104.再スタート2
「シルフ様! どうしたんですか?」
驚いて変な声が出てしまった。
ローランは私のことを守ろうとしてくれたようだ。私をかばうように立っている。
「そんな怖い顔しないでよ。ちょっとリジーのことを見に来ただけじゃない? 無事に着いたかな、と思って」
シルフ様は、平然としている。
王都でシルフ様の姿を見るのは変な感じだ。
「あの、お茶を淹れますね」
私は、部屋の外で待機しているアンに声をかけた。
アンはシルフ様を見て驚いていたが、何も言わずに手際よく用意をして、部屋から出て行った。
いつの間に来客が増えたのかと思ったはずだが、何も言わないのはさすがだ。
シルフ様は優雅にお茶を飲むと、口を開いた。
「ローランがいるなら、ちょうどよかったわ。リジーの元気な様子を見に来たついでに、二人に忠告をしようと思ってたのよ」
「忠告ですか?」
「そう」
シルフ様はソファから身を乗り出すと、ローランの目をじっと見て言った。
「ローラン、タミアが動くわよ」
ローランは「なっ」と小さな声を上げていたが、私がシルフ様にきいた。
「えっと、タミアさんって、ハミアさんの双子のお姉様のことですか?」
「そう」
「ということは、ローランに呪いをかけた魔女、ですよね?」
「そうよ」
ローランは険しい顔のままずっと黙っていたが、ついに口を開いた。
「動くって、どういうことですか?」
シルフ様は少しもったいぶって、答えた。
「さあね。あなたのお父様がちょっかいをかけたんじゃない? 何かきいてないの?」
ローランは少し考える素振りをしてから言った。
「特に、何も聞いていないです」
「そう」
シルフ様はそう言うと口を噤んだ。
しばらく沈黙が続く。
ローランはずっと何かを考えているようだった。
私も、シルフ様が言った「タミアさんが動く」の意味を考えてみたが、検討がつかない。
一体、タミアさんは何をしようとしているのだろう。
そうぼんやり考えていると、シルフ様が目の前のティーカップを飲み干して、立ち上がった。
「それじゃ、私は行くわ。リジーの元気な様子をウンディーネたちにも報告しないといけないし」
私も慌てて立ち上がって、シルフ様に言う。
「シルフ様、ちょっと待ってください。そんな忠告されても、私はどうしたらいいんですか? 何か怖いことが起こったりするのでしょうか? せめてタミアさんが、どう動くのかだけでも教えてください」
「リジーの言うことも分かるけど、私もこれ以上のことは分からないのよ。ごめんね。教えてあげられなくて。……何が起こっているのかは、ローランのお父さんに訊くのが一番いいとは思うんだけどね」
シルフ様はそう言うとローランの顔を見た。私もローランの顔を見る。
「僕が父上に訊いても、父上は何も答えてくれないよ。僕は父上が何を企んでいるのか、全く聞かされていないし、何も分からない」
ローランは吐き捨てるように言った。
私はローランの答えをきいて、もう一度シルフ様を見た。ローランもシルフ様をじっと見ている。
シルフ様は、私とローランの視線に、観念したように言った。
「もう、分かったわよ。どうやら余計な事を私が言っちゃったみたいね。仕方ないから、もう少しだけ協力するわ。私もタミアが何をしようとしているのかは知らないんだけど、ノームなら何か知っているかもしれないから、ノームのところへ行ってみる?」
シルフ様が言ったのは、王宮の地下に住んでいるという土の妖精のノーム様のことだ。
私はまだお会いしたことがないけど、魔導士様やロジェからよくその名前は聞いていた。
「ノーム様にお会いしてみたいです」
私がそう言うと、シルフ様は言った。
「行くんだったら今から行くけど、リジーの予定は大丈夫なの?」
私のこの後の予定は……と考えていると、ローランが言った。
「ノームのところへは僕も行く。ただ、僕は騎士を待たせているから、今から騎士と王宮に戻る。後で、ノームの家で落ち合おう」
「うん。分かった」
私はローランに頷くと、シルフ様に言った。
「シルフ様。それでは、私をノーム様のところへ連れて行ってください。でも、その前に、ローランを見送りたいのと、家族に出かけることを伝えてきますので、少し待っていただけますか?」
そして、シルフ様にはソファにもう一度座ってもらう。アンに、お茶のおかわりをお願いした。
私は、両親に、ローランが帰ることを伝える。
ローランは両親と別れの挨拶した後、部屋の外で待機していた騎士を連れて王宮に帰って行った。
私はローランを見送った後、両親に外出の許可をもらう。
アンが、応接室にいるシルフ様のことを事前に両親に報告していたので、私も両親にシルフ様を紹介した。
「お父様、お母様。いつも私がお世話になっているシルフ様です。少し一緒に外出してきます」
両親は、シルフ様を見ても、どこの家の令嬢か判断がつかず、とまどいを見せた。でも、直接たずねるのは失礼にあたるので、聞いてこなかった。ただ、身に着けている衣服の生地が上質なシルク素材だということはすぐに分かったようで、シルフ様を身分が高い家柄だと判断したようだった。
実際、シルフ様は世界に四人しかいない妖精なので、人間とは比べ物にならない凄い方なのだけど、そんなことは両親には言えない。
私が黙っていると、「気をつけて行ってきなさい」とすんなり外出を許可してくれた。
私とシルフ様は、家族に見送られて屋敷を出る。
しばらく二人で並んで歩き、人影のない路地裏に入った。
そこで、シルフ様がびゅっと風を起こした。
みるみる風の渦の中に入る。
真っ白で何も見えない。
しばらくすると視界がゆっくりと開け、見慣れない部屋が見えた。
私とシルフ様はその部屋の中に移動したようだ。
素朴な土でできた部屋はドーム状となっており、ドームのてっぺんから自然光が射し込んでいて、部屋全体が明るい。よく見ると、土壁も白く塗られているようだ。
目が慣れてきて部屋を見回すと、おとぎ話にでてくるような可愛いインテリアに、自然と笑顔になる。
「シルフ、一体どうしたんだ?」
どこからか男性の声がした。
声がした方を見ると、白いあごひげを蓄えたおじいさんが立っていた。
ありがとうございました。