1.初日
初めて投稿します。
設定等いろいろ甘いかと思いますがどうぞお許しいただき、あたたかく見守っていただけたらうれしいです。
「あー……。なんでこうなったんだろ。」
私は43歳の平凡な主婦。
夫と、20歳と18歳の二人の子供と暮らしている。
夫も子供たちも、私のことを奴隷か召使いと勘違いしているようで、いつも私に偉そうに命令ばかりしている。いまさら反論したところで丸め込まれるのは分かり切っているから、もう何も言わず、ただ黙って従う日々。
「はい」「わかった」「ごめんなさい」ーーーほぼ毎日、この3つの言葉だけで生きている。
子供の頃に思い描いていた自分とは、全然違う今の自分。
でも、今の暮らしに不満があるのかといえば、はっきりとした不満があるわけではない。
なんとなく満たされないけれど、いまさら何をどう変えればいいというのか。
離婚?夫のことは好きではないが、嫌いでもない。もう何も思わない。それこそ、いまさらだ。いまさら離婚しても、どうやって生きていけばいいのか分からない。40歳を過ぎた私が、フルタイムで今から就職できるのだろうか。
結局、このまま毎日平凡に生きていくのが一番いいに決まっている。
買い物を済ませ、ひとり物思いにふけりながら帰り道を急ぐ。
思いのほか、考え事に集中していたようだ。いつの間にか歩道ではなく車道を歩いていたことに気づいた。
「うわ、あぶない。」
急いで歩道に戻ろうとしたとき、後方から近づく軽トラックが見えてバランスを崩し、軽トラックにぶつかった拍子に意識を失った。
◇◇◇
「うーーん……よく寝た……」
ベッドの上で大きく伸びをする。
ベッドの横に控えていたメイド服の女性が私に声をかける。
「リジーお嬢様、おはようございます」
「おはよう」
反射的に挨拶して、はたと気づいた。
なんだろ?さっきのリアルな夢……。
いや、夢じゃない。
あ、私死んだんだ。
あれ?待って?
ーーーーーー
思考が混乱する。リアルすぎる夢は、夢だったのか。違う。あれは前世の私だ。
でも、なんで今頃急に思い出したんだろ?
昨日までは覚えていなかったのに……。
私の名前は、リジー・ハリス。15歳。
父親は子爵で、家族は母と兄と妹がいる。先ほどのメイドの名前はアン。
私が今生きているこの国の名は、ナディエディータ王国。
通常この国では伯爵以下の貴族の娘が王宮に女官務めをすることになっており、私は今日が王宮の女官デビューの日だった。
よりによって、そんな大切な日の朝に前世の記憶を思い出すなんて。
いまだ今世の記憶と前世の記憶が頭の中で混濁していて、何がなんだかわからない。
「お嬢様、なんだかご様子がおかしいですけど、大丈夫ですか?ご気分でも悪いのですか?」
視線が定まらず、いまだベッドから起き上がろうとしない私の様子を見て、気遣わしげにメイドが話しかける。
「ありがとう。なんか、ちょっと気分がすぐれなくて」
「今日から王宮に上がられるのです。不安になるのも当然です。まだ時間には余裕がありますので、もう少しお休みになられてはいかがですか?」
「そうね、そうするわ」
私はもう一度目を瞑り、大きくひとつ息を吐いた。とにかく頭を整理したかった。
今の私が誰で、前世は何だったのか?
15歳の未熟な心に、急にアラフォーの精神が混ざってきて、頭がパンクしていた。
前世の40年近くの記憶が一気に脳を駆け巡り……、そして、私は考えることを放棄した。
「もう、考えても仕方ない。なるようにしかならない。今日は王宮に上がる初日。そちらのほうが大事だから。突然やってきた前世の記憶のことはいったん忘れよう」
そう呟いて、「よし」と覚悟を決めベッドから起き上がり、側に控えていたアンに声をかけた。
「アン、もう気分は大丈夫だから。……やっぱりちょっと緊張してるのかも」
アンに手伝ってもらいながら朝の準備を済ませ、いつものように家族と一緒に朝食をとる。
普段と何も変わらない風景に、心が徐々に落ち着いてくるのを感じた。
温かいスープが、私の元気を取り戻す。
「リジーは今日から王宮仕えなんだから、しっかりご飯を食べなさい」
いつもの口調で母が言う。
「でも、お姉様の体調がよくないって、先ほどアンが……」
心配してくれた妹のクレアが私をかばう。
「もう大丈夫。ありがとう、クレア。……ちょっと不安だったから」
私はにっこり微笑んで、パンを口に放り込んだ。
食事を終えると、私の気分はすっかり回復していた。
ただし、昨日までの子爵令嬢の精神よりも、先ほど思い出したばかりのアラフォーの精神のほうが強いみたいで、なんとなく性格も変わったようだ。
私自身おとなしい控えめな性格だったと自覚しているし、前世も言われっぱなしで言いたいことの半分も言えない気弱な性格だったと思うのだが、何の因果か、せっかく人生やり直す機会がもらえているんだから、思い切ってやり直したい気持ちになっていた。
前世の私は、常に周囲の人間に気を遣い、相手の感情が気になってビクビクしていたが、そんな自分に実は辟易していた。
まだ15歳だし、このやり直し人生で、前世のような思いをするのなんてまっぴらだ。
思い切って自分の道を進んでやる。
人生がやり直せるなんて普通はあり得ないのに、本当にラッキーだったな。
気付けば、意気揚々と王宮行きの馬車に乗り込んでいた。
ありがとうございました。