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光と忘却のユグドラシル  作者: 蒼穹 桜
第1章 魔を食らう鬼
3/5

エルキャンプ

 私たち調査隊はあれからも捜索を続けたのですが、残骸を調べても崩落した原因は掴めず、また巻き込まれた民間人の形跡も発見することはありませんでした。

 そのことについてだけは安堵もでき、心から良かったと思います。


 救助者の心配もなくなり日も暮れたこともあって、捜索は打ち切りとなりました。

 調査隊は灰の町の入り口近くでキャンプを張り、次の日の朝を待ってから第二層にある本拠点に帰還する予定です。


 なので、私たち調査隊の成果は――あの彼、一人ということです。



 彼――、アオさんの状況はとてもおかしいものでした。

 アオさんが、落ちた区画か、もしくはあの灰の町でたった一人で巻き込まれたという可能性は、普通に考えたらありえません。この辺りを一人で行動するのはとても危険なのです。

 崩落の衝撃で彼が仲間たちとはぐれてしまったのかもしれませんが、その痕跡は私たちが昼間あれだけ探しても一切見つかりませんでした。

 仮にその痕跡を見落としているだけなのだとしても、その痕跡を覆い隠すほどの衝撃があった場所で、彼だけが無傷で生存していたというのは、やはり説明できません。


 あ、その、私が余計な怪我を負わせてしまったのですけれども……。


 とにかく、これらの状況から、アオさんは崩落の原因に深く関わっているとしか思えませんでした。


 ただ、その……やっぱり、は、裸という状態が、結局は全てを否定してしまうような気はするのですが……。



 そのアオさんですが、今は私たちのテントの中で横になっています。き、気を失ったままともいいます。もちろん生きています。


 ――本当に良かったです。



 真夜中になり、交代で火の番をしていた私のもとに、キャンプの外から近づく影がありました。

 思わず私は横に置いていた自分の杖に掴み身構えましたが、火に照らされたその姿を確認してすぐに緊張が解けました。

「ヴェルグさん! 来て下さったんですね」

 ヴェルグさん――この調査隊の実質リーダーのような方で、昨日この崩落の事を私に教えてくれた人です。

 私が所属する神官騎士団という組織の幹部クラスでもあります。

「ああ、少し前に上の調査も一通り終わってね。大した事は分からなかったが……」


 ヴェルグさんは崩落した区画を一人で調べていました。

 被害に巻き込まれた人がいるとしたら下の区画だろうからと調査隊を全て下の区画に向かわせて、危険かもしれないのに自分一人で上の区画の調査を引き受けた、とても責任感のある方です。

 騎士団の幹部ということで日々鍛えていらっしゃり、騎士団の中でもヴェルグさんにかなう人は殆どいません。

 加えて頭脳明晰で色々なことにも気を配れる心優しい面も持ち合わせており、二メートル近い身長とガッシリとした筋肉質な体格ながら、常に温和な笑みを浮かべた表情からは威圧感のようなものは微塵も感じさせません。


「エル君もお疲れ様。その、色々と大変だったようだね」

「あう……その、もう知っているんですね……」

「ああ、すまない……。実は君が休んでいる時に一度このキャンプに立ち寄っていてね。その時に他の団員からある程度は聞いていたんだ。それで私の方でも一応、彼が居たという場所を今まで調べていた」

「そうだったんですか……すみません余計な御手数かけてしまったみたいで」

「いや、結局私の方から見ても、上の区画も含めてよく分からなかった。相当な負荷が大地の骨組みにまで掛かっていたようだけど……」

 ヴェルグさんは顎に手を当て、納得がいかないといった表情で考え込んでいました。

「……それで、その例の彼は?」

「あ、はい。彼――確かアオさんと名乗っていました。アオさんはそこのテントに――」

 やっぱり、ヴェルグさんもアオさんに何かあると思っているようでした。

 私もちょうど交代の時間だったので、ヴェルグさんを連れて一緒にアオさんのいるテントに向かうことにしました。



 テントの中に入ると、アオさんは毛布に包まれて静かに寝息を立てていました。

「寝ているということは、少なくともただの『鬼』ということはなさそうだね。あとは普通の人間か、もしくは……」

「はい……、でもどちらにしてもなんで裸だったのか――あわわ」

 ううっ、また思い出しちゃった。でも大丈夫! 細部まではよく覚えていない、だから大丈夫!

 自分でも何が大丈夫なのかよく分かっていませんが、何とか無理矢理自分に言い聞かせました。

「うむ、その……セクハラみたいな質問になってしまうのだが、エル君は確かに彼を思いっきり――その、殴ったのかい?」

「えっ? あ、はい。でも実はビックリしすぎてよく覚えていなくて」

 改めて問われると、あの出来事は悪い夢だったような気もしてきました。でもアオさんは確かに此処にいて、事実倒れています。

 正直、その時の感触なんかは一切記憶にないので、もしかしたら男性のアオさんは私の力を見て、あまりの恐怖で気絶しただけだったのかも……凄く痛いらしいので。

「ここに運ばれたときには、彼はもう無傷の状態だったらしいね。もし普通の人間がエル君の力で思いっきり殴られたのなら、こんなに早く傷は回復しないだろう。であれば、彼が普通の人間であるという可能性も消えるのだが……」



 それからほんの数分ですが、狭いテントの中でヴェルグさんと話を続けていたせいでしょうか。

「う、う~ん……。あれ? ここは――」

 気を失ったままだったアオさんが目を覚ましました。

 これで私の罪が消えるわけではありませんが、ホッと一安心です。

「おや、気が付いたようだね」

「あ、あの、すみませんでした! あの時は助けていただいたのに、あんなことをしてしまって」

「えーと……ごめん。よく覚えていないや。それでここは何処なの?」

 私はヴェルグさんと顔を見合わせてからアオさんに答えました。

「塔の世界、ユグドラシルです」

「ユグドラシル……」

「それで君には通じるかい? もっと詳しく言うと、ここは君が倒れていた灰の町の入り口に我々が立てたキャンプ地だ」

「あ……ああ! そうか、そうだね! これは灯りの色だね。うんうん、いいなあ、確かに暖かく感じるよ」

私とヴェルグさんはお互い首をひねってしまいました。


「アオ君だったか、少し質問をいいかな?」

「え、ああ、うん、どうぞ。僕に答えられることなら」

「すまないね。どうして君はここに、あんな場所に一人で居たのかな?」

「ああ……ごめん。それは分からないや」

「覚えていないんですか? その、どうしては、裸だったのかは……」

「え? 服は着ているものなのかい?」

「あ、当たり前じゃないですか!」

「どうやってここまで来たのかは?」

「うーん、もしかしたら記憶が無いだけなのかもしれないなあ」

「き、記憶喪失なんですかっ!?」

「そうかもしれないね。実感はないのだけど」

 微妙に話が噛み合っていない気がしました。


「質問を変えよう。君は普通の鬼――ではないよね?」

「……? 僕は人のつもりだけど、もしかしてその言葉に他に意味があるのかな。ああそれとも、かくれんぼや鬼ごっこのことかい? 残念だけど流石に今はそういった遊びはしていないと思うな」

 ありえない、そう思いました。

「君の仲間に鬼がいたのかい?」

「ううーん、ここに来たのは僕だけのはずだけど……。ごめん、やっぱり僕には分からない」

 この世界で、『鬼』という言葉の意味を知らずに、しかもこの第六層まで下りてくるなんて信じられない――いえ不可能です。

 もしアオさんが塔の住人の生活圏である第三層から上にいたのなら、まだ納得はできます。

 でもここに居た以上、『鬼』の力は必要なはずです。


 ――そうです、私たちのように。



 その後、ヴェルグさんは他の隊員に呼ばれてアオさんとの対話は御開きになってしまいました。

「すまない、私は少し離れる――エル君ちょっと」

「は、はい」

 テントを出て別れ際にヴェルグさんに呼ばれました。

「君は可能な限り彼と少し話をしてみてくれ」

「え、私だけでですか?」

「ああ、もしかしたらだが、彼は君に近いのかもしれない」

「でも、アオさんは何も知らないって……」

「あまりのことに記憶が混濁しているだけの可能性もある。どちらにせよ、もしそうなら彼からの情報は君にとっても重要なはずだ」

「それは……そうですけど」

「これからのためにもコネクションを結べるだけでもいい。そうなれば私にも彼にも、それにこの世界にも、きっと望ましい結果に繋がるはずだよ」

「はい……! 私、頑張ります!」

 私のためだけにアオさんを利用するみたいなことは気が引けたけど、情報が共有できるのならアオさんにも意味があるはずですよね。

 なにより、この世界の――誰かの役に立てるかもしれないのなら、私はそうありたいと思うのです。



 テントの中に戻ると、アオさんは天井を眺めていました。

「どうかしましたか?」

「ねえ、今は何時くらいなのかな?」

「えっ? すみません正確には……でももうこの世界は夜中ですよ」

「そうなんだ! それなら夜空を――星空を見たいのだけどいいかな?」

「はい大丈夫ですよ。でも外は危険だから私も一緒に――って、わわわわわっ」

 アオさんはいきなり立ち上がろうとしました。

 毛布の下は今も裸のままなのに!

「な、何しているんですかっ!? ふ、服! ああもう、そこのマントだけでも羽織ってください!」

「あれ? ああそうか。 ……でもマントだけって変態っぽくないかな?」


「裸のほうが変態そのものです!」

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