128.告白3
ヴィオラ様に、はっきりと「ここにいる」と言われた以上、もう私にはどうすることもできない。
「分かりました。今日は帰ります。急にお邪魔して失礼しました」
私はそう言って、グリージョをポケットに入れた。
タミアさんが玄関に案内してくれる。
「ドアを開けると、あんたの家の前に出るから、安心しな」
「どういうことですか?」
私は意味がわからず、タミアさんに尋ねたが、タミアさんはそれには答えなかった。
仕方なく、私はドアノブを握る。でも、ふと思い立って、くるりとタミアさんのほうに向き直った。
そして、にっこり微笑んで言った。
「タミアさん、私、またここに来てもいいですか?」
「は? もう用事は済んだだろ?」
タミアさんは冷たく言うと、手のひらをしっしっと振った。
だけど、私にはタミアさんの、そんな態度は想定内だ。だって、私は前世で、こんな扱いはしょっちゅう受けていた。いや、もっと冷たい態度をされていたかもしれない。
だから、これぐらい、なんてことない。
「私、タミアさんとお話するの、最初は緊張しましたけど、話していくうちにどんどん楽しくなりました。まだ全然話し足りないですし、またお話したいです。だから、また来ますね」
タミアさんは、私の顔を呆れた顔で見ている。
それから、しぶしぶ言った。
「……勝手にすればいい……」
私はタミアさんのその言葉を聞いて、タミアさんに抱きついた。
「ありがとう! タミアさん。また来ますね」
それから、ゆっくりとタミアさんから離れると、もう一度ドアノブを握った。
ドアノブを回すと、がちゃりと音がして、ドアが開いた。
ドアの向こうへ一歩すすむと、自然にバタンとドアが閉じた。慌てて後ろを振り返ると、今開けたばかりのドアが跡形もなく消えていた。
もちろんタミアさんの姿は見えないし、声も聞こえない。
え? どうなってるの?
くるりと前を向くと、そこには自分の家があった。
◇◇◇
家に帰り、グリージョを地下に連れて行ってから、自分の部屋に入った。
もうすぐダンスの先生がこられると母が話していたが、少しの時間でもいいから、とにかく一人になりたかった。
なんだか、さっきまでのことが、夢を見ていたみたいだ。
現実離れしたことだらけで、まだ頭が混乱する。
私はグリージョみたいに小さくなって、なぜかグリージョの言葉がわかるようになって、気づけばタミアさんと話していた。
憎き魔女だったはずのタミアさんは、意外にいい人だった。
なにより、タミアさんも、私と同じ転生者だと言った。
ただし、私より100年早く転生してきた、と言った。その意味はちょっと分からないけれど、まぁ同じ転生者ということでいいや。
どことなく、私にシンパシーを感じているようだったし。
そして、ヴィオラ様は、タミアさんにわざと攫われていた。実は、ヴィオラ様自身の意志で、今タミアさんの傍にいる。王族の皆の前で、演技していたということなのだろう。だから、今は王宮に戻りたくない。
このことは、どうローランに伝えたらいいんだろう?
ぐるぐる考えていると、アンがダンスレッスンの時間だと私を呼びに来た。
アンに手伝ってもらって、レッスン着に着替え、トニー先生が待つ部屋へと入った。
今日が2回目のダンスの練習だ。
トニー先生は、前回で私のダンスの実力をしっかりと把握されたらしく、今日の練習は最初からギア全開でスタートした。
先生の熱のこもった指導に、ついていくのが必死だ。頭では先生が仰ることも分かるのだが、身体が思う通りに動かないから、同じことを何度も何度も繰り返した。
先生は、そんな私を見捨てずに、根気強く同じことを何度も教えてくれた。
そんな状況だったから、レッスンが始まると、余計なことを考える余裕など一切なかった。
そして、ようやく長い長い2時間のレッスンが終わったときには、身も心もボロボロになっていた。
レッスンの後、最後の気力を振り絞って先生を見送った。
そこまでは、かろうじて覚えている。
そこからの記憶はまるでない。
「……お嬢様。リジーお嬢様。大丈夫ですか?」
誰かが私の体を揺すっている。
ん?アンの声が聞こえる?!
アンの声に気づいて、目を開けると、私の顔を覗き込むアンの顔が見えた。
「あれ? アン。どうしたの?」
「リジーお嬢様。こんな場所で寝ていたら、風邪をひいてしまいます。お疲れでしたら、お部屋のベッドにいきましょう」
え?
アンが私の背中の下に手を入れて、ぐいと上半身を起こしてくれた。
私は自然と起き上がる。
どうやらレッスン場の床で、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。
身体の節々が痛い。
そして、なんだか寒気がする。
「ハックション」
思わずくしゃみがでた。
「まぁ、大変。急いで着替えましょう。汗で冷たくなっていますね」
アンはそう言いながら、テキパキと私を着替えさせてくれた。私の頭はまだぼーっとしている。
着替えが終わると、アンに連れられて、自分の部屋へと戻る。
どうやって歩いたのかもあまり覚えていないが、とにかく自分の部屋に戻ってきた。
そして、アンに促されるまま、ベッドに入る。
私はまたすぐに眠りに落ちた。
◇◇◇
目が覚めた時には、翌日の午後になっていた。
昨日は夕食も取らず寝続けたようだ。よっぽど疲れていたらしい。
でも、おかげで十分な睡眠が取れて、頭はスッキリしている。
その時、ビューッと強い風が吹いた。
あ、この風、知っている!
そう思った時には、目の前にシルフ様が座っていた。
「シルフ様! お元気ですか?」
私が笑顔で声をかけると、シルフ様は呆れたように言った。
「リジー、ずっと寝てたの? グリージョからお腹すいた、って連絡がノームのところにいって、ノームから私に連絡きたわよー。グリージョったら、かわいそうに、昨日の夕食も今朝の朝食も貰えてないって言うじゃない!」
あ!!
「すみません。私、昨日の夕方から今まで、ずっと寝てしまっていました……」
シルフ様の手には、グリージョがのっていた。真っ黒だけど、ぐったりしてるように見える。
「グリージョ。本当にごめんなさい。今から急いで、ご飯を持ってくるね」
ありがとうございました。