第1話 壊れた日常
「10年……か」
「何が10年なの?」
「……いたのか、水奈」
そんな素っ気ない言葉を返した紅蓮は、初夏の東京──高校の教室にいた。あれから、長いようで短かった10年が過ぎたが、割と『普通』な生活をしている。
今は高校二年生だが、それでも魔法の事を話した時は驚かれた──魔法が使えるということを話しただけで、他は言っていないのだが。他に言った事は、ラノベやゲーム(特に音ゲー)に興味を持っているのと、目立ちたくないという事ぐらいか。流石にこの力の詳細は秘匿したいため、関わりは出来るだけ持ちたくないのだ。
ちなみに、その趣味のおかげでいい感じに孤立している──と思っていた紅蓮だが、実は意外と注目を浴びていたりする。理由は──
「もー。そんな事言われると傷ついちゃうよ?」
紅蓮の隣で笑っている、ショートヘアの自称紅蓮の親友、仲原 水奈である。彼女は、一見してもかなり容姿が整っており、快活な性格もあって、クラスどころか学校で一位二位を争う人気度なのだ。そんな彼女と一緒にいれば、当然注目は集まる。かといって素直な、やましさも何も無い好意を拒む訳にもいかないので、なぁなぁで今の関係──水奈が自称親友と豪語するようになっているのである。
一応、今年と去年どちらも同じクラスになっており、彼女でも親友でも無いが、紅蓮が去年クリボッチを回避できた要因でもある。1人でケーキを食べる虚しさはとてつもない事を紅蓮は知っているので、死ぬほど感謝を言った記憶が蘇る。
(……くっ、心の古傷がっ)
「……何で紅蓮君が傷ついたような顔をしてるの?」
「……うるさい。少し2年前の事を思い出していただけだ」
そう、中学では趣味を強く出しすぎたせいでクラスから「あれ?こいついたっけ」みたいな存在になり、なおかつ2年前に開かれた「中学卒業おめでとうの会」という会に、俺は呼ばれなかったのだ。あの時は泣きかけた。というかちょっと泣いた。なので、孤立は望んでも決してボッチになろうとはしていないのである。
水奈にもこの話をしたことはあったので、少し渋めの顔を彼女はしていた。普通にしていれば可愛いので、罪悪感が沸いてくる。
「それでさ、紅蓮君って、異世界って興味ある?」
「……?」
「どうなのどうなの?」
楽しそうにしている辺り、それが本題だったのだろうが──異世界と水奈が言った瞬間に、教室中に違和感を感じたのが、すぐに消えた。
ちなみに、なぜ水奈が『異世界』などという言葉を知っているかというと──大体の原因は紅蓮だったりする。なにかと彼のやっている事に興味を持つのだ。ラノベにはまっていたりもする。
とりあえず、水奈がとても聞きたそうにしているので質問には答える紅蓮。
「まあ……異世界に興味は──!?」
「!? 何この光──魔法陣!?」
その時急に、教室中に光が──魔法陣が出現した。よくある異世界転移などであるやつだ。まあ、この状況で魔法陣が即座に出てくる辺り、水奈は相当俺に毒されているようだが──ではなくて。確かにこれは魔法陣なのだが、教室中に広がっているし、何よりこの魔力の流れ方と魔法文字の配置は──
「転移魔法……!?」
転移魔法は、文字通りどこかに転移するための魔法なのだが──行き先が全く読めない。今まで見たことも無い文字なのだ。しかも発動までおよそ2秒で、今教室にいるのは30名余り──多すぎる。しかも、時間の流れ方に関わらず動作するようになっており、例え時を止めても全員を逃がす事はできない。ならば魔法を妨害すれば──
「──駄目だ」
この短時間で転移魔法の脆い部分を探せと言われても無理だ。それに転移魔法は特別複雑な魔法なのに、適当に魔力を乱したりなんかしたらどこに跳ぶかわからない。
「……全員、身構えろ!跳ぶぞ!」
内心で自分の力不足を嘆きながら、魔力と光の渦に呑まれていった──
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「大丈夫か……?」
「う、うん……皆、無事みたい」
「──てっ、水奈!?」
「何──あ」
皆が無事な事に安堵しつつ、体の感覚が戻ってくると──なんと水奈が俺に抱きついていた。どこでフラグが立ったなどと馬鹿みたいな事を考えつつ皆を見ていると、紅蓮の脳裏に閃く物があった。
何をされたか分からなかったら、これを使え、と自分に言っていたセリフ。もちろん、そんなセリフを忘れる訳が無い!あの──
「あ…ありのまま、今、起こった事を話すぜ!俺は、高校の教室で休んでいたら、いつの間にか転移していた。な…、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も、どんな魔法を使われたのかわからなかった…」
「ぐ、紅蓮君?」
──ポルナレ○様のセリフなのだから!
と、(恐らく)異世界に来た事ではしゃいでる紅蓮に、1人が向かってきて──
「命夜!テメェ何しやがった!」
「まあ、皆無事みたい──は?」
開口一番とんでもない事を言われて思わず腑抜けた声が出てしまったが、俺は何もやっていない。ちなみに彼はクラス一の暴君と名高い坂本 龍馬である。両親が武将好きだとかなんとか。
とりあえず違うと言い張りたい紅蓮だが、そんな俺の声を遮るように、しわがれた老人の声が聞こえてきた。
「皆様!勇者様達が来られましたぞ!」
この日俺達は、今までの中で最も混乱することとなった。
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俺達は、現在進行形でもてなされていた。会合みたいな物なのだが、出されてくる料理にちょくちょくゲテモノが混じっている。例えば今出ている、虫が入っている青いカレーのような何かだ。普通に美味しいので文句は言わないが。
ちなみに先ほど声を出した老人は、30代と思われるトップらしき人物に叱られていた──とその時、件のトップらしき人物が口を開いた。
「さて、勇者様達。ここがどこか、我々が何を望んであなた達を召喚したのか、今から話しましょう」
既に会合が始まって15分は経っているので、俺からしたら「やっとか」と思うのだが、一部には否定的な反応を示す者もいる。主に男子が。
「……ここは、リヴェール大陸のシースルー王国です。また、勇者様達がいた世界は、この世界とは別の世界と聞いております。私は、シースルー王国の王を務めている、ロード=エルドア=シースルーでございます」
ロード国王が言い終わった直後、龍馬がこちらに視線を向けて、とんでもないことを言った。
「異世界?命夜は何をしたんだよ」
「……」
「はっ。何も言えねぇのかよテメェ」
「……」
「……おい、いい加減喋れよ」
「……」
「いい加減喋れやテメェ!」
「駄目だよ龍馬君!」
こういう奴には無視を決め込むのが一番だと思っているの紅蓮だが、何故か水奈は毎回反応してしまう。
「オイ!命夜!」
「龍馬君!」
「──黙れ」
「「っっ」」
流石にイラついたので満面の笑みと一緒にとっておきの魔力の渦をお見まいしてやった。水奈にも当たったようだが、今回は自業自得だ、と思っておく。
一応、担任の京寺 優璃先生も一緒に来ているのだが、まだ混乱しているのかおろおろしている。他のクラスメートも似たような感じだ。仕方ないと、紅蓮自らが代表して話を促す。
「続きをどうぞ」
「え、ええ…」
こうして、ロード国王の説明が始まった。その内容は、以下のようなものだった。
・リヴェール大陸には、人間族、魔人族、鬼族、精霊族、亜人族の5つの種族があること。
・この5つの種族は、今まで持ちつ持たれつで友好的にやっていたこと。
・その中で、一部の魔人族が不穏な動きをしていたこと。
・つい先月、魔王国というものができ、他の種族に対し、武力行使を始めたこと。
・そして、被害が大きくなる前に、俺達勇者に助けを求めたこと。
「……もう少し自分で何とかしろよ」
「そうですよ!それに、子供達を戦地に行かせるなんてできません!」
思わず紅蓮はそう言ってしまったが、仕方ないだろう。何せ、被害がまだ大きくなっていないのなら、ここの人達でも解決できるはずだ。周りのクラスメートからも同意の声があがる。
あと、優璃先生が何か言っているが、一部のクラスメートはこの戦いに一応乗り気っぽいのだ。なので、とりあえず話を進める。
「いえ、どうやら魔王国は自軍を相当強化しているようでして……。対抗できるのは勇者様達しかいないということで、こうして呼ばせていただきました」
「命夜、何をしたんだ?おい」
「なら、数は魔王国の方に分があるだろうからこちらは質で勝負したほうが良いかもな」
「……そう言うことを期待して、あるものを用意させていただきました。ソウルカードを」
ロード国王に言われて衛兵が持ってきたのは、銀色の金属製の板だった──ただの板ではなく、魔力が込められていたが。
あと、龍馬はうるさいのでこちらも無視する。ロード国王もその方針のようだ。
「これはソウルカード。自身の力量を測定し、表してくれる物です。勇者様には毎回、『神からの贈り物』と呼ばれるスキルが与えられると聞いております」
「ん?毎回?」
「ええ。数百年前に、大陸が危機に陥りましてね。その時に数名召喚させてもらったのですが、全員が規格外の能力とスキルを持っていたそうです」
龍馬は諦めたのか何も言ってこない。それよりも、能力とスキルは少し──かなり不安だ。聞いたところ、この世界では魔法はそんなに発達していないようだし、よくある勇者補正とか無くても俺は壊れている気がする──と、自らの魔法に恐怖する紅蓮。
また、人間族の平均はソウルカードで全て100程度で、それらは10上がっただけでも割と違うらしい。150もあればめっけもんという情報も相まって、紅蓮の恐怖に拍車がかかる。
「ま、まあ、計るか」
計り方は、自分の体液を使うらしいが、俺は血を使った。そうして出た計測結果は──
「……は?」
紅蓮を更に戸惑わさせるには十分だった。
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