132.幸運の女神4
そうなんだ。ローランは、そんなに活躍してるんだ……。私は何も知らないな……。
ローランがどんな活躍をしているのか知りたいけど、父が母をたしなめたので、母に聞けなくなってしまった。後で、こっそり母にローランのことを質問してみよう。
私は父と母の顔色を伺いながら、黙ってお茶を飲んだ。
◇◇◇
翌日、予定どおり第一騎士団のお迎えがあり、王宮へ向かった。来てくれたのは声が小さな騎士で、名前もよく聞き取れなかったし、道中もほぼ黙ったままだった。
王宮に行くのは普通でも緊張するのに、静かな道中が余計に緊張感を高めた。
迷路のような王宮の中を無口な騎士に案内されるまま付いて歩き、ヴィオラ様のお部屋の前で止まった。
騎士は部屋を数回ノックし、私を連れてきたことを告げると
「それではここで失礼します」
と足早に去っていった。
私は扉の前でひとり突っ立って騎士の後ろ姿を目で追っていると、ヴィオラ様の部屋にいた女官が申し訳なさそうに、声をかけてきた。
「あの、どうぞ、こちらです」
「あ、すみません。……失礼します」
なんとなくだけど、私が今の騎士に見惚れていたように、この女官に勘違いされている気がする……。訂正したいけど……。
そんなことを思いながら、女官についていくと、目の前のソファにヴィオラ様が座っていた。
「ヴィオラ様!」
思わず大きな声が出てしまった。
「リジー、久しぶり。アレ以来ね」
ヴィオラ様がにっこり微笑んで、意味深にそう言うと、女官たちを全員下がらせた。
そして、女官たちが全員いなくなったことを慎重に確認してから、私に話しかけた。
「驚いたでしょ?」
「はい、とてもとても、驚きました。だって、あの時、ヴィオラ様は王宮には戻らないとおっしゃってましたし……」
私は正直に答えた。
ヴィオラ様は、うん、うん、と頷きながら、言った。
「あの時はね、陛下のもとに戻ることは考えなかったのよ。タミアさんが心配だったから。国王陛下のタミアさんへの攻撃は、それはそれはすごいものだったの……。でも、気が変わったの」
「……気が変わった、のですか?」
「ふふふ。リジーは信じないかもしれないけど、実は私は少し先の未来がみえるの。……そして、タミアさんが幸せそうな未来がみえたのよ。だから、もう私がここにいる役目は終わったな、と思えたから、王宮に戻ったの」
少し先の未来がみえる……。
タミアさんが幸せそうな未来……。
そうだった。ヴィオラ様の力はかなり強いんだった。未来がみえるくらい、強いのかもしれない。
そう考えて、ふと思い出した。
ヴィオラ様は疲労困憊で王宮に戻られて、体調不良で面会謝絶だったことを。
「あの……、ヴィオラ様は、体調はもう大丈夫なのですか?」
私の質問に、ヴィオラ様はお茶を一口飲んでから、答えた。
「そうね。ありがとう。今は見ての通り、とても元気よ。……ただ、ここに戻ってきた時は、国王陛下も驚かれるほどの高熱だったの。……国王陛下とお会いするのが、それだけ嫌だったのかしら」
そして、ヴィオラ様は茶目っ気たっぷりに私を見た。
「そうだったんですね」
「熱は1日で下がったんだけど、病名も不明だし、しばらく面会謝罪にしてもらっているわ。……ひどく疲れているのは本当だし。……ところで、リジーが連れていた黒くて小さい子はどうしたの?」
「あ、グリージョのことですか? 実はあれからはぐれてしまいました……」
グリージョをシルフ様が地下に連れていってくれたことまでは覚えている。
その後、地下に何度もグリージョに会いにいったが、グリージョと会えないでいた。
きっと、私が食事を忘れて眠ってしまったことを怒っているんだ……と思いつつ、ずっと気になっていたことだ。
すると、ヴィオラ様が、ゴソゴソと左のポケットから、黒いものを取り出した。
え?! グリージョ!!
驚きすぎて声も出ない。
「ピィ」
グリージョは、いつものように鳴いた。
「グリージョ……」
グリージョの姿を見て、思わず涙がこぼれる。泣くつもりなんて、なかったのに。
「グリージョ、ごめんなさい……」
泣きながら謝ると、ヴィオラ様が言った。
「面会謝罪にしていたし、しばらくは誰とも会うつもりはなかったんだけど、実は、グリージョがリジーと会いたいと言ったから、今日会うことにしたの」
「……そうだったんですか……。でも、グリージョはどうしてここに……」
「もう、リジーの用事は終わったからだよ」
「え?」
ヴィオラ様の声じゃない。この声はグリージョだ!
また、グリージョが話す言葉が分かるんだわ。
でも、私の用事は終わったって、どういうこと?
「魔女の居場所が分かって、安全な場所へ移動させられたじゃないか。それで、役目は終わりだよ」
グリージョが、大きな目をさらに大きくさせて言った。
「そっかぁ」
確かにグリージョの言う通りだ。
ノーム様がグリージョを貸してくれたのは、タミアさんの居場所を探すためだった。
その目的をグリージョは見事に果たしたのだから、もう役目は終わっている。
「これからグリージョは、ヴィオラ様と一緒に過ごすの?」
「そうだよ。ノーム様とも近いし、ヴィオラとも仲良くなったから」
「よかったわ。グリージョの居場所が分かって。安心したわ。私はちゃんとお世話できなかったけど、ここならそんな心配もなさそうだしね」
グリージョは思い切りアハハと笑った。
ごめんね。本当にグリージョのご飯を忘れて寝てしまったことは、たとえ体調が悪かったとはいえ、反省している。
「そういうことだから、これからはグリージョは私が預かるわね」
ヴィオラ様が優しく言ったので、私は大きく頷いた。
「よろしくお願いいたします」
それから、私は改めてヴィオラ様に向き直り、姿勢を正した。
「ヴィオラ様、あの……どうして、ここに戻ってこられたときに、私が魔女のもとから連れ戻した、と仰ったのですか?」
「あら、いけなかったかしら?」
「いえ、感謝しております。そう言ってくださったおかげで、国王陛下が私のことを少し認めてくださったとローラン王子殿下から伺いました。……でも、どうして、そんなことを言ってくださったのでしょうか」
今年もありがとうございました。
また来年もどうぞよろしくお願いします。