109.捜索3
それまで黙って話を聞いていた母が、口を開いた。
「分かりました。そういうことでしたら、この1年間はリジーにみっちり花嫁修業をさせましょう!」
父はにやりと笑った。
「そうだな。ローラン王子殿下がリジーのために、いろいろと頑張られるのだから、リジーも負けずに花嫁修業に励むのがいいだろう」
花嫁修業か。
妃教育が中途半端だったから、ちゃんとやってみたい。だから、母の提案はありがたい。
「はい。お父様、お母様。ありがとうございます」
「リジー。ここからは、サラと二人で話をしたいから、外してくれるか?」
父にそう言われ、私は部屋を後にした。
父が母と二人で話す内容は、なんとなく想像がつく。
両親は、私に新たな婚約者をあてがおうと奔走していた。だから、いろんな縁談を受けていたと聞いている。
私はまだ一度も釣書を見たことがないけれど、こちらの生活に馴染んだ頃に話を進めるから、と言われていた。
でも、今回の国王陛下の話で、それらは全て白紙に戻った。
まさか国王陛下が、私の父に、そんなお願いをしてくれるとは考えもしなかった。
国王陛下はとてもいい人だ。
ローランや妖精が国王陛下のことを悪く言っていたので、ちょっと意地悪な人なのかと思ってた。
ちゃんとローランの言うことを受け入れて、私の父に頭を下げるなんて、すごく出来た人じゃないか。
私は、自室に戻ると、ベッドの上にゴロンと転がった。
ちょっと浮かれているのは自分で分かっていた。だって、勝手に顔がにやにやしてくる。
メイドのアンが声をかけてきた。
「リジーお嬢様、何か浮かれているように見えますけど、いいことでもあったのですか?」
私はベッドからガバッと起き上がって言った。
「アン、分かる? 私、1年間誰とも婚約しなくてよくなったの! 良かったぁ」
「お嬢様は婚約するのが嫌だったのですか?」
アンはそう言いながら、私にお茶を淹れてくれた。私はソファに移動して、お茶を一口すする。
「私は、家のために婚約しないといけない、って思ってたから、王都に戻ってきたら、お父様が持ってきた縁談は、よっぽどのことがない限り受けようとは思ってたよ」
「はい」
「でも、実はそれがプレッシャーだったのかな。今、誰とも婚約しなくていい、って言われたら、こんなにうれしいんだもん」
「なんだか、憑き物が落ちたような顔をしてますものね。よかったですね」
アンがにこにこと笑っていて、私もなんだか笑ってしまう。
「私は、やっぱりローランのことが忘れられないんだなぁ。少ししか一緒に暮らさなかったけど、あんなに素敵な人はいないよ。離れていたらそのうち好きじゃなくなるかと思ったけど、余計に好きになった気がする」
私の言葉に、アンは心配そうに聞いてきた。
「リジーお嬢様がローラン王子殿下と結婚できる道はあるのですか? それとも、リジーお嬢様は一生独身で生きていかれるおつもりなのですか?」
「アン! 実はね、ローランが私ともう一度婚約できるように、これからいろいろと頑張ってくれるみたいなの! もしそれが認められたら、私はローランと婚約できるんだって」
「まぁ、それはすごいですね! でも、ローラン王子殿下は何を頑張られるのですか?」
「さぁ、それは分からないんだけど……。でも、その気持ちがうれしいわ!」
「本当にそうですね」
アンと話をしていると、耳元でローランの声がした。
「リジー! ローランだけど、今話せる?」
「あ……。アン。ごめんなさい。ちょっと今、ひとりになりたいの。ひとりにしてくれるかしら?」
私の演技が下手だったかもしれないが、なんとかアンに部屋を出て行ってもらった。
部屋にひとりになったことを確認してから、ローランに向かって言った。
「ローラン。大丈夫。話せるよ」
「今朝、ハリス子爵が父上と話したと思うんだけど、どういう話だったか聞いた?」
「ええ、今聞いた。私はこれから1年間、誰とも婚約しないで、ローランを待つわ」
「そう! それはハリス子爵も了承してくれたんだね?」
ローランの声が弾んでいるように聞こえる。
「父も母もそれで納得しているから、問題ないわ」
「よかった。あと、魔女の捜索はどう? 進んでいる?」
「ノーム様から預かったグリージョは、本当に凄いよ。地底を捜索した様子の映像を私に見せてくれるから、何をしてきたかがよく分かるの。だから、もしグリージョがタミアさんとご対面したら、その顔を映像で撮ってくれると思うから、分かると思うわ」
「映像を見せてくれるって? それはすごい魔法だな。それなら魔女を見つけることが出来そうだ。リジー。今後の相談をしたいから、明日、王宮に来てくれないか? この後、正式に伝令をそちらに飛ばすから。その時はグリージョも連れてきてほしい。僕もその映像を見てみたい」
「分かったわ」
そして、ローランとの通話は終わった。
明日は久しぶりに王宮に行く! わぁ、緊張する……けど、すごく楽しみだ。
イザベルやステイシーは元気かな? 会うことはできるんだろうか。
バルドー女官長もお元気かしら?
王宮で女官教育や妃教育を受けていた日々が走馬灯のように思い出された。
◇◇◇
翌日、朝食を終えてしばらくすると、王宮からお迎えの使者が来た。
私は、ポケットにグリージョを忍ばせて、玄関で家族の見送りを受ける。
久しぶりの登城ということで、今日の私は気合が入っている。髪も化粧もドレスもここまで頑張ったのは、一体いつぶりだろうか? アンの腕もあって、まるで別人のような仕上がりだ。
「リジー、とても綺麗よ」
母は何度も褒めてくれた。その横で父もにこにこと微笑んでいる。
「お姉様は、領地に行かれている間に、とても綺麗になられましたわ。領地で何をされたのですか? うらやましいです」
妹もそんなことを言ってくれる。
そういえば、支度をしているとき、アンも「領地にいる間に、リジーお嬢様は綺麗になられましたね」と言ってくれた。
特に何もしていないけど、あの自然に囲まれたストレスフリーな環境が良かったのかもしれない。
皆が褒めてくれるので、とても気分がいい。
私は意気揚々と王宮の馬車に乗り込んだ。
ありがとうございました。