チョップとマルガリータ
「お父様が『お前は超マジで、つくづくとことん王女に向いてないから、どこでも好きな所へ行ってしまえ』だって。ひどい話よねー」
言いつつ、ニヤニヤと笑うマルガリータ。
「という訳で、わたしはもうただの『マルガリータ』なので、どこで何をしようと晴れて自由の身なのでーす」
「えぇ……」
えっへんと得意げに胸をはるマルガリータに、タジタジッとするチョップ。
「執事長が謝ってたよ」
「えっ?」
「誤解があったとはいえ、チョップくんにずっと失礼な事をしてしまって申し訳なかったって。ケイマンは融通は利かないけど、決して悪い人じゃないの。許してあげてね」
「うん。それは僕も分かっているよ」
「わたしがちゃーんと『キャメルクラッチ』を喰らわせてきたから、かんべんしてあげてね」
「うん。むしろ気の毒だよ」
ふふっと、マルガリータは満足そうに笑う。
「あと、トーマス副隊長さんが、チョップくんが気が変わって水兵団に戻って来たら、手を使わないでも戦えるようにビシバシ鍛えてやるって言ってたよ」
「へー、それはおっかないね」
「そしたら、チャカくんが『えー? どっちかっちゅうたら、兄さんが鍛えてもらう方やないですか?』って言って、パカンとやられてた」
「ははっ、あの二人らしいや」
チョップはトーマスとチャカのやり取りを聞いて、いつもの日常が戻った事を実感し、安心したように微笑む。
「水兵団のみんなも、城下町のみんなも、最近姿を見ないって気にかけてたみたいだよ。チョップくんがいなくなったら、きっと寂しがるんじゃないかな」
「……」
「チョップくんに死んでもらいたい人なんて、誰一人としていないんだよ。みんなチョップくんの事が大好きなんだから」
マルガリータは首を振り、自分の胸に手のひらを当てて。
「なにより、わたしがチョップくんにいなくなって欲しくない。これだけ言っても、まだ自分は生きてちゃいけないっていうの?」
「だけど、僕は……」
「自分は汚れてるって言うなら、わたしも一緒に穢れていいよ。傷付いてもいい。言ったはずだよ? チョップくんがどんな姿になっても、わたしはずっと大好きだって」
「僕は!」
「それでもっ! ……チョップくんがどうしても死にたいっていうなら、わたしもついて行くよ。だから、わたしもわがまま言うけど、それまではギリギリまで頑張って生きて。最期の最期まで一緒にいさせて。だって……」
西の港に爽やかな風が吹く。マルガリータは目の前の愛しい少年に想いの丈を告げる。
「だって、わたしは身も心も残りの人生も、全てあなたに捧げるためにここに来たんだから……」
マルガリータは頬を染めながら、どこまでも真っ直ぐな、澄みきったコバルトブルーの瞳で見つめて来る。
それは、西海洋の海の色。西海洋の空の色。
チョップは、命を懸けて護ったものの美しさを改めて知る。
「……僕は、とうとう『やさしい水兵さん』になれなかった」
「ううん、戦うべき敵すら傷つける事をためらう、チョップくんは誰よりも優しい『ポンコツ水兵さん』だったよ」
チョップは、色を喪った髪と砕けた自分の両腕を見せて。
「僕のこの身体じゃ、君をずーっと護ってあげられない」
「違うよ。チョップくんがあの時護ってくれなかったら、わたしは身体と心に一生消えない傷を負ってた。チョップくんが王国とみんなを守ってくれたから、わたしはこの先も幸せに生きていける。チョップくんはわたしの過去も、現在も、未来もずーっと護ってくれてるんだよ」
「……」
「チョップくんが守っていない約束は、あとは『わたしをお嫁さんにしてくれる』ってことだけだよ」
「僕は……」
マルガリータを護れるのなら、死んでもいいと思ってた。
マルガリータを護って、死んでしまえばいいと思っていた。
でも、たった一つだけ許されるのならば。
僕の本当の希望は……。
僕が本当に欲しかったものは……。
「僕は、本当にマルガリータのそばにいてもいいの?」
「わたしは、チョップくんがいないと生きていけないよ」
チョップはガクッと膝から石畳の上に崩れ落ち、うううと肩を震わせる。
「えっ、チョップくん? どうしたの……?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーんっ!!」
チョップは空を仰ぎ、堰を切ったように号泣する。
少年は、七年間こらえていた想いを全て搾り出すように涙を流した。
「頑張ったね、チョップくん……」
「うあああああああああああああああああん!!」
人目をはばからず慟哭するチョップを、マルガリータは涙ぐみながら胸の中に抱き寄せる。
「うんうん、いっぱい泣いていいよ。男の子は大きくなったら、めったに泣けなくなるもんね」
「うわあああああああああああああーーーっ!!」
赤子のように泣くチョップの頭をよしよしと撫でて、マルガリータはむぎゅーっと抱きしめる。
生命を育む海のような、彼女の優しさに抱かれて、少年は血を流し続けた心の傷がゆっくりと癒えていくように感じた。
どれだけの時間そうしていただろうか、チョップはスクッと起き上がり、肩口で涙を拭った。
「ごめん……。カッコ悪いところを見せたね」
「ううん、そんな事ないよ。カッコ良くてもカッコ悪くても、チョップくんはカッコいいもん」
マルガリータも立ち上がって、チョップを見つめ。
「だって、チョップくんは小っちゃい頃から、ずっとわたしの英雄なんだから」
「マルガリータ……」
チョップは思わずマルガリータを抱きしめようとしたが、腕が動かない事を思い出す。
自由の利かない身体が、今ほどもどかしく感じられる事はない。
そこへ、船長のボネールさんがふらふらとやって来る。
「そろそろ出航の時間だけど、船に乗るネー? 乗らないネー?」
「あ、はい。乗ります」
「一人で乗るネー? 二人で乗るネー?」
チョップは、マルガリータを片目でチラッと見ると。
「もちろん、二人で」
「チョップくん……!」
「ちょうど船に牧師さんが乗ってるから、船で結婚式をするネー?」
チョップとマルガリータはお互い顔を見合わせ、こくりとうなずき合う。
『はいっ! ぜひ、お願いします!』
ボネールさんは良いものを見せてもらったとばかりに、ニヤッと微笑み。
「船には音楽隊もコックさんも、お客さんも沢山いるから期待しててネー」
ダンスでも踊るように、ご機嫌に船へと向かうボネールさん。
そのあとを二人はついていくが、やにわにマルガリータはポンと手を打つ。
「そうだ、大事なことを忘れてた!」
「えっ、何を……っ!?」
チュッ!
マルガリータはいきなり抱きつくと、チョップにキスをする。
ちゅーっ、ぽんっと唇を奪われて、バッターンとあお向けに倒れるチョップ。
マルガリータは彼の顔を上から覗きこみ。
「えへへーっ、救けてくれてありがとう♡ これは頑張った男の子へのごほうびだよ!」
そう言って、彼女は顔を赤らめながら、すたたたたーっとチョップを置き去りにした。
「ははははは……」
チョップは西海洋の蒼空を、寝そべったまま眺め。
「空って、こんなにも青かったんだなあ……」
*
世界の命運を分けた、あの戦いの後。
絶対的権力を持った皇帝を失ったバミューダ帝国は、すぐに内部分裂と内乱が起きる。
さらに周囲の国々から徹底的に攻め叩かれた結果、栄華を誇ったバミューダ帝国は、わずか数年で世界図から姿を消した。
その一方で、外の憂いが無くなったサン・カリブ王国は大いなる繁栄を見せる。
五百年後に西海洋の諸国を一つにまとめた、『マオエステ連邦』が立ち上がるまでサン・カリブ王国の足跡は続き、世界でも稀な千年王国として史にその名を刻んだ。
また、戦いのあとのサン・カリブ王国には、新しい意匠の国旗が翻る。
そこに描かれていたのは、海を表す紺碧の地を縦横四つに斬り開く、『名も無き英雄』を称えるかのような、蒼白い稲妻十字の紋章であった。




