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光と忘却のユグドラシル  作者: 蒼穹 桜
第1章 魔を食らう鬼
4/5

エルスイング

 私とアオさんはキャンプ地を出て、この第六階層十二階の外れまで歩きました。


 キャンプ地からは三百メートルほどですが、そこに灯された小さな光はここまでは届かず、辺りは暗く染まり、灰の町の廃墟群がより一層物悲しさを増していました。

 私はアオさんと二人きりということもあり、一応護身用の杖を持ってきたのですが……、柄を握る手に思わず力が入ります。

 あ、これは別にアオさんを警戒しているというわけではなく、別のリスクに備えてのことです。


 当のアオさんですが、何一つ警戒することなく無邪気に笑っています。

 本当にどうやってここまで来られたのか不思議で仕方がありません。

 彼は何がそんなに嬉しいのか分かりませんが、ピョンピョン飛んだり跳ねたり、クルクルと回ったり踊り続けています。

 その度にアオさんの唯一の装備であるマントがフワフワ浮いたり翻ったりと、私はそれがとてもハラハラして落ち着きません。

 世の男性の方が女性のスカートを見るときは、もしかしてこんな気持ちなのでしょうか? もしそうなら少しだけ異性の気持ちを理解できたのかもしれません。



「ははっ、星空もこんな綺麗に見えるんだね。星の光はどれも変わらないと思っていたけど全然違うや」

「ユグドラシルは大地から遠く高い世界ですから、星も多く見えるのかもしれませんね」

 私は今まで星を見上げる余裕なんてなかったから気にもしなかったのですが、確かにこの世界の星空は綺麗だったのかもしれません。

 ですが今改めて見ても、私にはアオさんのようにこの美しい景色を素直には喜べませんでした。

「うーん、でもやっぱり僕は昼間に見た、あの青い空の方が好きだなぁ……」

「え、そうですか? 私はこの世界の青空は、宇宙の暗さが滲み出ているみたいで……少し怖いです」

 つい本音が出てしまい他人の趣味を否定した形になってしまったのですが、アオさんはそんな私に嫌味な素振りも見せずに、むしろ笑顔を輝かせました。

「良かった君もそう思うんだね! ということは本当の空はもっと素晴らしいんだろうなぁ」

 アオさんはそう笑うと、さらにこの階層の端に近づいて行ってしまいました。

「あっ! 危ないですよ! 墜ちたら死んじゃいますよお!」


 この塔の世界ユグドラシルの大地は、大樹の幹から伸びた細い枝に造られているようなものです。当然その大地の端には終わりがあり、そこから足を踏み外し落ちてしまえば、何階層も下の大地に叩きつけられることになります。

「でも……その空を見るためには、この紫色の雲が邪魔をしているんだね」

 いえ……どこかの階層に引っかかったのならまだ運が良い方でしょう。この世界でなら死なない可能性もゼロではありません。

 ですが――。

「……雲ではないみたいですよ。この世界では魔障って呼ばれています。どちらかと言えば霧と呼ぶ方が近いらしいです」

「ということは、あの魔障っていうのは本当の大地まで分厚く広がっているんだね……」

 人工の大地の端から見下ろした世界は、夜だというのに妖しく不気味に光る霧に覆われていました。


 紫の霧――魔障(ましょう)


 この世界が塔という歪な世界構造をしている理由。

 この霧は突如大地から吹き出てきたと言い伝えられています。

 魔障は構造物を、木々を、生き物を侵食し、その性質を禍々しいモノへと変貌させてしまうのです。

 そして変質してしまった存在は、元が生き物でなくても自らの意思で動き回ることができるようになります。


 それを魔物(まもの)――と、この世界では呼んでいます。


 魔物たちは何故か人間を忌み嫌い、執拗なまでに襲い掛かってくるのです。

 アオさんは魔物についても知らないようでした。

 鬼という力も知らずに、一人でこの危険な世界にいることをありえないと思うのは、それが理由です。

 魔物に襲われずにここまで下りてこられるはずはありませんから。



 魔物の話を聞いてもアオさんは怯える様子もなく、この大地の端から魔障を見つめるその瞳は、むしろ希望に満ち溢れんばかりに輝いているように見えました。

「どうしたらあの魔障を超えて本当の大地まで下りられるかな?」

「む、無理ですよ! 下りれば下りるだけ魔障の濃度が増して魔物も強くなっていくんですよ!?」

「ていうことはやっぱり強くなる必要があるんだね。ねえ、ここはどのくらい下まであるのかな」

「そんなの誰も知りませんよ……。私たちが行けるのは精々第二十階層ぐらいまでですから」

「ここは第六階層って言っていたっけ。もっともっと深いんだねえ、うんうん」

 何を言ってもアオさんはへこたれることもなく、ただひたすらに楽しそうでした。


 それから少しの間、驚くほど何も知らないアオさんに、この世界について話をしていました。



 そんな私たちの声だけが静寂にぽつぽつと響いていた時間が、突如として終わりを告げました。

 俄かに広がった喧噪が辺りを包みます。


 どうやらキャンプ地の方で何かが起きたようでした。

「急にどうしたのかな?」

 私はすぐに思い当たりました。

「……きっと魔物が出たんです! この騒ぎの大きさ――かなりの群れが襲ってきたのかも」

 調査団のメンバーは全員神官騎士団という高い戦闘能力のある集団です。

 数体の群れならここまで騒ぎが大きくなる前に制圧しているはず。つまりは数十体……もしかしたらそれ以上の数が襲ってきている可能性がありました。

「お? これは危険な感じなのかな?」

「アオさんはここに隠れていてください! 私は状況を確認してきます」

 私は手にした杖を今まで以上に強く握りしめ、キャンプ地まで駆け出しました。



 ものの数分で戻ったキャンプ地では、激しい戦闘が繰り広げられていました。

 調査団員たちの気合と魔物たちの怒号が周囲の空気を山鳴りのように震わせています

「あれは……コボルトッ!?」

 狼の頭と堅い毛皮を持った二足歩行の魔物たちです。

 普通の個体は大体一メートルニ、三十センチの体格があり、彼らは高い知能を持ち合わせ、人間のように武器や防具を身に纏い、お互い意思疎通の交わし集団で狩りを行います。

 狩りの対象にはもちろん人間も含まれます。

「エル君、戻ってきたかッ!」

 ヴェルグさんが手にした盾で一体のコボルトを突き飛ばして、私に声を掛けてくれました。

「はい! 遅れてすみません、私も戦います。状況はッ!?」

「確認できただけで二十体以上はいる、それから大物もだ! ところでアオ君は?」

「大丈夫です。離れた場所で隠れているように言ってあります!」

 前方で交戦状態になっている集団を回り込むように、二体のコボルトがいきり立ちながら棍棒を振り回し近づいてきました。

 私は気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しました。

 恐怖感は今でも拭えません。

 それでも私はその恐怖から逃げ出したりはしません。


 私には戦う力が――鬼の力があるのだから。


 私たちが鬼と呼ばれるには謂れがあります。

 元々私たちは煌輝人(こうきじん)と呼ばれていたそうです。

 煌き、輝く、人。

 それが短くなり輝人(きじん)。そして力を持たない人々から恐れられるようになり鬼人(きじん)と意味が変わり、今では直接――(オニ)と呼ばれるようになりました。


 私たちは戦闘状態になると煌輝人の名の通り、体の一部が光り輝きます。

 それは人に――鬼によって異なり、

 ある者は頭髪が輝く煌髪種と呼ばれ――、

 ある者は眼球が輝く煌眼種と呼ばれ――、

 またある者は体から伸びる影が光ることから煌影種と呼ばれています。


 そして私は――、


 杖を構え、今まで以上に力を込めると、私の手が淡い緑色に光り輝きます。

 いや正確には手ではありません。

 その指先が、爪が目映いばかりに夜の闇を切り裂きます。

 煌爪種――私はそう呼ばれる種類らしいです。


 実は私の杖にも戦闘モードがあります。

 コボルトの一匹が飛び掛かってきたので、私は杖の安全装置を外しました。

 すると杖の柄が縦に割れ二倍に伸び、先端の十字架とその周りにある後光を模した輪が片面に寄るように展開し大きな刃へと姿を変えます。

 複合武装(ギミックアーツ)――私の杖は大きな戦斧へと形状を変えたのです。


 飛び掛かってくるコボルトに向かって、私は力任せに斧を振り抜きます。

 ――スキル《強撃(スイング)》。

 横っ腹にその直撃を受けたコボルトは体をくの字に曲げ、血飛沫を上げて吹き飛んでいきました。


 単純に全力で振り抜く技ですが、私の能力にはこれがとても合っているようです。そのために武骨な戦斧を私は嫌々選択している訳ですが……。普段、杖に偽装しているのは、私の乙女心の問題です。


 仲間の無残な姿を目の前で見てしまったもう一匹は、立ち竦んでしまったようです。

 私はその隙を見逃さず素早く間合いを詰めます。

 そして、もう一撃――、同じように残る一匹も吹き飛んでいきました。

 返り血が私の白い神官服に飛び散り、その量からも致命傷を与えたと確信しました。



 倒れて動かなくなったコボルトから舞い散るように光る粒子が浮かんできます。

 その粒子の幾つかが私に吸い込まれていきました。

 これは魔物たちの力そのものだと言われています。この粒子を取り込むことで私たち鬼は確かな経験となって強くなることができます。


 私にその力を食われ、無残な骸となったコボルトの、魔物たちのその姿を見て心が痛む気持ちもあります。

 でも魔物たちには――力には力で対抗しなければ、逆に私が命を奪われていたでしょう。実際に私の仲間たちは彼らに襲われて今も傷ついているのです。


 昔は命を奪うたびに武器を持つ手が震えていました。

 今はもうそんな感傷に浸ることもなくなり、私は何も考えないようになりました。

 ……慣れてしまったのかもしれません。

 それがいい事なのかは、私にはもう判断できないでしょう。



 そして、それを肯定せざるを得ない状況が続きます。

 一際大きな咆哮が戦場に響き渡りました。

 するとそれに呼応するかのようにコボルトたちが次々と雄叫びを上げ出しました。

 これは《戦咆哮(ウォークライ)》という、集団行動を行う魔物が使う能力上昇スキルです。群れの長が発端となり、群れ全体の戦意を高揚される効果があります。

 つまりこのコボルトたちの、私たちを殺し尽くすまでこの戦いをやめないという、強い意思の表れでもあります。

 少なくとも、それを命令した群れのボスを倒すまでは。


「……あの個体か」

 通常の個体の二倍以上の体躯を誇るコボルトが岩陰から姿を現しました。

 太く鋭い牙が反り立ち、鋼のような鈍い灰色の毛皮が全身を覆っている大物です。

 どうやら手下を戦わせてじっくり戦況を眺めていたようです。


 一緒に数体コボルトが増えました。

 おそらく彼らは精鋭でしょう。攻め時を狙い澄まし今まで待機していたと思われます。

「ヴェルグさん! 私がボスを引き付けます」

「エル君すまない、でも無理はするなよ!」

 ヴェルグさんには隊を指揮する役目があります。

 それにああいった大物は、力だけはある私の方が適役です。

「分かっています。任せてください!」


 それに私は、私にしかできない役目があることがとても嬉しいのです。

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