新宿三層
桜は年子で、相原の一つ下の19歳だそうである。
家業の手伝いをしていたところを、相原にダンジョンへと連れてこられたらしい。
忙しい両親にかわって相原の身の回りの世話をしていたこともあるから、大抵のことは出来るのだ。
しっかりと血のつながった兄妹であるというのが信じられない。
「僕ぁね、伊藤さん。見返してやりたいんすよ。僕を捨てたあいつらにね。そのためなら伊藤さんのことを師匠と呼ぶことも厭いません」
「まるで俺を、師匠と呼ぶのが嫌みたいに聞こえるな」
「幼馴染とよろしくやってる男に、僕のようなドブを啜って生きてる人間のことなんてわかるわけありませんからね」
「かわいい妹がいて、面倒見てもらってるお前も相当なもんだとおもうけどな」
「かわいいなんて言い方はやめてください。反吐が出る。妹なんて母親と何も変わりませんよ」
相原の悲観はないものねだりでしかない。
口うるさく言われるだけで、言い争いばかりしてる俺たちだって似たようなものだ。
昼飯を食べたら、第三層への道を探し始める。
オーク討伐が決まってしまった以上、これ以上の足踏みはできない。
オーガはまだ楽に倒せるようになっていないが、新しい武器でも見つけなければ改善しないと判断した。
なによりヒールを使える桜が入ったのは心強い。
俺がヒールだけで耐えられる相手なら、相原さえ攻撃を受けないでいてくれたら何とでもなる。
捜し始めたら大図書館の地図とそれほどのズレもなく、簡単に下への道を見つけることができた。
降りてもまだ、オーガが出てくるだけだった。
しかし開けた平地になっているので、集まり方も半端ではない。
有坂さんと蘭華が引き回している間に、俺と相原と桜で倒すことになった。
相原に魔弾だけでいいと伝えて、俺が最初のオーガと切り結んだ。
相原の魔弾がオーガの顔面をとらえたところで、俺もアイスランスを放つ。
胸に氷の塊を生やしてよろけたオーガに魔剣を叩きつけた。
肩と首が飛んで、オーガは倒れた。
続けざまに蘭華が引き連れている方からアイスランスで引きはがして倒す。
相原は状況判断が悪くて、どちらかと言えば、相原の魔弾よりも桜のアイスダガーの方が役に立つくらいだ。
何度か相原が槍で手を出して、棍棒に殴られた。
しかし相原がカイトシールドで守りに徹すると、俺としてはかなりやりやすくなった。
大した攻撃がなくとも、相原が叫びながら突っ込んでいけばオーガも無視はできない。
そしてがちがちに装備を固めているから、盾を上げてさえいれば殴る場所もない。
装備がじゃが芋みたいにへこみだらけだが、まだ壊れそうにはない。
なんとか数を減らして、倒しきるというところで蘭華が攻撃を受けてしまった。
俺は10メートルも吹っ飛ばされて地面を転がる蘭華を追いかけた。
蘭華は足の骨が見えるほどの怪我を負っていた。
地面で擦れて革の服にも穴が開いてしまっている。
俺は慌ててオレンジクリスタルを砕いた。
「大丈夫か」
「大したことないわ」
蘭華は急激にレベルを上げたからスキルも育っていない。
スキルレベルが低いから、オーラもバリンと簡単に割れてしまっていた。
さすがにヒヤッとしたが、蘭華は俺を見て笑っている。
「すぐ治ったから、あまり痛くなかったわよ」
気丈なことを言っているが、顔色は良くない。
「体力が満タンになってるか確認するんだぞ」
「それよりも早く戻ってあげた方がいいんじゃないのかしら」
後ろの方で伊藤さ~んと叫ぶ相原の声が聞こえる。
あいつにもクリスタルを持たせてるから、まだ大丈夫だろう。
俺は蘭華に手を貸して引き起こした。
蘭華は着替えてくると言い残して岩陰に入っていった。
尻の所が破れてしまったから服を替えるのだろう。
三人の所に戻ると、有坂さんと相原で最後の一匹を倒したところだった。
「大丈夫でしたか!?」
「ああ、大したことなかったよ」
「ちょっと無理をしすぎじゃないのかな。もう少しレベルを上げてからの方がいい」
有坂さんの意見ももっともだが、俺としてはどうしてもこの先の用事があるのだ。
「このまま続けさせてください。まだクリスタルの数には余裕がありますから、危険はありませんよ」
そこで思い出したが、有坂さんは魔術の石塔から加護を受けているからクリスタルが使えないのだ。
かわりに桜に多めに持たせておくことにした。
ついでにマナクリスタルも渡しておく。
「こんな高価なものいいんですか」
「高エネルギー結晶体を見つけたからな。金の心配は必要ないからどんどん使ってくれ」
その後も宝物庫を目指して進んだが、敵を倒すのに時間を取られ、桜の魔光受量値が4千を超えてしまった。
仕方なくその場で引き返すことになった。
次の日は休みだと思っていたら、蘭華に起こされる。
魔光値に余裕があるから、ダンジョンに行きたいそうである。
しかたなく着替えて俺はホテルを出た。
魔光受量値の上がりにくい一層でスキルレベルを上げたいそうだ。
俺は敵も倒さずに蘭華がレックスと戦うのを見ていた。
有坂さんはダンジョン教室に行っていて来られないそうだ。
あとで教室の人たちとダンジョンに行くと言っていた。
俺も調整のために夜になったらゴーレムの相手をしなければならない。
レベルのせいか装備のせいか、一層くらいでは俺はほとんど魔光を受けなくなっていた。
レックス地帯もだいぶ混みあっている。
相原のように装備で身を固めた奴の姿もぽつぽつ目にする。
レックスの尻尾に吹き飛ばされて上に飛び乗られたら、そのまま起きられなくなてしまうのはどうなのだろうか。
相原の言うように、サブタンクのような役回りも重要かもしれない。
その相原は新しいメイドカフェを開拓すると秋葉原に行っている。
体を気遣ってやった俺に、魔力酔いじゃ死なないんすよと言い切ってそんなことをしているのは凄い。
桜の話では女友達すらできたことがなかったという過去を持つのに、本人は病的なほど女好きという悲しいサガをもつ男だ。
しかも女の人を前にすると何も喋れなくなるという特技まで持っている。
同人誌で作られたカマクラのような部屋に暮らしているそうだ。
エロゲ―と同人誌を買うためにラーメンしか食べなかった相原の面倒を見るため、桜は隣の部屋を借りたらしい。
自分の好きなもののためなら、命すら割り切ってダンジョンに行けるのが相原なのだろう。
「ちょっと、ちゃんと見ていてくれたの」
「ああ、悪くない動きだよ」
「剣治のようにできないわ」
「そうだな」
蘭華はいまだ一度も攻撃を受けていない。
分身はまだ30センチずれた位置に残像を作るくらいしかできないし、瞬歩は1メートルの距離を飛べるくらいだ。
それでもスキルをうまく使っていて、動き自体は悪くない。
しかし、よほどいい位置をとれなければ、ナイフで撫で切りにするくらいしかできない。
最初はその華麗な戦い方に嫉妬したが、蘭華と俺では戦術がそもそも違う。
避ける技術は高いが、足を地面に付けてないから攻撃が貧弱すぎるのだ。
運動量の多い戦い方だから、蘭華は汗だくだった。
汗をかいて額に髪の毛を張りつかせた蘭華は、なぜかいつもよりかわいく見えた。
ダンジョン内は涼しいとはいえ、さすがに革で出来た服は暑苦しい。
周りにいる奴らは革の水筒を使っているが、俺たちは水だけなら豊富に持ち運べる。
昼ご飯を食べたら、蘭華は水浴びをしたいと言って無限水瓶を持って岩陰に入り込んだ。
蘭華のシャワーを待っている間に寝てしまったらしく、同じく隣で寝ていた蘭華を起こして続きをやった。
俺しかいないと女だという事を忘れてしまうのか、やたらと革のジャケットの胸元が空いていてドキッとした。
東京に来てから、ずっとこいつと一緒にいるような気がする。
周りを見ても、レアなスキルとレアな武器を使っているのは俺たちしかいない。
みんな出たら売ってしまうのだろう。
探索範囲が広がればエネルギー結晶が見つかる可能性が上がるのにもったいないことだ。
レックスが混みあってきたので、ハイゴブリン地帯に移動すると、自衛隊のチームにゴーレムまでの道順を聞かれる。
地図におおよその位置だけ書き込んでやると、そこに向かうようだった。
途中で危険なカラスが出ることをも伝えておいた。
三つ足のカラス地帯は慎重に進まないと危ない。
そのままハイゴブリンを数時間も狩っていると、蘭華の魔光受量値はいい具合になった。
蘭華をホテルに返したら、今度は俺一人でゴーレム地帯に向かう。
ゴーレム地帯に入ったところで、さっきの自衛隊のチームに出くわした。
ここまで来られるのなら、このチームの平均レベルも一気に上がるだろう。
オーク討伐作戦を前にして、彼らが底上げされるのはいいことだ。
しかしカラスゾーンを抜けるのが怖いと言われて、一層までの護衛を頼まれてしまった。




