103.再スタート
3日間馬車に揺られて、王都に帰って来た。
王都に戻ってきたのは、約8ヶ月ぶりだ。そんなに長い間離れていたわけでもないのに、多くの通行人が行き交う街の活気に、圧倒される。
馬車が屋敷の前で止まる。
見慣れた我が家だ。
執事のトーマスが迎えてくれる。
馬車を降りてトーマスの顔を見た時、懐かしいという気持ちより「よし、やってやるぞ」という気持ちになった。
これからどうなるかは分からないけど、とにかく、ローランの近くにはやって来た。
会いたいと思えば、物理的には会える距離だ。
それだけでも、自分が前へ進んだような気がした。
自分の部屋に入る。
8ヶ月前に離れた時と変わらないが、ずっと清掃してくれていたのだろう。とても清潔に保たれている。
ベッドの上で、ごろんと横になる。
ずっと馬車に揺られて疲れてしまった。
天井を見上げて、ぼうっとしていると、耳元からローランの声が聞こえた。ローランからの通信が入ったのだ。
「リジー、聞こえる? ローランだけど」
「うん、聞こえるよ」
起き上がって、ベッドの上に腰かける。
「リジーは今どこ? 王都に着いた?」
「うん、さっき着いたところ。これから荷物を片付けて、落ち着いたら連絡しようと思ってた」
「そう。無事でよかった。おかえり。王都へ。……あのさ。リジー。この後、伝令がリジーの屋敷に向かうんだけど、父上がハリス子爵と話をするようだ」
「国王陛下が私の父と?」
「そうだ。僕たちの婚約に関して話をすると言っていた。だから、その前に、僕はハリス子爵と話をしたいんだけど、この後、ハリス子爵はご在宅だろうか?」
「父もさっき、一緒に王都に戻って来たばかりだから、今日は特に予定は無いはず。屋敷でゆっくりするはずよ」
「そう。それなら、あと1時間後に、そちらに伺うと伝えてくれないか」
「わかったわ」
そして、ローランは通信を切った。私は急いでベッドから立ち上がり、両手で両頬をパンパンと叩いて気合を入れる。
長旅の疲れでぼうっとしていたが、ゆっくりしている場合ではない。
私は自室を出て、応接室にいる父のもとへ向かう。
応接室では、父と母と妹がお茶をしていた。3人は和やかに会話を楽しんでいたようだが、私が入ると、会話を止めて一斉に私のことを見た。
私は父に向かって口を開く。
「お話し中、すみません。お父様。ローラン王子殿下がお父様とお話したいそうで、あと1時間くらいしたら、うちへ来られるそうです」
父にそう伝えると、母と妹のほうが大袈裟に「どうして?」と驚いた。
でも、父は落ち着いて私に言った。
「わかったよ。あと1時間か。それじゃ、すぐに用意しよう」
そして立ち上がって、私の頭にポンと手を置いた。
「リジー。心配しなくても大丈夫だ。悪いようにはしないよ」
そう言ってから父はトーマスを呼ぶと、応接室を出て自室へと戻って行った。
それから、きっちり1時間後に、ローランが我が家へやって来た。付き添いは騎士1名だけだ。
ローランは父と二人きりで話がしたい、と告げ、父と二人で応接室に入って行った。
中でどんな内容が話されているのか分からない。
私はやきもきしながら、自室で過ごした。
部屋の中で、じっとしていられなくて、うろうろしながら2人の会話が終わるのを待つ。
小一時間が過ぎた後、アンが私を呼びにきた。
「ローラン王子殿下がリジーお嬢様とお話をされたいそうです」
「お父様とのお話は終わったの?」
「はい、終わられました」
私はすぐに自分の部屋を出て、応接室へ小走りで向かう。
応接室の扉を開けると、逞しく日焼けをしたローランがいた。
少し会わなかっただけなのに、以前より精悍になっている。
「ローラン」
私が駆け寄ると、ローランがぎゅっと抱き締めてくれた。
ローランに包まれると、長旅の疲れが一気に吹き飛ぶ。
「ローラン。随分日焼けしたね? 少し痩せた?」
私はローランの頬を撫でながら言った。ローランは私の背中に手を回した手を少し緩めて、私の顔を見ながら言う。
「そうだね。戦争でずっと外にいたからね。日焼けしちゃったな」
「日焼けしてるローランもかっこいいね」
私はもう一度ローランの胸に顔を埋め、ローランを堪能する。大好きなローランの香りがする。
しばらくそのままでいたが、ふと、なぜか視線が気になった。
ローランに抱きついたまま顔を上げて目線を動かすと、アンがティーポットを手に、じっとこちらを見ていることに気付いた。
あ、アンがいたんだ。見られてた……。
私は恥ずかしくなって、ローランから慌てて離れる。さすがに、私も人前で抱きつくのは恥ずかしすぎる。
アンは気まずそうに、お茶を淹れてくれた。
私たちはソファに並んで座る。ローランが口を開いた。
「ハリス子爵に、僕がリジーと結婚したいと思っていることをお話ししたよ。それに対して、父上が反対していることもね」
「ローラン、ありがとう。父はなんて?」
「ハリス子爵は『リジーの意思を尊重してあげたいと思っているが、国王が反対するなら難しいだろう』と言っていた。でも、僕は、いくら父上が反対しても諦めない、と伝えたよ。……今日は、僕の意思をハリス子爵に分かってもらうために来たんだ。ハリス子爵が疲れていることは分かっていたけど、今日しか話す機会がないからね。申し訳ないけど、僕の言い分を聞いてもらったよ」
「今日しか話す機会がないって、どういうこと?」
「父上が明朝、ハリス子爵を王宮に呼んでいる。先程、僕たちが話している最中に、伝令が来たよ。父上は一体、何を話すんだろうな。僕は父上の考えが分からない」
ふうん。国王陛下は帰ってきて早々、父に何の用だろうか。
私とローランの話はそんなに急ぐ話でも無いから、もしかしたら全く違う話なのかもしれない。
きっとローランも薄々そう思っているんじゃないかと思う。
それでも、ローランが、私の父に、私と婚約したいと言ってくれたのは、嬉しかった。
その時、ビュッと風が吹いた。
部屋の中なのに、この強風。
前にも吹いたことがある。
視界が開けると、目の前のソファにシルフ様が座っていた。
「あら、ローランもいるの? 久しぶりね」
ありがとうございました。




