105.再スタート3
「ノーム、急にごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあって」
シルフ様が、そのおじいさんに向かって話す。
この方が、ノーム様か。
私は初めて会ったノーム様を前にして、緊張していた。
「あ、あの、はじめまして。私はリジー・ハリスと申します」
ノーム様にドキドキしながら自己紹介をすると、シルフ様がフォローしてくれた。
「あぁ、ノームはリジーと会うのは初めてだっけ。紹介が遅くなってごめんなさい。知っていると思うけど、リジーはウンディーネの娘よ。つい先日まで、私たちはウンディーネのところにいたんだけどね。今日、王都に戻って来たばかりなの」
ノーム様は、ふさふさの真っ白なあごひげを撫でながら言った。
「リジー。初めまして。ワシはノームだ。会えてうれしいよ。長旅で疲れたじゃろう?」
ノーム様が手を差し出してくれたので、急いで私も手を出し、握手した。その手はとても温かい。
握手をしたことで、緊張も解けた。
「さぁ、ここに座って。ワシに聞きたい話があるんじゃろ? お茶を淹れるから」
ノーム様が私とシルフ様を奥の部屋に案内してくれた。
部屋の中で真っ先に目についたのは、レンガの暖炉だ。暖炉の前に3人掛けのソファが向かい合って2つ置かれ、ソファの間には大きい木のテーブルが1つ。ソファにはタータンチェック柄のカバーがかけられていた。
シルフ様と並んでソファに腰かける。包み込まれるような座り心地に驚いた。
ノーム様がティーセットをテーブルに用意する。その動作はゆっくりとしているが無駄が無い。
みるみるうちに、お茶の準備が整う。
ティーポットから立ち上がる湯気からは、華やかでフローラルなお茶の香りがした。
3人でほっと一息つく。優しい味が疲れた体にしみる。
なんて快適な部屋なんだ。
初めて来たのにどこか懐かしい感じがして、とても居心地がいい。
私がノーム様の部屋を堪能していると、そこへ、ローランが一人でやって来た。先ほどの騎士とは別れたようだ。
ノーム様はローランの顔を見て驚いていた。
「おや? ローランまで、どうしたんだい? 今日は来客が多いなぁ。まぁ、座って」
ノーム様はローランのティーカップをキッチンへ取りに行く。ローランはノーム様を手伝いながら言った。
「僕たちは同じ用事でここへ来たんですよ。ここで待ち合わせていたんです」
「そうかそうか」
ノーム様とローランが、私たちの向かいのソファに並んで座った。ノーム様が口を開く。
「ローランはリジーと婚約しているのかい?」
ん? いきなりなんで、その質問?
そう思って、私はぎょっとした。思わずローランの顔色を見てしまう。
ローランは、冷静に首を横に振った。
「いえ。もともと僕とリジーは婚約していたんですが、残念ながら婚約不成立となってしまいました。でも、僕はまだ諦めていません。もう一度リジーと婚約したいと思っているのですが……」
ノーム様は、その言葉に身を乗り出す。
「ほう。もともと婚約していたのに不成立になったのか……。婚約破棄はよく聞くけど、それとは違うということなんだね? 一体何があったんだい?」
ローランが苦々しそうに言った。
「リジーの能力を手に入れたいと思ったエリック兄さんが、僕たちの婚約に異議を申し立てたんですよ。そうしたら、それが認められて、知らない間に不成立になり、無理やり別れさせられました」
ノーム様はローランの言葉に首を傾げた。
「おや? おかしいねぇ。エリックは別の女性と婚約したんじゃなかったかい?」
「それは……、リジーがエリック兄さんにかけられた魔女の呪いを解いてくれたので……、もうリジーのことは、どうでもよくなったみたいで……」
ローランは、私を前にしているので、少し言いにくそうに答えた。
そんなに気を遣ってくれなくても、大丈夫なんだけどな。
私は、エリック様の手のひら返しについては、今ではもう何とも思わない。
それに、私が好きなのはローランだから、エリック様がほかの方と婚約されたのは喜ばしいことだ。
ノーム様は、ローランの話に「うん、うん」と頷きながら言った。
「そういうことかい。よく分かったよ。……それで、今日皆が揃って、ワシに聞きたいことというのは何なんだい? ローランとリジーが婚約できるように協力すればいいのかね?」
ノーム様の言葉に、今まで私の隣りで気持ちよさそうに寝ていたシルフ様が、むくりと起き出した。
なぁんだ。寝ていたと思ったけど、ちゃんと話を聞いてたのか。寝てるふりをしていただけなのかな?
そう思うと、思わずクスリと笑ってしまう。
シルフ様は、ニヤニヤしている私のことはお構いなしに、ノーム様に聞いた。
「ノームに聞きたいことなんだけどね。最近、国王が何か変わった動きを見せていない?」
「うん? 国王かい? どうして、そんなことを聞きたいんじゃ?」
「ついに、タミアが動きを見せたのよ。長い間じっとしていたのに……」
シルフ様はそう言うと、お茶を飲んだ。
ノーム様は「ほほう」と言いながら、あごひげを触っている。
それから、おもむろに話し出した。
「国王は、今、必死にタミアの行方を追っているんじゃよ。まだ見つけられていないようだがね」
ノーム様はそこまで話すと、お茶を一口すする。それから、皆の顔を見回して、続けた。
「王族にかけられていたタミアの呪いのうち、王子・王女にかけられていたものは全て解けた。後は、国王本人にかけられた呪いだけじゃ。国王は自分にかけられた呪いを解くために、タミアの行方を捜しているんじゃよ。……実は、国王にかけられた呪いは、タミアが死ぬまで解くことができないんじゃ」
その言葉に、私が聞いた。
「それなら、国王陛下はずっとタミアさんのことを探していたんじゃないのですか?」
ノーム様は答えた。
「うん、そうじゃなぁ。探していたかもしれないが、今ほど真剣ではなかった。今までは、タミアが死ぬと、国王以外の王族が皆同時に死ぬ呪いもかけられていたから、タミアを死なせるわけにはいかなかったんじゃよ。だから、どちらかというと、タミアを保護するために探していた。でも、その呪いは解けたからなぁ。今度はタミアを殺すために、行方を追っているのじゃ」
ありがとうございました。