真の王
「何っ!?」
「チョップくん!?」
「サン・カリブ王国では国内での殺人は最大の禁忌。僕は罪を犯しておきながら、それを今までずっと隠していました」
『なんだと……!』
『あの、戦えないポンコツ水兵が?』
『まさか!?』
先ほどまでの和やかな祝賀ムードから一転、ざわざわざわと場内騒然となる。
「そのうえ、前科者には水兵団員になる資格など無いのに、僕は過去を偽って水兵団に入団しました」
『えっ!?』
整列している水兵団員たちからも、驚きの声が上がる。
「僕は国のみんなを欺いた罪を償うため、この戦いで命を捨てるつもりでしたが、とうとう死ぬことができませんでした。もし、今回の事で恩賞をいただけるのであれば、僕は『死』を賜りたいと思います」
「なんと……!」
その昔、聖者カリブに救われた奴隷たちは無人島からサン・カリブ王国を興した際に、『人を殺せば死刑。人を傷つければ処罰。物を盗めば処罰』という簡易的な三つの法を制定した。
これは、王に至るまで全ての民に処されるもの。いわば、サン・カリブ王国の『平等』の象徴である。
もちろん、法については後から条項を増やしてはいるが、最初期に定められた基本の三条は単純明快だったためか、サン・カリブ王国民はこれを良く守り、建国からの五百年の間に凶悪な犯罪はほとんど起こっていない。
「国王様、王国内の殺人は、水兵団の防衛行為などの一部例外を除いて『死刑』が通例ですぞ」
「うむむ……。しかしだな……」
逡巡するマルティニク王に、執事長のケイマンはあくまで感情を入れず進言する。
「待って!」
ひざまづいて罰を乞うチョップの前に、薄桃色のドレスをひらめかせ、両手を広げた少女が立ちふさがる。
「マルガリータ?」
「チョップくんは悪くないの! 七年前のあの時、わたしが誘拐犯から襲われそうに……、ぶっちゃけ強姦されそうになったところをチョップくんが救けてくれたの!」
「なんですと!?」
マルガリータ姫の発言に驚く国王。しかし、それより先に執事のケイマンが声を上げる。
「それで、お前は……、その……」
「わたしは大丈夫! 何もされてないわ」
「そ、そうであったか……」
「そうだったのか…………。良かった……」
ほっと胸を撫で下ろすマルティニク王。執事長の目には涙すら浮かんでいる。
「チョップくんが身を挺して護ってくれたから、今のわたしがここにいるの! だから、チョップくんを罰するのなら、わたしも同じ罰を受けます!」
青い瞳に涙をためて、必死に無罪を訴えるマルガリータ。
だが。
「むむむ……。しかし、それを聞いてますます彼に手心を加える訳にはいかなくなった。王族のためだったからと言って罪を減ずるような事をすれば、『全ての命は平等たるべし』を第一義とする王国自体が成り立たなくなる」
「そんな!?」
「お待ち下さい」
彼らの元に、ジョン水兵団長が歩み出る。
「おじ……いや、団長……?」
「国王様、七年前のその事件、私はすでに犯人がチョップだと分かっていました」
「何っ!」
ザワッ、とさらに観客たちに動揺が走る。
「幼い頃から、戦闘において優れた素質を持っていた彼が、犯人たちを斃したのだろうと容易に想像できました。ですが、その時チョップはまだ年端もいかない子供。私には罪を問う事は出来ませんでした」
「団長……」
「チョップ、今まで黙っていて悪かった。だが、前にも言ったが、悪党の命までお前が背負う必要は無い」
ジョン=ロンカドル兵団長はチョップに微笑みかけ、国王に向き直ると。
「全てを分かっていながら見過ごした、私にこそ罪はあります。刑を処するならば、どうか私を」
『ちょーっと、待ったー!!』
すかさず手を上げ、声を上げるのは水兵団員のトーマス副隊長とチャカ。
「もし、チョップや団長に重い処分を下されるのなら、団員の罪は俺たちの罪。我々も刑罰を負います」
「オレら水兵団、死ぬ時は一緒でっせ! なあ、みんな!」
『『『元よりっ!!』』』
スワン副団長以下、セーラー服のマッチョメンは一致団結して連帯責任を負おうとする。
「いや、さすがに水兵団全員を処分する訳には……」
「話は聞かせていただいたわ!」
「まだいるのか!?」
国王が驚愕の顔で声の方を向くと、そこに現れたのは十代から四十代まで揃った、メイドさん四天王!
「そんな美少年を死なせるのは国家の損失。私たちのガーターベルトに免じて赦していただけないでしょうか?」
あっは~んとしなを作って、国王に色仕掛けをするメイドさんたち。
「いやいや、あんたらまで来ると話がややこしなるから、引っ込んどってえな」
「えっ? えっ! ちょっと待って!? 私たちの出番はこれだけ!?」
残念ながら、四天王はまとめてチャカに舞台の袖に追いやられる。
そして、執事長のケイマンも前に進み出る。
「あの……、私からもお願いいたします。彼に何とぞ寛大なご処置を。場合によっては私が身代わりになっても構いません」
「ケイマン、お主までも……」
これが、チョップの人徳がなせる業なのか。
観客の中からも「俺が代わりに罰をうける!」「俺も」「俺も」「じゃあ俺が」『どうぞどうぞ』と、会場にはもう許してやってもいんじゃねという空気が流れる。
『待って下さいっ!!!』
だが、その雰囲気を薙ぎ払い、チョップが雷鳴のように声を上げた。
「気持ちは大変ありがたいのですが、これは僕が犯した大罪。皆さんにご迷惑をかける訳にはいきません。国王様、どうか僕に公正なお裁きをお願いいたします」
一人甘んじて断罪を受ける覚悟のチョップに、会場の全員が押し黙る。
壇上のサン・カリブ王国国王マルティニクはしばらく瞑目したあと、ゆっくりと口を開く。
「わかった……、判決を言い渡す」
水を打ったように静まりかえる場内。全ての人間が固唾を飲んで見守る。
「王国内での殺人は、平等の名の元にいかなる理由をもってしても刑を免れる事は無い。よって、水兵チョップを『死刑』とする」
「ありがとうございます」
「そんな……!」
潔く礼を告げるチョップと、口を押さえて信じられないとわななくマルガリータ。
ザワザワザワと水兵団からも観衆からも、不満の声が漏れ聞こえる。
「だがっ!」
間髪入れず、マルティニク王は言葉を繋ぐ。
「彼がいなければ、サン・カリブ王国は間違いなく滅んでおった。彼が王国を救ったのは紛れもない事実。よって、殺人の罪も国を守った功も全て棒引きし、一切何も無かった事とする!!」
「えっ??」
『ということは……?』
チョップは英雄として遇される事は無くなったが、同時に犯罪者として扱われる事も無くなる。
すなわち、事実上の無罪放免!
ウオオオオオオオオオオーーーーーッ!! と観衆から一斉に凱歌が上がり、パチパチパチパチと終わりの無い拍手の音が響き渡った。
『さっすが王様、話が分かるー!』
『大岡越前も真っ青!』
『マルティニク国王、ばんざーい!!』
「あ、あの……」
言いかけるチョップを、ジョン兵団長は制し。
「寛大なるご英断、ありがとうございます」
「うむ」
「良かったね、チョップくん!」
「う、うん……」
「どうやら、不満のようじゃのう」
マルティニクはチョップにずずいと歩み寄り。
「これで物足りないのならば、もう一つ条件を加えてやろう。『自ら命を絶とうとするな』」
「え……?」
「こうでも言わなければ、お主は一人で死ぬつもりであったのだろう? じゃが、ワシはお主のような男を死なせたくはない。生きてサン・カリブ王国のために尽くせ。そして、これ以上の抗論は許さぬ。分かったな?」
「…………はい。承知しました」
「よし。この件に関しては、これにて本当に手打ちじゃ」
ようやく一件落着を迎え、マルティニク王は満足げに笑う。
再び和やかなムードが戻った会場。
だが、観衆はまたしても驚きの光景を見る事となる。
「では、そろそろ本題に入るとするか」
やにわに国王はチョップの元にひざまづき、誰もが耳を疑う口上を述べた。
「五百年の間、御帰還をお待ちしておりました。我らが王」




