127.告白2
「そうなんですか?!」
私が驚くと、タミアさんはまたクククと笑った。
「そういう訳だから、せっかくあんたがヴィオラを迎えにきたんだが、ヴィオラを渡しはしないよ。国王が痛みに苦しむところをもっと見ていたいからね。ククク」
え?……それは困る……。ヴィオラ様を王宮へと連れ戻すのが私の役割だから……。
「タミアさん、どうしたら私がヴィオラ様を王宮へ連れ戻すことができますか?」
「どうしたらって? そんなの何をしたって無理なもんは無理だよ。諦めな!」
「そんな……。ヴィオラ様はどう思っていらっしゃるのか、せめてヴィオラ様とお話だけでもさせていただけませんか?」
私の言葉に、タミアさんはふっと態度をゆるめると、少し考えてから言った。
「そうだねぇ。ヴィオラと話ぐらいなら、いいだろう。最初から、あんたはヴィオラと話したがってたからねぇ」
そして、タミアさんは「ちょっとここで待ってな」と言い残すと、どこかへ行ってしまった。
タミアさんの姿が見えなくなると、それまで黙って私たちのやり取りを聞いていたグリージョが、小声で言った。
「ヴィオラ様を連れて帰るのは難しそうだけど、どうするの?」
グリージョは真っ黒で表情は分からないけれど、私のことをとても心配してくれているようだ。
「うーん。そうね……。確かに今日は難しいかもしれないけれど、これからも何回も足を運べばそのうちにタミアさんからOKがでるかもしれないわ。だから、これから毎日ここへ来ようかしら」
私がそう言うと、グリージョは「げげっ」と変な声を出した。
なによ、グリージョったら、その態度は。でも、たとえグリージョが嫌がっても、毎日付き合ってもらいますからね。
私は心の中でそう言って、グリージョに向かって微笑んだ。
そのとき、ドアが開く音がした。
姿勢を正してドアの方を見ると、タミアさんがヴィオラ様を連れてきた。
「ヴィオラ様。こんにちは。リジー・ハリスと申します」
私は急いで立ち上がり、ヴィオラ様にご挨拶をした。
タミアさんに連れ去られたというヴィオラ様だが、顔色も良く、とても健康そうに見える。病気という噂は完全なデマのようだ。
「リジー。こんにちは。お会いするのは、ローランとの婚約式以来かしら。……私はあなたにはとても感謝しているのよ。エミリーを救ってくれたから」
ヴィオラ様はにこやかに言った。
エミリー王女殿下を救った。
まだ女官になりたての頃に、王宮内でエミリー王女殿下が黒猫に変えられていたところを偶然私が戻せたのだが。……でも、待って。確か、エミリー王女殿下を黒猫に変えたのは、ここにいるタミアさんだったのでは?
それなのに、タミアさんとヴィオラ様は仲良しっぽいし、どういうことなんだろう?
タミアさんはヴィオラ様の育ての親で、いわばエミリー王女殿下は孫みたいなものじゃない? なんで呪いをかけたのかしら?
ええい、思い切って聞いてしまおう。
私は大きく深呼吸してから、意を決して、タミアさんにきいてみた。
「えっと……、あの……、タミアさん。エミリー王女殿下を黒猫に変えたのは、タミアさんの魔法ですよね? エミリー王女殿下はヴィオラ様のお子様なのに、どうしてそんなことをされたのですか?」
タミアさんは答えた。
「ああ、そのことかい? それは簡単なことさ。私が国王に呪いをかけた後に、エミリーが産まれたからだよ。国王に呪いをかけてから産まれたのはあの子しかいないのさ。あの子には、憎き国王の血が半分流れている。国王の血には私の呪いが含まれているんだよ。ただし、ヴィオラの血も半分流れているからね。それが影響したのかよく分からないが、まさか黒猫になるとは思わなかったねぇ」
「そういうことだったんですか……」
なるほど。
タミアさんが国王に呪いをかけた後に産まれたのが、ヴィオラ様との子供であるエミリー王女殿下だけなんだ……。
相手がヴィオラ様でなければ、もしかしたら、そのお子様にもローランたちのような死の呪いの刻印が刻まれてしまったのかもしれない。
でも、相手がヴィオラ様だったので、どういうわけか黒猫に変身してしまった、ということらしい。タミアさんの想定外だったようだ。
でも、今の話で分かった。まだ全然魔法の勉強をしていなかった私が、どうして魔女の呪いを解呪できたのかとずっと不思議に思っていたけれど、ヴィオラ様の力のおかげだったんだ。ヴィオラ様の血の力が強くて、国王陛下にかけられた呪いの成分が弱まったんだと思う。だから、あっさりと解呪できたんだ。
そう考えると、とても辻褄があう。
だって、国王陛下がヴィオラ様を側におく理由も、呪いの痛みが和らぐからだと、タミアさんが言っていたばかりだ。
ヴィオラ様の力はかなり強いんだな。
私が黙って、そんなことを考えていると、タミアさんが言った。
「何を黙っているんだい。さぁ、あんたが話したいと言ったから、ヴィオラを連れてきたんだ。私との話はこれぐらいにして、ヴィオラとさっさと話しな」
「あ、はい。すみません」
私は、ヴィオラ様に向きあった。ヴィオラ様は、にこやかに私のことを見ている。
「あの、ヴィオラ様。王宮の皆さんが心配されているのですが、王宮に戻りたいとは思われないのですか?」
私がそう聞くと、ヴィオラ様は優しい声で言った。
「そうね。皆さんが私のことを心配してくださっていることは申し訳ないと思うわ。特に、皆さんの目の前で、私がここに連れ去られたから、余計に心配させてしまっていると思うの。でも、リジーは聞いたと思うんだけど、タミアさんは私を育ててくれた母親なの。今は、国王陛下がタミアさんを殺そうと必死で探しているわ。だから、私は今はタミアさんを守りたいし、タミアさんのそばにいたいの。だって、ほかにタミアさんを守ってくれる人は、この国にはいないもの」
「ヴィオラ様……」
ヴィオラ様が今タミアさんのそばにいるのは、ヴィオラ様自身の意思だったんだ……。
私はビックリして、もうそれ以上何も言えなくなってしまった。
「リジー。私のことを心配して、迎えに来てくれて、ありがとう。でも、見ての通り、私はとても元気にしているし、国王陛下がタミアさんへの攻撃を諦めるまで、私はここにいるわ」
ありがとうございました。