聖なる力
チョップとマルガリータは、ハッと声のする方を振り向く。
「かーっぱっぱ! 見たとこデート中って奴かぁ? おいおい、最近のガキ共ぁ色気づいてやがんなぁ、オイ!」
「ぶひゅひゅ。か、可愛い女の子がいるんだなぁ」
一人は身長が高く、オカッパ頭に脳天が禿げた河童のような痩せぎすの男。もう一人はどこからが首だか分からない、豚のように太ったツルッパゲの男が砂浜から陸地に上がってくる。
二人とも共通してバミューダ帝国兵が着用している黒い軍服を纏っているが、軍人にしてはうすら汚れたチンピラ臭が漂う。
この二人、元帝国兵ながら素行の悪さから解雇され、サン・カリブ王国に流れ着いた浮浪者である。
温厚で知られたこの時代の帝国皇帝が、軍備の縮小を図った事でリストラのあおりを受けた者であるが、もちろんチョップたちには知るよしもない。
「かあーっ! てめえらみてぇな幸せそうなガキ共を見てると、反吐が出るぜぇ!」
「お、お人形さんみたいに、可愛い女の子なんだなぁ」
オラつきながら迫ってくる河童男と豚男に、チョップはマルガリータを背後に護るように立つ。
「かっ、ガキの癖にいっちょ前に騎士気取りかよ。そういや、そっちのメスガキゃあ、お姫様みてぇなドレス着てやがんなぁ」
「ぶひゅひゅっ!」
口汚く挑発してくるならず者たちに、マルガリータはムッとしながら前に出る。
「口を慎みなさい! わたしはこの国の王女、マルガリータ=グアドループ。お姫様みたいではなく、正真正銘サン・カリブ王国の姫です。わたしたちに手を出したら、タダでは済みませんわ!」
腰に手を当てて胸を張り、にわか仕込みの王女言葉で啖呵を切った。
しかし。
「マルガリータ! それは言っちゃダメだ!」
「え?」
『ほーう? そいつは良い事聞かせてもらったぜ』
ドカアッ!
『!?』
いきなり何者かに、チョップは背中を蹴り飛ばされ、マルガリータは腕を捕まれる。
「サン・カリブ王国の王女だって? こいつは大した拾いモンだな」
「いやっ! 離して!」
『兄貴ィ!』
背後の洞窟から現れたと思われる、バミューダ帝国の黒い軍服。先ほどの二人組より体格は劣るが、男たちから『兄貴』と呼ばれる凶悪な面相の猿顔の男。
「サン・カリブ王国から身代金をせしめるか、帝国に売りつけるか。どちらにしても、良い金づるになりそうだぜ」
「マルガリータを放せ!」
「おおっと!」
マルガリータを取り返そうとするチョップの前に、河童男と豚男が回り込む。
じたばたする少女を片手で吊し上げながら、リーダー格の猿男は少年に告げる。
「こいつは俺たちが預かる。てめえはぶち殺してもいいんだが、黙って消えるってんなら見逃してやらんでもないぜ?」
「かーっぱっぱ!」
「ぶーひゅっひゅっ!」
「チョップくん……」
今まで味わった事の無い恐怖に、怯えの表情を見せるマルガリータ。
「ふざけるな……」
大事な幼なじみを捕らわれて、もちろんチョップが逃げの選択などするはずがない。
「マルガリータを放せえええっ!!」
チョップは男三人が相手だろうがお構い無しに、マルガリータを助けるために突撃する!
だが。
バシュシュシュッ!
「かーっぱっぱ、ほれほれほれ!」
「くっ!」
曲刀を振り回す河童男に阻まれ、先に進む事ができない。
リーダーの猿男は少女を捕まえておく事を豚男にまかせ、自身はあくびをしながらゴロ寝を決め込んでいる。
「おい、遊んでないでさっさと終わらせろよ」
「俺もそうしたいんすが、こいつ意外とすばしっこくて」
ドムッ!
チョップは子供とは思えない身体能力で斬撃をかわしつつ、河童男の股間に祖父譲りの鉄拳をお見舞いする。
「かあっ!? ぱぱぱぱぱ……」
ドサッと崩れ落ちる男。チョップは油断なく残心を取りながら敵の反撃に備えたが。
ドウンッ!
『!!』
突如銃声が響き、チョップはエビ反りになって吹き飛ぶ。
それは、卑怯にも背後から狙った銃弾。
猿男が構えた火打ち銃から、紫色の硝煙が立ち上っていた。
「ぎゃっはっはっ、ガキにやられてちゃ世話ねえな!」
「チョップくん!? チョップくんっ!?」
「ぐぐぐぐぐ……、くそがぁっ!」
ドガッ!
股間の痛みに耐えながら河童男が立ち上がると、倒れているチョップの脇腹をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
さらに男は怒りに任せ、少年の全身を大人げなく踏み砕く。
ゴスッ、ドゴッ、ゴリッ、バキバキッ!
「かーっ! ぱあっ、スッキリしたぜぇ」
「チョップくんっ! チョップくん!! しっかりしてーっ!」
「…………」
口から血を流し、ぐったりと目を閉じるチョップ。
今にも飛び出そうとするマルガリータを、豚男はガッチリと押さえ込みながら。
「ぶひゅひゅっ、あ、兄貴ぃ。お、おで、この娘で遊んで良いがなぁ?」
豚男の不穏な言葉に、マルガリータは身体の芯から冷たくなるような不安を覚える。
「まあ、奴隷商に売る訳じゃねえから『処女』である必要はねえが、壊すなよ?」
「ぶひゅっ!」
「かっ、乳も膨らんでねぇようなガキのどこが良いんだか」
(『しょじょ』である必要はないって、どういう……?)
輩の口ぶりから、この豚男は幾人ものいたいけな少女達を毒牙にかけてきたのだろう。
幼いマルガリータにも、自分の何か大切な物が奪われようとしている気配を感じる。
「さあ、お、おでと一緒にた、楽しい事をするんだなぁ」
「い……、嫌っ!」
「かっ、楽しいのはてめぇだけだろうが」
河童男のツッコミを受けつつ、嬉々としてよだれを垂らしながら、マルガリータを引きずって行く豚男。
「いやっ、いやっ、離してーっ! 誰か助けてーっ!!」
「兄貴ぃ、金が入ったら俺たちも娼館に行こうぜぇ! しばらく女抱いてねえからチ◯ポがカラカラでよぉ」
「バカ野郎、何ケチくせえ事言ってんだ? 金が入りゃあ、好みの女奴隷を買い漁ってハーレムを創りゃいいだろうが」
「マジかあーっ? パねえな兄貴ィ! 最高じゃねぇか!!」
最低な事を言いながら、マルガリータの悲鳴など意にも介さず、ギャハハハハと下劣な笑い声を上げる男たち。
「お、おでが、おっ、お姫様を『大人』にしてあげるんだなぁ」
「いやっ、いやっ、やめてっ! チョップくん、助けてえーっ!」
まったく身動きできないままのチョップは、マルガリータの悲鳴を無意識下で聞く。
マルガリータ……。
マルガリータ……。
―――チョップ! 君の愛する人を護れ!!
ピクッ……。
「ぶひゅひゅひゅひゅ、おでとチュッチュッして、ズボズボするんだなぁ」
「いやっ! いやっ! いやっ! チョップくんっ! チョップくーんっ!!」
愛しい少年の名を必死で叫ぶマルガリータ。
豚男はニチャァと嗤いながら、少女の唇を、純潔を、女性の尊厳を、全て奪わんとのしかかって行く。
「ぶひゅうっ! い、いだだきまああぁす!」
「嫌ぁーっ!!」
ズンッ……!
剣が肉を割り裂き、身体を貫く音。
一拍の後。
「ぎゃああああああああああーーーーーっ!!」
この世の終わりのような悲痛な叫びが、海岸に響き渡った……。
悲鳴の残響の中、河童男はニヤニヤしながら豚男に近づいて行く。
「なんでメスガキじゃなくて、てめぇがデケぇ声出してん……だぁっ!?」
河童男の薄汚い笑みが一瞬で凍り付く。
マルガリータを組み敷いているはずの豚男の腹から、右腕でも左腕でもない、三本目の腕が生えている。
豚男の背後に立つチョップは、男の背中からズルッと右腕を抜き放つ。
穿たれた穴から、勢い良く吹き出す血。
視界が赤く染まり、呆然とするマルガリータ。
「おぎゃあああっ! 痛でえ、いでえ、いでええあああっ! お、おでの腹あああああっ!!」
豚男は悲鳴と血液を撒き散らしながら、ゴロゴロと地面を狂ったようにのたうち回る。
「痛でおおおぉぉぉ、ごぽっごぽごぽ、あ、兄貴いぃ、だっ、だずげ……」
それを最期に豚男は血の海に沈み、動くことを一切止めた。
チョップはうつむいたまま、ゆっくりと男達に近づいて行く。
「な、な、な……、何やってくれてんだ、てめぇえええっ!!」
河童男はチョップに向かって、曲刀を斬りつける。
が、振り下ろしたはずの刃がなぜか消えて無くなり、同時にチョップの姿も視界から消える。
サクッ!
「ぎ!?」
背後に回ったチョップは、軽い跳躍から河童男の脳天ハゲに切り込みを入れると、そのまま手刀を股間まで斬り通す。
ズゾンッッ!
「ぃゃあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
男は熟れたザクロのように赤い液体を迸らせながら、縦断されて真っ二つに倒れた。
残る標的は一人。しかし。
ドウンッ!
再び轟く、乾いた砲音。
リーダー格の猿男は、チョップの背中に向けて銃撃を放つ。
「へへへへへ…………、へっ?」
だが、食らったはずの少年は身動ぎをする様子すら見せない。
疑問に思った男はもう一度銃を装填し、引き金を引く。
ティキンッ!
男が見たのは衝撃の光景。
頭を狙った弾丸を少年は手刀で斬り捨て、割れた鉛の破片がパラパラと足元に転がった。
「あ……、あああああ………」
猿男は震える手でガチガチガチガチと引き金を引き続けるが、弾が装填されて無いので発射される訳もない。
うつむいたまま少年は、ゆらりゆらりと近づいてくる。
「ば、化け物だあああぁぁぁっ!!」
恐れをなして逃げ出す猿男。だが、離れた背後にいるはずの少年が目の前に一瞬で現れ、軽い跳躍から廻し蹴りを放つ。
ドバキャーッ!
「おごおおおーーーっ!?」
アゴを砕かれもんどり打って転がる男。グシャッと落ちた先には血にまみれた二体の死骸が。
「ひあっ!?」
フッと頭上に陰が差し、男が思わず見上げると、少年が空から降ってくる!
地に這いつくばる鼠を空から狙う鷹のように、チョップは蒼白い翼のオーラを纏いながら、掲げた手刀を猿男の胴体にうなるように叩き下ろす。
「バッ、バケモノおおおぉぉぉーーーっ!!」
ドンッッ……!
*
「………………はっ!?」
意識を取り戻したマルガリータは、慌てて自分の身体や顔や頭をペタペタとさわる。
どこにも痛む所や違和感も無く、金色の髪に挿した白百合も穢れなく美しい花を咲かせている。
「そうだった……。わたし、チョップくんが救けてくれて……」
すでに夕闇に染まりつつある辺りを見回し、キョロキョロと少年の姿を探す。
「チョップくん! チョップくーん! チョッ…………?」
マルガリータは視界の先に少年を見つける。
だが、彼は血溜まりの中の死体を見つめ、まるで幽霊のように立ち竦んでいた。
「これ……、僕がやったの……?」
腹部に穴が空いた死骸、縦に裂かれた死骸、上半身と下半身が分たれた死骸。
チョップは血に染まった右手をワナワナと震わせて、顔を蒼白にする。
「違うんだ……、僕はただ、マルガリータを護りたかっただけで……」
「チョップくん?」
「僕は、僕はマルガリータと約束したんだ。誰も殺さない優しい水兵さんになるって……」
「チョップくん!?」
「違う……、違う違うちがうっ!! 僕は『化物』なんかじゃない!」
チョップは幻覚でも視ているかのように、酷く狼狽しながら喚き続ける。
「マルガリータはどこ!? いない! どこに行ったの!?」
「チョップくんっ!! わたし、ここにいるよ!?」
「うわああああああああああーーーっ!!」
チョップはしゃがみ込み、地に右腕を押し付けると、左手で近くにあった大ぶりの石をガシッガシッと打ち付ける。
それはもう、腕をちぎり捨てようと言わんばかりに。
「僕は……、僕は、ぼくはボクは僕わぼクわボくわああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーっ!!!」
鬼気迫るチョップの様子に、マルガリータは正直怖いと思った。
だが、今ここで彼から目を背けたら、大好きな少年が壊れてしまう。大好きな少年が消えてなくなってしまう。
そう感じたマルガリータは、勇気を振り絞ってチョップに歩み寄る。
「チョップくん!」
マルガリータは一気に少年の元へ飛び込むと、ふわっと彼の頭を胸にかき抱く。
「わたしはここよ!」
「うわあああああああああああーーーっ!!」
「心配しないで! わたしは絶対にチョップくんのそばからいなくならないわ!」
「ああああああああああああああああああ!」
「わたしはどんな事があっても、チョップくんを嫌いになんてならないからっ! ずっとずっと、大好きだから!」
「あああああ、あ、あ、あ、あ………」
マルガリータは、チョップの頭をよしよしと撫でる。
「だから泣かないで、落ち着いて、安心して、ね……?」
マルガリータの言葉が届いたか、喚き声が収まる。チョップの視点が少しずつ定まっていく。
しばらくして。
「………………マルガリータ?」
「チョップくん?」
「大丈夫……? ケガとか酷い事……、されなかった?」
正気を取り戻したチョップは、自身が大怪我を負っているにもかかわらず、とたんに彼女の心配をする。
なんとも彼らしい優しさに、マルガリータはとびきりの笑顔を見せる。
「ううん、全然へーき! チョップくんが護ってくれたから」
チョップはマルガリータの曇りない瞳に、彼女の無事を確信し。
「そうか……、僕は君を護る事ができたんだね……。良かった……。本当に、ほんとうによかっ…………」
少年は心の底から安堵したように、少女の腕の中でくたっと弛緩した。
「チョップくん? チョップくん!? しっかりしてーっ!?」
「………………」
―――チョップ……。
心優しい君に全てを背負わせるのは心苦しいけれど、どうかその力で世界を救って欲しい。
使い方を誤れば、護るべき世界すら滅ぼす『聖なる力』。
ボクには使いこなす事はできなかったけれど、命の大切さを知り、愛する人を純粋に想う君になら安心して託すことができる。
―――頼んだよ、ボクの命を継ぐ者よ……。




