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光と忘却のユグドラシル  作者: 蒼穹 桜
第1章 魔を食らう鬼
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「え、崩落ですか?」

 白に統一された私用の小さな私室。

 そこで明日の準備をしていた私は突然の凶報に驚きました。

「ああ、第六層の離れ区画の一角が落ちたらしい」

 ですが、この歪な世界ではこのような事件、災害は決して珍しいものではありません。

「……その、被害はどのくらいに?」

「落ちた区画も、予測される落下地点周辺にも民間人はいないはずだが……もちろん冒険者たちについては何とも言えない」


 塔の世界――ユグドラシル。


 直径二十キロメートルの塔の周りに、人々は人工の大地を造り生活をしています。

 塔を幹とするのなら、人工の大地は枝の上に造られていると言えるでしょう。

 その特異性から自然の大地ほどの強固な地盤はしておらず、常に崩落の危険と隣り合わせの世界。


 それでも先ほど崩落したという第六層は比較的新しい区画で、そんな場所が何の前触れもなく落ちたというのは、にわかには信じ難い事でした。

「その、一応調査には行くべきですよね? もしかしたら巻き込まれた人がいるかもしれないですし……」

「もちろんそのつもりで君にも声を掛けた。もう夜間帯だが、すぐにでも出られるかい?」

 そう聞かれ、私は寸分の迷いもなく答えました。


「はい! 神官騎士――(エル)――直ちに調査隊の準備を始めます」



 この後の予定はあったのだけど、そんなことを言っていられるわけはありません。

 もし巻き込まれてしまった人たちが居たとしたら、少しでも早く現場に行かないと助けられる命も間に合わなくなってしまいます。


 ――そう、今の私なら誰かを助けることもできるかもしないのだから。



 それから、私を含め緊急招集に応じることのできたメンバー十二人の調査隊が、予測された落下地点区画に到着できたのは半日が過ぎてからでした。


 太陽は南中高度付近まで昇り、目の前に広がる灰色の街並みを焦がすように照らしています。


 ――第六層、十一階――。通称、灰の町区画。


 この区画はその名の通り倒壊した建物が立ち並ぶ廃墟群で、ここに住んでいた人々はとうの昔に姿を消しています。

 実際にここに崩落した残骸があったとしても、遠目からでは判別できませんでした。


 私たち調査隊は事実確認と救助者の捜索のため、散開し周囲の捜索を始めることにしました。



 それからしばらく捜索しましたが、人どころか他の生き物の気配すらまったく感じませんでした。

 崩落が起きてから半日以上が経過しているからか、それともこの死の町は元からそうなのか、耳が痛くなるほどの静寂が辺りを支配していました。


「誰かー、いませんかー?」


 呼びかけた私の声が空しくこだましました。

「誰もいない……のかな」

 巻き込まれた人はいないのだど楽観視できれば、気が楽にはなったのかもしれません。

 ですが私はこういう時、どうしても物事を悪く重く考えてしまう性分でした。

 どこかに圧し潰されて、埋もれたまま声が出せないのかも……そう考えずにいられませんでした。


 その調査に来ておいて勝手に暗い妄想に取りつかれていた時でした。

「あっ! ここは……」

 今までの街並みとは大きく変わった場所を見つけました。

 倒壊した建物の上から更に大きな残骸が降り注いだかのような、そんな崩れ方をしている場所でした。

「これは、大地を造る時の土台になる骨組みの一部……かも」

 大地を造る際の現場に立ち会ったことはないので断言はできないのですが、明らかに周囲の建物とは異なった構造の瓦礫でした。

 よく見れば土もかなりの量が瓦礫の上に積もっているようでした。

「よ、よし。中の方も確認しなきゃ……」

 私はこの周囲を念入りに捜索することにしました。



 瓦礫を動かせそうな所は退かして探し、隙間を見つけては内部を確認したりと、小一時間は探索し続けたでしょうか。十何ヶ所か目の建物跡の中に入った私は――、

「よっ……と、うわっぷ――ッ!」 

 不用意に目の前の瓦礫を退かした所為で周囲の壁も崩れ、狭い空間に閉じ込められてしまいました。

「もうッ! バカだな私は。こんなんじゃ誰かを助けることもできやしないよ……」

 捜索に来たはずの私が倒壊した建物の中で瓦礫に埋もれるという、大ポカを犯してしまったのだけれど、この状況に焦ったりはしませんでした。

 これでも力は強い方なので僅かに光が差す方の瓦礫を、懲りずに力任せに押し出して抜け出そうと考えました。

 その所為でまた頭上で軽い崩壊が起きてしまいましたが、構わず光に向かって腕を伸ばし続けました。


「うッ……」

 ――最初に腕は突き抜けました。

 ――その後、頭も外に出ました。

 ――なんとか肩も半分まで抜け出しました。

 ――でも、

「ううううううーーッ!」

 ――いつもです。いつも私はココが引っかかるんです。


 本当にイヤになる……。


 ちんちくりんなくせに不格好に膨らんだアンバランスな体格の所為で、いつも余計なトラブルを背負ってきました。

 運動音痴で、やる事なす事全部がトロくさくて不器用で、田舎に居たときは周りにはおじいちゃん、おばあちゃんばかりだったので、そんな自分に一切危機感もなくて、いざ田舎から出てみれば案の定、世間様に迷惑ばかりを掛けていたと思います。

 そんな自分を変えようとこうして頑張ってみたつもりでしたが、結局空回ってしまう自分が恥ずかしくて……それ以上に情けないです。


 情けない私はなんとかここから這い出ようと、手足をバタつかせて現状を打破しようとしましたが、どしても胸から下が抜け出せませんでした。

「んーーーッ! なんで、どうしてっ! んーーーーッ!! 私は――」


 ――そんな時でした。


 醜態を晒し続けていた私の手を誰かが掴み、瓦礫に詰まっていた身体ごと力強く引き上げました。

 調査隊の誰かが助けてくれたのかと思いました。

 でも、その手の主は――、


「初めまして! 僕の名前はアオ――」


 そう言っていたと思います。

 その後にも何か言っていたような気もしたのですが覚えていません。


 なぜなら――。


 助けられた私は引き上げられた勢いのまま、その誰かにもたれ掛かるように抱き付いてしまい、その誰かはその所為でバランスを崩し、そのまま二人で倒れてしまいました。


 その時です……。むにゅっとした感触が私の顔に押し付けられました。


 いや、逆ですね。

 私の顔がその何かを押し付けていたのだと思います。

 それは柔らかい袋のようでした。他にもそれよりは少し硬めの棒のような、太いソーセージのような何かが……。


「おっと、ごめんね。 まだうまく立てないみたいだ。君は大丈夫かい?」

「あ、すみませんありがとうございます。すぐにどきま――」

 私は急いで両手で地面を突っぱね、顔を引きました。


 ――そして私はその何かを見ました……見てしました。


「~~~~~~ッ!」


 なぜなら――。

 同年代の……子供ではないソレを見て、目の前と頭が真っ白になったからです。


「あれ? はははっ、そういえば僕何も着ていないみたいだね」

 私は無意識に拳を振り上げていました。

 そして――。

「いきなりで悪いんだけど――パンツだけでも持ってない?」

 私は無意識に拳を振り下ろしていました。

「えっ――うゴ……ッ!」


 私は鉄槌打ちの要領でソレを叩き潰してしまいました。



 あの瞬間、自分でも信じられないくらいの大声で叫んでいたようで、周囲で捜索していた調査隊の面々が慌てたように次々と駆け寄ってくれていました。

 でも駆け寄ってくれたメンバーは目の前の惨状を確認すると、皆一様に顔を青ざめてしまいました。


 その様子を見て、ようやく自分が何をしでかしてしまったのかを理解したのです。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私が悪いんです全部悪いんです」

 この言葉は裸のまま泡を吹いて倒れている要救助者に向けたのか、それとも助けに来ておいて自らトドメを差してしまった私の失態に絶句する仲間たちに向けたのか……。

「私がまた何かやってしまったんです! どうせ私の所為なんです! だから、だから……」

 自分でもよく分からないまま、涙を流して謝り続けました。


「とにかく――全部ごめんなさーーーーーーい!」

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