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剣によって滅ぶ者達


薄暗い迷路の中、淡い光を放つレンガ造りの通路にヤツはいた。


彼の眼前に写るその名はゴブリン。そう一般的に呼ばれている。ダンジョンから発生するモンスターの中でスライムと並び最もポピュラーとされる存在だ。


子供ほどの背丈、細身ながら筋肉質で、小さくも鋭い牙と爪は獲物捕え、その肉を切り裂くのに適している――それを彼は知っていた。


といってもこのような有名なモンスターの情報は冒険者でなくともテレビやネットを通して広く行き渡っているものであるが、少なくともテレビもネットもないような、貧しく余裕のない小さな孤児院で育った彼にとって、そのようなモンスターの情報を知るのは限られた人伝に頼らざるを得ない。しかし彼はそれを知っていた。


幾千の悲鳴を消し去るあの悪魔のような笑い声も、血が滴る牙も、命を刈り取る鉤爪も、目の前を格子のように覆いふさぐ、自身の両手の隙間から見えた、慣れ親しんだあの首を…彼は全てを知っていたのだ。


「来い…殺してやる」


自身の両目に切り裂くような痒みが走る。

気付けば彼の肩は上がり、息は途切れ、右手に握る両刃の剣に力が籠る。


彼は左足を前にかがんだような姿勢を見せ、円盾を巻き付けた左腕を前に、右腕は後ろに引いて剣先をゴブリンに向けた。


そしてそれを合図にゴブリンは雄叫びを上げながら彼に向かって走りだした。


耳障りの悪い、枯れた様な声が通路に響く。


そしてそれと同時に獲物の首に狙いを定めたゴブリン鉤爪が襲った。


宙を舞い、邪魔な盾の反対側、左からの素早い攻撃。


しかしゴブリンの攻撃は彼に届かない。

腕に巻き付けた円盾によりゴブリンの鉤爪は防がれる。


鋭利な鉤爪は革を張った木製の盾に食い込む。宙に浮いたゴブリンの身体がゆっくりと落ちてゆく。驚いたような奴の顔を彼の瞳孔は捉えた――。


――そして、右に待機していた腕が鞭のように走った。


続いて流れる様に彼の前蹴りがゴブリンの腹を襲う。

ゴブリンは彼の持っていた両刃の剣によって、叩き割る様に肩の骨を切断されたのだ。


しかしあまりの痛みに叫び声を発するよりも早く、続く彼の前蹴りによってゴブリンは吹き飛ばされた。


「gyobayaa⁉」


地面に横たわって悲鳴を上げるゴブリンの姿は、まるで地に打ち上げられた魚のように思える。

そんな見苦しい奴の姿に彼は軽く鼻で笑った。


「どうだ…痛いか」


彼のぐぐもる問いかけにゴブリンはただジタバタと悶えるばかり。

当然だ。自身の言葉などこの化け物には理解できないのだから。そんなことは言わずとも彼だって理解していた。しかし彼は聞くことを止めれなかったのだ。


奴の苦しむ姿を見ればこの鬱憤も晴らされると思った。だがそれは敵わなかった。期待したような劇的な歓喜の波は訪れず、ただ彼の心に宿るのは純粋な怒り――そして胸が張り裂けるような苦しみだけであった。


だから彼は笑う。この胸の苦しみを掻き消すために。

どこから出てるのかも分からない、自分の狂気じみた笑い声を聞きながら、地面に転んだゴブリンの身体を踏みつけ、何度も、何度も剣を突き刺していく。

ただ心臓と首は狙わなかった。簡単に死んでもらっては困るからだ。これが彼に残された唯一の理性であった。


「どうだっ……痛いか⁉腕を突き刺すのは⁉⁉指を切り落とすのは⁉口を切り裂くのは⁉ハラワタを引きずり出すのは……痛いか⁉俺は……俺は痛かった…痛かったぞ!!」


傷口から吹き出したゴブリンの血が彼の全身を汚していく。吐き気を催すような臭いが鼻に突き刺さる。



いつしか彼の笑い声も、悶えるようなゴブリンのうめき声も消え失せていた。

それでも彼は剣でゴブリンを突き刺すのを止めない。


するとゴブリンの身体に突如として光が帯び始めた。急所は外していたものの、無数の傷口からの大量失血がゴブリンの命を奪ったのだろう。


しだいにゴブリンの身体は地面に吸い込まれるように消えていき、そこには淀んだ紫色の小石だけが残されていた。


一切の抵抗感を失った足裏に、彼は持ち上げた左足を地面に落とす。


「化け物でも血は人と変わらんか…」


そう鯉川は呟いた。

彼は血の滴る剣を振り下げ、腰バックから取り出した布きれで血脂を吹いていく。

そして剣を納め、地上へと戻るために体を逆にして歩き出した。



こうして鯉川の初めての冒険者ライフは終わりを迎えた。




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