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MEMENTO MORI  作者: 千同寺万里
第1部 1章 4人の物語
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香坂新賀1

それは、烏頭が大学を卒業した数年後のことであった。烏頭が入学した時、それを知る大学の関係者はの中では「このようなことは過去に無かったし、将来あるとしてもここ100年は経験出来ないだろう」と専らの評判であった。


しかし、現実はそうで無かった。

またも驚異の満点で同大学に入学した男の名は香坂新賀(こうさかしんが)という青年であった。


どこかで聞いたような話だが、彼もまた天才の塊のような人物であった。親は普通の会社員。兄も1人いたが、特にこれといって優れているわけではなく、極めて普通の生活を送っていた。しかし、彼はまさに(とび)から生まれた鷹であったのだ。

中学時代から徐々に頭角を現した。日々の授業一つ一つから、吸収出来るものはなんでも吸収した。「やらずに出来る」訳では決して無かったが、「言われたことは必ず出来る」そんな人間だった。


周りの人間は彼に尊敬の念を持った。無論、優秀である以上、一程度の嫉妬を持たれる事は当然ではあった。しかし、そんな人達にも優しく接する彼の姿は、より一層周りからの評価を高めるのであった。

また、彼の高い評価には恐らくその容姿も関係している事だろう。

すらりと高い185センチメートルという身長。程よく締まりのある身体(からだ)、少しばかり吊り上がった目、そこから(こぼ)れる輝き……挙げて行けばキリが無いが、実に出来上がった見栄えである。


彼は大学には当然ともいう雰囲気を出しながら軽く満点を取り、やはり首席で入学をした。

しかし、そんな彼を嫌う者はほとんどいなかった。結局の所、男も女も関係なく、容姿端麗かつ温和怜悧な人物を好くのである。



この日、彼はキャンパス内のある部屋にいた。

「ねえねえ、香坂くんって彼女とかいないのかしら」

「彼女かい?そんなもの、私にはつまらない。残念ながら女性を見ても、触れても、近づいても、心が(おど)るような事はないのさ」

「え、香坂くんってもしかして…」

少女が軽く眉を細めた。それを見た香坂は慌てて手を振った。

「いやいや、勘違いはしないでほしいね。決して男色趣味は無い」

「ナンショクシュミ?」

「ゲイじゃないよ」

「なんだ。そういうことね」

「そうじゃなくって、恋というものに心が躍らないんだ。私は恋なんかよりも、もっと刺激的で、興奮することができる、感動することもできる、そういうものの方がいい」

少女は香坂をじっと見つめながら、やがてコクリと顔を傾けた。

「そんなものあるの?」

「だからここに来たんだろう?」

香坂が()した先には「謎解きサークル More Thinking」と書かれたミニボードがあった。

「謎解き?そんなに興奮するかなぁ」

少女にとってあまり満足出来る回答では無かったようだった。

「そんな事よりもさ、好きな人とどこか行ったり、そういう風なことが楽しいんじゃん」

「まあ、一理ある。確かにその通りさ。君にとってはね。だが、私には私なりの考えというものがある。感性というものがある。そして魅力というものがある。謎解きは()わば、私にとってのその全てを満たすんだ。悩み、(もが)き、苦しみ、脳は爆発の寸前までフル回転する。そして答えが出たその瞬間に全てが一気に解放される。その快感といったら、この上ないね」

「へー」

少女は自分の髪を、さも話に興味が無いかのようにクルクルとねじ回しながら話した。

「じゃあ、やっぱり勉強も好きなのかな。ていうか、嫌いだったらこんな大学には来ないよね。ましてや首席だし」

「うーん、どうかな。確かに勉強が苦痛だとかは思わないさ。でも決して謎解きで得られる魅力はそこには無いんだ」

「そうなの?」

「少なくとも、今まで学んで来た事は全てが既に明らかなものだけだ。社会科は出てきた人物名や出来事の名前を覚えれば良いだけだし、理科もそう。数学だって、一見新たな答えに巡り合えてるようで、そこへ至る道筋は既に先人が築き上げている。その足跡を私たちが辿っているに過ぎない」

「ふうん。数学とか謎解きに似てる気がするけどなぁ」

「似ているが、非なるもの。例えば足し算・引き算・掛け算・割り算、これらは小学生でも知っている基礎の基礎に位置する定義だ。これを習った所で興奮する小学生は存在しない」

「まあ、それはね」

「でも、これを最初に定義した人は?たったこれだけの実につまらないような定義からいくつの芸術が生まれた?」

「芸術?」

「数学は芸術だよ。最近は量子コンピュータとか出てきて、あまりそっちには詳しく無いが、役立ってるようだが……基本的に見つけられた数字の性質など主に役には立たない。しかし、それを見つける為に人は人生を賭ける。そして見つけ出された結論は極めて美しい。数学はこの世に存在する中で、最も制約が強い芸術だと私は思うね。だが、それを理解するには少なくとも高校生活ではほとんど無理だよ。そこで学ぶのは先人が既に書き上げた作品だから。もちろん、一程度の興奮はあるかもしれないけどね」

少女は既に半分聞いておらず、スマートフォンを弄っていたが、香坂は既に熱を帯びていた。

「ドモルガンの定理、オイラーの多面体定理、ピタゴラスの定理、フェルマーの最終定理……どれも極めて理解しやすい。とても単純。しかし、それを最初に発見した人はどれほどの喜びを帯びたか、私には想像も出来ない。その域まで来れば、きっと勉強は楽しい。国語にしたって、日本語を魔法のように操れる小説家になれれば楽しい。社会科も今まで発見されなかった新事実を見つけられれば楽しい。あるいは過去から何か現代に繋がるヒントを見つけられれば楽しい。化学も新たな薬品を開発できたら楽しい。物理も未知の方程式を見つけられれば楽しい。学問は実に楽しいさ。でもね、結局ここに至るには、人生を捧げなければならない。私にはそれがあまりにも、長すぎるんだよ。謎解きは……」

そう言おうとした所でようやく少女が話を聞いていないことに気付いた。

「失礼、熱くなり過ぎたね。頭を冷やそう。少し外へ出てくるよ」

「え、ちょっとむしろそこから先が気になるんだけど……」

「君はこの大学に入ったんだろう?それなら難解な国語の問題だって沢山解いてきたはずだよ。じゃあ問題。作者にとって謎解きとはどのようなものか。60字以内で答えよ。但し句読点も1字に数える」

「まったくもう」

「じゃあね」

香坂はキャンパスを出て行った。その後戻るのは面倒と思い、家路に向かいつつ、休む場所を探した。


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