わかりました」

 私も覚悟を決める。


 マルゴット王女殿下の髪を一束手に取る。

 ツヤ、まとまり、弾力があり、切れ毛が全くない。

美髪とはこの髪のことを言うのだろう。

 茶色の美しいストレートヘアを毛先から丹念にブラシで梳かす。


「リジー、私の髪の毛どうかしら?」

 マルゴット王女殿下が訊いてきた。

 私は感じたまま答える。

「こんなに美しい髪を初めて触りました!本当にきれいです」


 私の答えに目を細めて、マルゴット王女殿下が言った。


「この髪は、ここにいる女官たちのおかげなのよ。皆が、毎日お手入れしてくれた賜物なの。季節や私の体調に合わせて、お手入れの仕方や使う物を変えて、いろいろと皆で工夫しながら、丁寧にお手入れしてくれているから」


 その言葉を聞いた女官たちは、皆感激している。

 アリス様も言葉にならないようだ。

「マルゴット王女殿下…」とだけ言葉を発した後は、感激で打ち震えている。


 マルゴット王女殿下は、女官たちの様子をチラリと見てから私に向かって言った。

「リジー、もういいわ。後は皆にやってもらうわね。アリス、お願いするわ」

 

 私は黙ってお辞儀をし、邪魔にならない場所へ下がった。


 マルゴット王女殿下は、女官の皆にお礼を伝えたかったから、わざと私に髪の毛を触らせたのだ。

 もうすぐ外国に嫁がれると聞いているし、日頃のお礼を伝えるきっかけが必要だったのかもしれない。


 私も、王女殿下と女官たちとの絆を見せてもらえて、女官というお仕事に対するやる気が湧いてきた。

 今までは、3年間の貴族令嬢の務めだとしか考えていなかったが、せっかくなら、こんな風に感謝されるような女官になりたい。


 そう考えていると、マルゴット王女殿下のヘアメイクが終了した。

 朝の用意を全て終えたマルゴット王女殿下が、再び私に話しかけてきた。


「リジー、あなたの婚約式は来月でしょ?私はそれが終わると、外国へ嫁ぐためにここを離れるの。リジーは婚約式が終わったら、女官見習いも終わって、妃教育に入るのかしら?」


 ん?妃教育?それは聞いていなかった…。


「…私ですか?私たちの結婚は、ローラン王子殿下がご成人されるまで出来ませんので、その間は女官を頑張るのだと思っていたのですが…。妃教育の話は、まだ何も」


 マルゴット王女殿下は、時計を見ながら言った。

「そう。まだ少し時間があるわね。私も今朝は特に予定がないし…。あ、そうだ。アリス、悪いけど、ローランをここに呼んできてくれない?すぐ終わるから、と伝えて」


「承知しました」

アリス様はすぐに部屋を出て行った。


 ん?ん?


 マルゴット王女殿下とアリス様のやり取りを何が起こっているのか分からないまま呆然と見守っていると、5分くらいでアリス様が戻ってきた。なんと、ローランも一緒だ。


「姉上、何か御用ですか?」

「ローラン、急に悪いわね。すぐ終わるから。そこに座って」

 

 ローランがソファに座った途端、女官たちがローランの前にお茶を用意した。相変わらずの連携プレーの素晴らしさに舌を巻く。


 その間、私はぼーっと突っ立っていたが、ローランは私に気づいていないようだ。

 そりゃ仕方ないか。

 昨日は、史上最高の仕上がりだったが、今日は地味なお仕着せにナチュラルメイク。

 誰だって気づくわけがない。


 マルゴット王女殿下は、ローランに尋ねた。

「ローラン、婚約おめでとう。来月あなたの婚約式があるでしょ?ローランも知っているとおり、私はその日を最後にこの国から出て行くのだけど、あなたの婚約者のリジーのことが気になってるの。彼女が女官見習いになったばかりなのは、知ってる?」


 ローランは答えた。

「はい、知ってますよ。姉上。それがどうかしましたか?」


 マルゴット王女殿下は、私のほうをチラリと見ながら言った。

「女官と妃教育、両方同時にできないでしょ?彼女自身が、これからどうするのか知らないみたいだったから」

「ああ、そういうことですか。婚約式が終わったら妃教育を始められるよう、宰相が準備を進めていたはずです。そうなると、女官見習いは出来なくなりますね」


 女官見習いは出来なくなる?!

 今、ローラン、確かにそう言った…。


 予想していなかった話に、思わず、声が出てしまった。

「え?そうなの…?!」


 ローランが私の声に反応して、こちらを見た。

「…リジー?!」

 そして、私の姿をマジマジと見つめる。


 私は、ローランに女官姿を見られていることが恥ずかしくなって、俯いた。


 


ありがとうございました。

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