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MEMENTO MORI  作者: 千同寺万里
第1部 1章 4人の物語
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烏頭幸一2

ある日の朝である。烏頭は朝の支度を終えると、食事の為に街の喫茶店へ向かった。


喫茶店「柴又珈琲店」はこの街に古くからある喫茶店だ。内装はもちろんのこと、外装も実に古く、そして美しくあった。インテリアはどれも茶色が綺麗に輝くアンティークで揃えられ、一歩入っただけでフランスかどこかに迷い込んだかのような錯覚に(おちい)る。

店の人気メニューであるエスプレッソは凝り性なマスターが選びに選び抜いた最高品であった。一杯800円は安いとは言えないが、この空間を提供して貰えるなら、決して惜しまなくて良い額である。更に、モーニングのメニューもまた美味い。半熟の黄身が白身に優しく包まれた目玉焼き、綺麗に焦げ目がついたベーコン、バターの香りが豊かなトースト、黄金に輝くオレンジ…これにコーヒーをつけて900円である。多くの常連客が、1日の幸せな始まりを求めて静かな賑わいを作るのであった。


烏頭もまたその常連客の一人だ。烏頭は謎解きを制作する時などは、朝に限らず行きたい時に足を伸ばした。若者が(ざわ)めくチェーン店とは違い、いくら客が入っても雑音が湧かない為、集中して取り掛かることができたのである。

ここ1ヶ月、理由なき疲労によりだらけ続けてしまった烏頭は、新作を作る為、この店へやって来た。


「あら、烏頭さん。お久し振りですね」

話しかけて来たのは若い女性の店員、木下だった。

「ああ、木下さん。お久し振り。モーニングセットとエスプレッソね」

「はい、かしこまりました。しばらく来なかったから、何かあったんじゃないかって心配してましたよ」

「私を心配してくれたのか?」

烏頭は少し口角を上げて木下の方を覗いた。

「いえいえ、私じゃないですよ。マスターがですよ。あ、私ももちろん、心配してましたよ!」

木下は慌てて弁明を図ってみた。

「いやいや、別にいいんだ。客は沢山いるからね。色々あって来れなかったんだ」

「そうですか。あ、そういえば…」

木下は何か言いかけたが、向こうのテーブルから注文の合図が来た為、そちらへ小走りで行ってしまった。

烏頭はそれを横目に見流して、胸ポケットから手帳を開いた。

「何か、面白いことはないかなぁ…」


数分後、マスター自ら料理とコーヒーを持って来た。

「はい、こちらモーニングセットとエスプレッソです。烏頭さん、お久し振りです。1ヶ月ほどぶりですかね」

「ああ、ありがとう。正にそれくらいだね。少し疲れが溜まってしまって休養を取っていたんだ」

「なるほど、そうでしたか。ご病気かお引越しでもされたのではないかと、少々心配しておりましたが、その心配は無かったようですね」

「うん、特にはね。ただ最近は楽しいことがなくてね。つまらない日々なんだよ」

「そうですか。烏頭さんは活動的な方ですからね。少々刺激が足りなかったのかもしれませんね」

「ああ、まあな」

マスターはにこりと笑うと、軽く一礼してカウンターへ戻った。


烏頭は一旦謎解きを忘れ、食事をとることにした。スマホのニュースで新しい出来事がないか、斜めに読んで行き、そして何もなかったので、食べることに集中した。


食べ終えた頃、再び手帳と睨み合いながらコーヒーを(すす)っていると、木下がやってきた。

「食器、下げますね」

「ああ、ありがとう」

「あの、さっきいいそびれちゃったんですけど…」

「何か用かな?」

「こないだA大学の生徒が、うちの店にいらっしゃったんですよ。それで、どうやら謎解きを作るサークルに入っていらっしゃるらしくて…」

「A大学か。私が現役の頃はそんなサークル無かったな」

「なんでも、その方が新設したらしいんですよ」

烏頭は思いの(ほか)面白そうな話題がやってきた為、椅子に深く腰をかけ直して、耳を木下へ傾けた。

「それで?」

「ええ、今度の週末A大祭が行われるんですよ。そこで出し物をするって言ってたんですけど、そこに烏頭さんを誘って欲しいと」

「なんでそんなことをわざわざ君に頼むんだね?私に直接いえばいいものを」

「お家がどこかわからないし、SNSで連絡入れたけど既読が付かないとか…」

烏頭はここ1ヶ月、自分のアカウントを開いてもいないことを思い出した。

「それで、ここに来てるのは噂で聞いていた、と」

「なるほどね。で、そいつの名前は聞いているのかな」

「ええ、名前は小坂さん…だったかな?」

「ふうん。まあいい。ありがとう。もしまたあったら、是非行く、と伝えてくれ」

「わかりました。ごゆっくり」

そう言って木下は奥へと下がった。

「さて、やりますか」

烏頭はまた手帳との睨み合いを始めた。

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