15.顔合わせ4
ローラン王子殿下との顔合わせを無事終え、王宮の馬車で一度屋敷に戻った。
屋敷では、両親が私の帰りを待ち構えていたようだ。私の顔を見るなり、父が訊いてきた。
「おかえり、リジー。ローラン王子殿下と薔薇園の散策はどうだった?」
「ただいま、お父様。とても楽しかったです。薔薇も素晴らしかったですし、ローラン王子殿下も素敵な方でした」
「そうか。それはよかった」
私の言葉をきいて、父も母もあからさまに安堵の表情を浮かべた。
でも、これ以上ローラン王子殿下とのことを質問されるのは嫌だったので、笑顔で両親に告げた。少し早口になってしまったのは勘弁してほしい。
「お父様お母様、この後また女官のお務めがありますので、いったん部屋に戻らせていただきますね」
そして逃げるように自室に戻る。
部屋に入ると、そのままぺたんと座り込んでしまった。
「はぁーーーー」と大きな溜め息を吐く。
病気かなと思うくらい、動悸が激しい。胸のドキドキが止まらない。
顔のニヤニヤも治まらない。真顔に戻そうと両手で頬を押さえているが、口角が上がる力の方が強い。
思わず声に出してしまう。
「そりゃ、あんなイケメンに、あんなセリフ言われたら、誰だってこうなるよね」
「一夫多妻は求めない」
こんなこと言ってもらえるなんて思ってもみなかった。
ーーーでも、このセリフって、こんなにグッとくる言葉だったとは。
ローラン、かっこよかったな。
最後にそう呟いた後、深呼吸をして無理やり心を落ち着かせ、この後の女官教育のことを考える。
史上最高のヘアメイクを落とし、髪を一つに束ね、ナチュラルメイクのいつもの女官見習いに戻った。
「今朝休んだから私だけ遅れているのだった。頑張って皆に追いつかないと」
気合を入れ直して、再び王宮へ向かった。
◇◇◇
王宮の食堂で、イザベルとステイシーと待ち合わせている。
2人とは、今朝のローラン王子殿下との顔合わせについて、昼食休憩のときに話す約束をしていた。
まだ食堂に2人の姿はない。端っこのお気に入りのテーブルをとり、2人が来るのを待っていると、すぐに2人がやってきた。席に着くやいなや、ステイシーが興奮気味に訊いてきた。
「リジー、お待たせ。それで、どうだった?ローラン王子殿下は素敵だった?」
「うん、素敵だったよ。思ってたより、素晴らしい人だった。私、ローラン王子殿下と結婚できるなんて本当に幸運だと思う」
噛み締めるように言うと、2人は身を乗り出してきた。
「ねぇ、何があったの?教えて!」
「何って・・・」
先ほどのことを思い出すだけで、勝手に顔が赤くなってしまう。
そんな私を興味津々の顔で見てくるので、ぽつぽつと話した。
「最初は天使の間で、国王陛下たちと私の両親とで顔合わせしたんだけど、それは本当に一瞬で終わったの。それから、その後に、ローラン王子殿下が王家の薔薇園に行こうと言ってくださって、2人で馬に乗って薔薇園に行ってお話ししたの…」
そこまで言うと、
「キャー素敵!2人で馬に乗って!!リジー、ローラン王子殿下と2人で馬に乗ったの?」
2人とも、なぜか興奮している。
「ちょっ・・2人とも、声が大きい」
「ごめん」
私は2人が落ち着いたのを見て、もう一度話す。
「うん、2人で別々の馬に乗って行ったよ」
ステイシーとイザベルが顔を見合わせる。
「え?リジー?リジーとローラン王子殿下は別々の馬に乗ったの?リジーがローラン王子殿下に抱きかかえられて馬に乗ったのじゃなくて?」
「違う違う!!そんな恥ずかしいこと、初対面で出来るわけがない。抱きかかえられるなんて、無理無理」
私は手をひらひらと横に振った。
「そうなんだ・・・」
明らかにガッカリする2人。
もう、何を期待しているんだか…。
「リジー、勿体ないことをしたわね。せっかくローラン王子殿下にお姫様抱っこをしてもらえるチャンスだったのに」
イザベルが残念そうに言ってきた。
「え?そうなの?」
私が聞き返すと、今度はステイシーが言った。
「そうよ!イザベルの言う通り。リジー、次は抱っこしてもらうのよ。自分で馬に乗れるからって、一人で乗っちゃダメなの」
さらにイザベルが被せてくる。
「そうよそうよ。本当はローラン王子殿下だって、リジーを抱っこしたかったはずよ。それなのに、リジーが断るから…。ローラン王子殿下がかわいそうだわ」
…そ、そうだったのかな…。
結局、休憩の間中ずっと、2人から馬の乗り方についてお説教され続けた。
◇◇◇
午後の女官教育は、今日もヘアメイクの練習だった。
来月以降、バルドー女官長にテストを受け、合格すれば、実際に王女殿下たちへの簡単なヘアメイクを許可されるようだ。といっても、ヘアアレンジやフルメイクはもちろんまだ無理なので、髪を梳くだけ、下地を塗るだけ、といったことが許可されるらしい。
いよいよ女官デビューも近そうなので気合が入るが、肝心のアリス様が実際にお世話されている様子をまだまともに見学できていないことが不安だ。明日はしっかり見て、少しでも多く覚えたい。
バルドー女官長とイザベル、ステイシーと別れると、次は魔導士様の部屋で魔法の勉強をする。
今朝、ローランから魔法のことをいろいろ聞いたので、早く魔導士様と会って話したい。
はやる気持ちを抑えて王宮の回廊を歩いていると、前から騎士の格好をした兄のジャックがやってきた。
「兄さん・・・」
王宮の中で兄と会うのはこれが初めてだ。
「リジー、どうしたんだ?こんなところで?」
「兄さん、私が女官見習い中だって知っているでしょ?」
「…ああ、そうだったな」
お仕着せ姿の私を見て、兄が納得する。それから、兄が一歩こちらに近づき、声を潜めた。
「それより、リジー。今日、ローラン王子殿下と顔合わせだったんじゃないのか?どうだった?」
「どうって。。。別に普通よ。顔合わせしただけ」
「ふうん。ローラン王子殿下とリジーの婚約式が来月だって、さっきお触れがでてたぞ」
「…え?婚約式?」
その話は初耳だ。
ありがとうございました。