129.幸運の女神
私はグリージョのご飯を調達するため、食糧庫へ行った。
パンと牛乳を無事にゲットして、部屋に戻る途中で、アンに会った。
「リジーお嬢様、お目覚めですか? もう大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫。いっぱい寝たら、すっかり元気になったわ。ほら、このとおりよ」
アンは、パンと牛乳をじっと見ながら、笑って言った。
「そのようですね。よかったです。お腹空かれたんでしたら、きちんとしたお食事をご用意しますので、お待ちいただけますか?」
「ありがとう。待ってる間、このパンと牛乳をお部屋でいただくわね」
私がそう答えると、アンは「承知しました」と言って、調理場へ向かった。
アンの後ろ姿を見送って、私は急いで部屋へと戻ると、ぐったりしているグリージョにまず牛乳をのませた。
グリージョはすごい勢いで、私が用意した牛乳を飲み干した。
「ピィ」
ようやくグリージョが声を発した。ずいぶん元気が回復したようだ。
「よかった……。グリージョ……。ごめんなさいね。私、ずっと眠ってしまっていたみたいで……」
私はそう言いながら、グリージョにパンを手渡す。グリージョはパンをもぐもぐ頬張りながら、頷いているように見えた。
「どうして、こんなことになっちゃったの?」
シルフ様が呆れた声で言った。
「私……、なんだかとても疲れてしまって……」
自分でも説明にもならないことを言って、うなだれた。何も言う言葉が見つからない。
私が黙って下を向いているうちに、グリージョはパンを食べ終えた。
「別に、リジーを責めているわけじゃないのよ。さ、顔を上げて。グリージョも食べ終えたみたいだから、私はグリージョを地下に連れて行くわね。ちょうどリジーの食事がきたみたいだし」
シルフ様はそういうと、グリージョを連れてビュンと行ってしまった。
ちょうどシルフ様と入れ替わりで、部屋にはアンがやってきた。
「リジーお嬢様。久しぶりのお食事ですので、消化のよさそうなものをご用意しました」
アンはそう言いながら、テーブルに温かいスープを用意してくれた。
「ありがとう。一人になりたいの。一人にしてくれる?」
私はアンにお願いして、部屋にひとりにしてもらった。アンが部屋を出たのを見送ってから、スープを口にする。
うん、美味しい。あったまる。
温かいスープが空腹に沁みる。
「落ち着いた?」
いつの間にか、目の前にシルフ様が戻ってきていた。
「はい。ありがとうございます。……グリージョに、悪いことをしました……」
私がそう言うと、シルフ様が意外なことを言った。
「ねぇ、リジー。一体あなた、どうやったの?」
「どうやった?と、仰いますと?」
「とぼけないでよ。魔女タミアから、どうやって王妃を連れ戻したの?ってきいてるの」
「へ? シルフ様、何を言ってるのですか?」
「だから、どうやって、ヴィオラを連れ戻したの?」
「え? ……あの、私は、ヴィオラ様を連れ戻すのに失敗したのですが……。タミアさんは良い人でしたけど、ヴィオラ様ご自身が戻られたくないと仰ったので……」
私がそう言うと、シルフ様は本気で驚いたようだった。
「リジーは、本気で言ってるみたいね。……うーん、だけど、ヴィオラは国王の下に帰ってきたわよ」
「ええ?! でも、ローランからはそんなことを聞いてないのですが……」
「ちょっと! わたしの言葉より、ローランの言葉を信じるの? まぁいいわ。今までずっとリジーは眠っていたから、誰とも話ができなかっただけでしょ。もしかしたら、リジーが寝てる間にローランから連絡があったのに、気づかなかっただけかもしれないし。……いずれにしても、きっとそのうち、愛しのローランもリジーに伝えることでしょう」
「……そうですか……」
私はシルフ様の言葉に、ちょっと恥ずかしくなった。
たしかに、シルフ様の言う通りだ。
別にローランの言葉じゃないと信じないわけではない。
それに、私が寝てる間にローランが連絡をくれていたかもしれない。
もちろん、ローランから連絡がなくたって、シルフ様の言葉が嘘だなんて思わない。
ただ、ちょっと言い方を間違えた。
でも、どう伝え直したらいいのか、分からない。
どう言おうかな……と、もじもじしていると、シルフ様が笑った。
「あはは。大丈夫。気にしてないから。……それより、魔女タミアと会ったんでしょ? その時の話を聞かせてよ」
「はい」
さぁ、どこから話そうかな、と考えていると、突然部屋が真っ暗になった。
「あれ? 停電?……」
そう口走ってから、違和感に気づいた。
え? 待って。おかしいわ! 今はまだ昼なのに、どうしてこんなに暗くなるの?
そもそも、電気なんてつけてなかった。
太陽の光が窓から射しこんで、十分明るかった。
それがいきなり、真夜中のような暗さになったのだ。
もう訳が分からない。
とりあえず、慌てて部屋の電気をつけてみた。
そして、シルフ様に話しかけようと振り返ると、なぜかシルフ様の隣りに、タミアさんが座っていた。
「うわ、タミア!」
シルフ様が先に声を出した。
「ああ、久しぶりだね。……シルフだっけ?」
タミアさんが、シルフ様の顔をちらりと見て、面倒臭そうに言った。
「……タミアさん、どうしたんですか?」
私がタミアさんに聞くと、タミアさんは私の方を向いて言った。
「ヴィオラを返してやったら、いきなり国王のヤツが私を殺しにきたから、逃げてきたんだよ。ここなら、安全だからね。ククク」
「国王陛下が、タミアさんを殺しに?」
「そうだよ。まったく、あの男はちっとも変わってないね。呪いなんかじゃなく、ちゃんとトドメをさしとくんどったよ」
私はすっかり頭の中がパニックになって、何がどうなっているんだか、分からなくなった。
とりあえず、今わかっていることは、私の部屋にシルフ様とタミアさんがいるということ。
はぁー。
もうどうしたらわからなくて、大きな溜息を一つついた。
そんな私に向かって、タミアさんが言った。
「おや、あんたは、なんでそんなに溜息をついているんだい? ヴィオラを連れて帰りたかったんだろ? だからヴィオラを王宮に戻したし、あんたが私にすぐ会いたいと言っていたから、会いにきたんだよ。全部あんたの思い通りだろ?」
ありがとうございました。