エルフルスイング
私は未だ自分は戦闘に参加しないボスコボルトを狙い、近くに落ちていた瓦礫を戦斧で叩き飛ばしました。
粉砕され小さな礫となった瓦礫が、ボスコボルトの頭部側面に当たりました。
燃えるように真っ赤な目がゆっくりと私を睨みつけます。
残念ながらダメージはまったくなさそうです。
「ヴオオオオォォォンンンッ!」
ボスコボルトは威嚇するように私に向かって咆哮すると、地響きを立てながら迫ってきました。
そのまま飛び掛かるように剛腕が振り下ろされます。
私は咄嗟に後方に飛び退きました。
地面に叩き付けられた拳が大量の砂埃を巻き上げました。
ボスコボルトの獲物は、その太い腕に装着した鉄甲そのもののようです。
その腕が砂埃を裂くように放たれました。
「はあぁっ!」
私はその拳に目掛けて真正面から戦斧を振り上げました。
「ガァアアアアアアッ!」
ボスコボルトは振り抜いたはずの腕を空に弾かれ、大きくよろめきました。
「ウゥウウッ!?」
ボスコボルトは半分以下の体格の私に力負けしたことに驚いたのか、低い唸り声を上げて一歩間合いを開けました。
そのファーストコンタクトの結果に笑みでも浮かべられれば挑発にもなって良かったのですが、とてもそこまでの余裕はありません。とにかく冷静に落ち着こうとすることに精一杯でした。
けれどそんな私の態度が逆に逆鱗に触れたのか、ボスコボルトは怒り狂ったようにその両腕を竜巻のように振り回し、再び襲い掛かってきました。
それに私は正面から打ち合います。
力は私の方が上であることが分かったので、この有利な打ち合いは望むところだからです。
もっとも力しかない私は、このような戦い方しかできないのですが……。
何度か同じような打ち合いをして、ボスコボルトの両腕にはダメージが、足腰には疲労も蓄積されつつあるようでした。
拳の回転は目に見えて鈍り、一発一発放たれるたびに足元がよろつくようになっていました。
私は攻めに移るタイミングを見極め、ここだと意を決し前に踏み出しました。
――スキル《臨界》
輝く爪の光が今まで以上に光を増して戦斧の刃に集中し、淡い緑色の粒子がより大きな刃を形成します。
このスキルは自分の力を限界まで高めて、ある一点に集中するスキルです。
そして私はギリギリまで体を捻りながら戦斧を振りかざし、それを解き放つように全力で振り抜きました。
「いっけえええッ!」
スキル《臨界》と《強撃》のコンボ。
私が使える最大威力の攻撃です。
「グッ……ギャ!」
ボスコボルトの左腕部を肩から切り落とし、胴体にまで深々と必殺の一撃が食い込みました。
腕を切り離された肩からは滝のように赤い血液が流れ落ち、胴体から溢れ出る血は灰色の毛皮を真紅に染め上げていました。
「ウガッ……ウウォォ……」
照準の狂った砲弾のように跳ね飛ばされた巨躯を震わせ、怒りの炎を灯らせた視線を私にぶつけてきますが、もうその瞳に力は感じられません。
「流石だエル君。本当に君は強くなった」
ヴェルグさんの優しい手が私の肩に乗せられました。
他のコボルトたちとの戦闘も一区切りついたようです。
「そんな……私なんてまだまだです」
つい癖で自分を卑下するように答えてしまいましたが、ヴェルグさんに褒められたのはとても嬉しかったです。
やがてボスコボルトはよろよろとした足取りで、今だ戦い続けている残り僅かな手下たちを見捨てて逃げ出そうとしました。
「……」
「エル君、凶暴な魔物を逃がすわけにはいかない。それぐらいは理解しているのだろう?」
「……でも」
その姿を見て虚しくなってしまい見逃すかどうか逡巡していると、そんな私の目に予想外の光景が飛び込んできました。
「あっ! な、なんでそんな所に!?」
大地の端で隠れているように言っておいたアオさんが、ボスコボルトの進路上にひょっこり顔を出していたのです。
「アオさんッ!」
「まて! 彼は――」
「放してっ、間に合わない!」
何故か私を止めようとしたヴェルグさんの制止を振り払って全力で追い掛けました。
スキル《臨界》! 《強撃》も準備――ッ!
でも――だめ、間に合わない!
ボスコボルトはアオさんの姿を見つけると、最後の力を振り絞るように雄叫びを上げてアオさん目掛けて突進して行きました。
「お願い、逃げてぇぇぇ!」
私の叫ぶような願いも空しく、アオさんはボスコボルトに覆い被さられるようにして私の視界から消えました。
「あ……ッ」
もう手遅れだと理解しつつも、動きを止めたボスコボルトに向かって私は走り続けました。
――え、でも、どういうこと?
走り続けながら、その状況の異様さに気づきました。
ボスコボルトの動きが完全に静止しているのです。
ようやく追い付くと、ボスコボルトの背中から青白い光る何かが突き出ていることに気が付きました。
その光る物体は剣先のように見えましたが、近づくとパッと消えてしまいました。
それと同時にボスコボルトの体が崩れるように沈んでいき、その下から這い出るように出てくる影を見ました。
「あ、アオさん……?」
「うん、僕ですよー」
全身血だらけになりながらも元気そうに上半身を露わにしました。
どうやらこの血はコボルトのものようでした。アオさんはまったくの無傷のようです。
そうです、なにより私たち鬼は血を流しません。
傷を負うと、その場所からは私の爪から放たれるような光が零れるのです。
つまり、どうしてそう断言できるのかというと――。
「いやー、エルさんの戦い方見ておいて良かったよ。割と何とかなるものだね」
「アオさんのその姿――」
――血まみれの肌には、それ以上に目を引くある現象が起きていました。
「僕の光はエルさんのとは色が違うんだね。ふふ、ははは、やっぱり僕はこの色が好きだ」
アオさんの肌には様々な模様が、空のように青い光のラインで描かれていました。
煌紋種――全身の皮膚に様々な光の模様が現れる種。
アオさんはやっぱり……鬼でした。
先ほどのコボルトもアオさんが何かしらの能力で倒したのでしょう。
後は、アオさんの特殊な状況にどんな意味があったのか……。
もしかしたら、本当に私と同じような特別な鬼なのか……。
私は……アオさんの秘密が知りたくなりました。
「よっと……あれ?」
「ふえッ!?」
不意に巨大なコボルトの下からアオさんの全身が抜け出てきました。
そこには当然先ほどまで身に付けていたマントが……マントが――ッ!
「あれ? どうして無くなっちゃったんだろ?」
「わわわわわわわわ――」
「まあいいか。ねえ悪いんだけど――もう一枚ある?」
「どどど、どうしてマントを脱いでいるんですかーーーーーーーーッ!」
「それが僕にも――うわあ!」
思わず振り上げていた戦斧を振り下ろし、起動状態にしていたスキル《臨界》を暴発させてしまいました。
その衝撃でアオさんは数メートル吹き飛び、また気を失ってしまいました。
――大丈夫、きっと生きています……鬼なら。
でも――ごめんなさいでした。