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弱者


――ずっと…ずっと憎かった。



金持ちが憎かった。



アイツ等は美味いもんたらふく食えるのに、自分は貧乏だったから。物心覚えた時から家畜小屋みてぇな汚い場所で、水もまともに飲めない生活だった。



持たざる者と、持つ者…そんな社会が憎かった。



そんな残酷な世界で生き抜くには自分は余りにも非力だから。



強者が憎かった。



こわいんだ。

自分の力が及ばない場所から一方的に傷つけてくるから。



自分からモノを奪う奴が憎かった。



奪われるたびに自分の弱さを知るから。



暖かく…幸せな家庭で……優しい父母に育てられた子が憎かった。



自分は冷たい畳の上で、毎日のように父に殴られているのに……。



弱い自分が憎かった。



なにも…何一つも守れなかったからっ……!!







「……なんだ」



懐かしい夢を見た。まだ幼い頃に父としたキャッチボールの記憶。


しかしそれはすぐに消えた。一瞬の寂しさを覚えつつ、だがそれで良かったと彼はほっとする。なにせ夢の記憶を無理に思い返そうとすれば、蘇ってくるのは大抵ろくな記憶ではなかったからだ。


それであれば全て消えてなくなってしまえばいい。少なくとも歳を追うごとに薄暗くなっていく父の記憶に、彼は安心感に似た感情を抱いていた。


そしてそんな事を考えている内に、彼は先程から自分の耳元で騒ぎ立てる存在のありかに気付いた。


「うるせぇなぁ…」


朝方から元気に律動する蝉の鳴き声に彼はかるい悪態をついた。彼は彼らがなぜ鳴くのか、その理由を知っていたからだ。


「なにをそんなに…急いでんだよ……」


これで何度目だろうか。

すでに答えに辿り着いたはずの問いを彼はまた繰り返した。


重たい腕でカーテンを引きはがす。

眩しい火の光が彼の視界をオレンジ色に染めた。



彼はこそばゆい鼻先を指でこすりながら、外の景色を眺める。



「飯…食わねぇと……」



弱き者の孤独な一日が――また始まった。




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